第8-11話 その願いは永遠に

 非活性の魔力でも、体内に取り込んでしまえば、自然と活性化していく。元々、ギルデルドの魔力はかなり多く、あれだけ使い果たされていても、ノアまで瞬間移動で行って帰ってくるくらいの魔力は残っていた。


「──しかし、私が行くべきは、ノアではありませんね」


 今、戻ったとして、ユタを抑えられるほどの力は私には残っていない。それなら、足止めはウーラと仲間たちで十分。あとは、私の魔法陣を使って封印してくれればいい。あちらは、私がいなくても、きっと大丈夫だ。


 ──それでも、ノアに帰りたい。アイネに会いたい。なんと身勝手なのだろうかと自分でも思う。


 それでも、今まで何もできなかった分、二人で色んなところに出かけて、たくさん話をして、いっぱい遊んで。これから成長していくアイネを、近くで見ていたい。


 そして、決して、私のようにならないように、色んなことを教えてあげたい。私がしてきた後悔のすべてから、守ってあげたい。そんな風に思うのは、過保護すぎるだろうか。


「私に似て、男性を見る目はないかもしれませんね」


 まだアイネは八歳だというのに、何を考えているのだろうと、自分で言って苦笑する。だが、私がアイネを授かったのは十六のときだ。それを考えると、後八年。もう半分も過ぎている計算になる。


「この歳で時が過ぎる速さにしみじみするとは、思ってもみませんでした」


 ──なんとなく、この先に進めば、戻れないような気がして、足踏みしていた。


 立場のこともあって、すでに用意してある遺書は、書斎の引き出しに保管してあり、その鍵は私の命と引き換えに開かれることになっている。


 帝国も方針転換を大々的に打ち出し、血の皇帝が治める恐怖の国から、平和への道のりを歩みつつある。


 実は、そろそろ、新しい皇帝が必要なのではないかと思っていた頃合いだ。元々はレイに一任しようと考えていたが、レイが頼れないとなれば、一体誰にしようかと考えてはいた。


