第4-15話 あなたがくれた、おくりもの

 右腕を強く握り、まなは告白する。


「あのとき、マナの声を盗んだのは、あたしなの。本当にごめんなさい」


 その言葉が、脳内をぐるぐる回る。それから、私は無意識に、こう呟いていた。


「──信じてたのに」


 そのとき、ポストに投函される音がして、すぐに確認すると、一通の書状が届いていた。ル爺がいなくなってしまったので、郵便はすべて、魔法で届くようにした。


 開くと、エトスの立体映像が流れる。


「榎下愛。今すぐ王都に来い。詳細は直接伝える」


 そうして、映像は消える。それだけの短い内容だった。魔法の効かないまなにも、それはしっかりと聞こえていたらしい。


「行ってきなさい」

「まだ話は終わっていません。それに──」

「大丈夫よ。アイネはあたしに任せておきなさい。さっきの話は、帰ってきたらちゃんとするから」


 連れていくのは、どう考えても無理だ。王都まで、新幹線で片道三時間はかかる。アイネはそれだけの間、大人しくしていられるような子ではない。


「ですが──」

「行ってあげなさい。エトスが可哀想でしょ?」

「あんな人、放っておけばいいんです」

「そういうわけにいかないでしょ。国王の勅命なんだから」


 淡々とした口調でそう告げるまなに、私は不服を隠さず表す。あんな話をしておいて、いつもと調子が変わらないのだから。まるで、あかねみたいだ。


 一瞬躊躇って、私は追及を決心する。


「誤魔化さないでください。まなさんは、私の味方ではないんですか?」

「はあ……。あんた、そういうところあるわよね」

「──どういうところですか」

「束縛が強いところ」

「な……っ!?」


 あまりのショックに、開いた口が塞がらず、わなわなと震えていると、


「自覚なかったの?」

「束縛なんて、してませんっ!」

「は? すごくしてるでしょ。あたしがトイレ行くときなんて、たまに気づかず、ドアの前まで着いてきたりするじゃない」

「そ、それは覚えがありますが──でも、束縛なんてしてません。しないように我慢してますから」


 なるべく、我慢に我慢を重ねて、束縛と言われないようにしてきたつもりだったのだが。


「それで我慢してるなら、どれだけあたしのこと好きなのよ……」

「大好きです。だから、離れ離れになるなんて、嫌なんです。なのに、なんで引き留めてくれないんですか!?」

「そういうところよ。あー、面倒くさい」

「めんど……っ!? まなさんは、私と離れても寂しくないんですか!?」

「全然? たまにはあんたと離れて羽を伸ばしたい気分だわ」

「なっ!? 酷い……っ!」

「むしろ、なんであんたがあたしと一日中、一緒にいられるのか分からないわね。どれだけ好きでも普通、ちょっとは離れたいとか思うでしょ」


 確かに、あかねが相手でも、四六時中一緒にはいられないな、とは思うけど。思うけど! それとこれとは別だもん!


「まなさんの、ば、馬鹿!」

「馬鹿で結構。アイネが起きるから、あまり騒がないでくれる?」

「むー……! もういいです! まなさんなんて知りません!」

「ええ、こっちもやっと離れられて、せいせいするわ」

「むー!!」


 声をなるべく抑えて、私は怒る。そうして、怒りながらも、外出の用意をする。


「あ、マナ」

「なんですか、今さら謝られても──」

「おむつ無くなりそうだから、帰りに買ってきて」

「むううう……分かりましたっ!」

「それから、さっきの話だけど。長くなりそうだから、帰ってきたら、ちゃんと話すわ。気になるとは思うけれど、それまでお預けね」

「ふんっ。全っ然、気になってません。まなさんなんて、アイネにいじめられればいいんです」

「あたしといるときは静かだから、大丈夫よ」

「──アイネの母親は、私です!」

「あはは、大丈夫よ。よく知ってるし、盗って食べたりしないから。でも、あんまり遅いと、アイネちゃんがあんたのこと忘れちゃうかもしれないから、必ず、帰ってきなさい」

「当然です! 忘れさせません!」


 大声で叫びたい気持ちを抑えて、小さな声で怒る。


 それから、珍しく眠っているアイネの頬に、キスをして、静かに扉を閉めた。


 瞬間移動で行けば一瞬だが、そういうわけにもいかない。あかねが戦場に出ており、私と魔力を共有しているのだ。無駄遣いはできない。


***


 学園都市ノアから、新幹線で三時間。王都トレリアンの駅で降りると、駅から城へ向かうための、迎えの空飛ぶ絨毯が来ていた。迎えとして遣わされたのは、いつもは城門の警備に当たっている二人の片割れだ。


 どうやら、城の戦力の大半は、戦場に駆り出されているらしく、戦況は私が思う以上に芳しくないらしい。


 また、王都は囮と言われるだけあって、警備が万全だ。分厚い壁で周囲を覆われている上、私が張った結界も作用しているため、ルスファで最も安全な地として、各地から人が押し寄せている。


 とはいえ、出入口は一つしかなく、それ以外の、空や地中からの侵入も、魔法により封じられているので、ずいぶん長い列ができているのだが。


「どうやって入るんですか? 列に並んでいては、いつまでかかるか分かりませんよ」

「ご心配なく。このまま空を飛んでいきます。私は壁の手前で降りますが、絨毯をお貸ししますので、そこからは一人で城の方に向かわれてください」


 この結界は、かつて、「私でも破れない」を目指して張ったものだ。──それを目指した結果、私だけは通れる結界になってしまったのだが。


 それから、玉座の間に通されて、数ヶ月ぶりにエトスと対峙する。


「今回は、どのようなご用件でしょうか」

「旧魔族軍を率いる者の正体が分かった」

「そうですか──」

「ユタザバンエ・チア・クレイアだ