「ミーザスですか」


 まなに止められているのを思い出す。彼女の忠告を無視して進むなんて、我ながら、なんと恩知らずなのだろうと思う。


 それでも、今、行かなければ、きっとまた、犠牲が出る。今、行くことでしか知り得ない真実がそこにある。


 だから私は、ミーザスへ行く。頭の中で、たくさんの人に謝りながら。


 クレセリアを待たせたままにすることに、罪悪感を感じながら。


 結局、まなの墓参りに行けなかったなと、終わったことのように考えながら。


 ここまで生きてこられたのはあかねのおかげだと、感謝しながら。


 また、無茶をすることを、レイに詫びながら。


 ──アイネとの約束を守れなかったことを、後悔しながら。


 ここまでの日記を綴り、複製してギルデルドに持たせる。それから、私は敵陣へと足を向けた。


***


 目が覚めたら、ママがいなかった。


 すっごく嫌な予感がして、私はお城中を走り回った。


 寝るところにも、仕事の部屋にも、食堂にもいない。


「はあ、はあ……っ。ママー!」


 半泣きになりながら、赤いバラが綺麗な赤の庭園を走り回る。


 喉が痛くて、声が出なくなってきた。走り回って、肺が痛い。頭の奥からどくんどくんと、音が聞こえる。


「ママぁー……」


 そうして駆け回って、見ていない場所はあと一つだけになった。


「でも、あそこは入っちゃダメって──」


 でも、そこにママがいるかもしれない。


「どうしよう!」


 立ち止まっている暇はないと思いつつも、つい、足を止めてしまう。


 入らないと約束したのだ。私がこれだけ悲しいのだから、同じように約束を破るのは悪いことだ。


「でも、でも……」


 もし、ママが困っているのなら。私にも何かできるかもしれない。何かしたい。


「アイネ、いた!」


 その声に振り向くと、そこにはロロがいた。私より大きなロロに、思わず抱きつく。


「ロロ、ママが、ママがいないの、ねえ、ロロ、どうしよう!」

「──マナちゃんは、ドラゴンと戦ってる」

「ドラゴンと……? それって、さっきの……」

「ん。ちょー強いって」


 ママがドラゴンなんかに負けるとは、少しも思わない。


 それよりも──この先から戦っている音がする。


 きっと、みんな頑張っているんだ。


 それなのに、私だけ何もしないで守られて。


「私も、戦う!」

「ダメ。ロロ、アイネを守る」

「なんで! みんな、戦ってるのに!」

「アイネは勇者。みんなの希望。だから、ダメ」

「ユーシャって何!? 私はそんな変なのじゃない! ママの子どものアイネなの!」

「ダメなものはダメ!」

「……っ、ロロの、分からず屋!」


 かわして通ろうとすると、いつの間にか移動していたロロに道を塞がれる。何度通ろうとしても、何度も通せんぼされる。


「なんで行かせてくれないの!」

「マナちゃんに頼まれたの。アイネを守ってって」

「うー……っ!! 通して! 通してよ!」


 力ずくで通ろうと、ロロを押して倒そうとする。が、びくともしない。


「ふんぬぬぬっ!」

「通さない」


 そうして、押し合いを続けて、ふっと、私は力を緩め、身を引く。それに引っかかったロロが、倒れるのを横目に、私はその横を駆け抜ける。


「アイネ、ダメ!」


 制止の声も振り切って、ひたすらに走る。走って、立ち入り禁止を越えて、さらに走っていくと、突然、目の前に戦場が現れた。


「空間が捻れてる……?」


 そのとき、足元に何かが当たった。見ると、それは、人の首のようだった。


 ──人の首が、なんでこんなところに落ちているの?


「アイネ、待って!」


 追いかけてきたロロを振り返ることもできず、私は目の前の光景に、釘付けになる。


 死んでいる。人が、死んでいる。血を流して、死んでいる。


「あ、ぁ……」


 その場にぺたんと座り、叫びそうになるのを、ロロが口を押さえて止める。


「叫んだら居場所がバレる」

「ぅ……」


 私が自分の口を押さえていると、ロロが私の目を覆った。なぜこれを見て、平気でいられるのだろう。どれほど強くなれば、ここに立つ資格を得られるのだろう。


 この人たちから尊敬されるママは、一体どのくらい遠くにいるのだろう。


 土煙に赤色が混ざる。地面に人が積み上がっていく。私は生唾をごくりと飲み込む。


「アイネ、戻ろ」

「──」

「……アイネっ!」


 ロロの叫び声にびっくりして、手を引かれるのに従い、その場から遠ざかっていく。


「あれえ? 勇者の気配がするなあ」


 ──耳元で聞こえた声に、反応すらできなかった。私の代わりに攻撃を受けてくれたであろうロロが、吹き飛ばされて、遠くで倒れていた。


「ロロ!」

「なんだ、まだこんなに弱いんだ。よかった」


 私と同い年くらいの少年が、それをやったのだ。


 私は、何もできない。それを悟ったが、もう遅い。やっぱり、約束なんて破るんじゃなかった。


「君がいると、迷惑なんだ。だから、死んで?」


 そうして振るわれた刃が、私に当たる寸前で──吹き飛ばされる。そして、少年の腕が黒い炭へと変化して、ぼろぼろと崩れていく。


「また、あのときと同じ……そうか、あいつだ。あいつの願いのせいだ!! あの、出来損ないの白髪の!! くそっ、くそっ、くそおおお!!!!」


 よく分からないが、これはチャンスだ。──この子は、私に攻撃できないのだろう。それを悟るやいなや、私は少年へと近づいていく。


「く、来るな……!」


 少年は力を失ったようにその場に座り込み、動くことさえままならないようだ。そんな少年に、私は無我夢中で飛びつき、全身を炭へと変えていく。


「ギィヤアアア!?!?」


 そうして、すべてが消え、虚しく残った炭を見つめていると、全身の力が抜けてきて、私は意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る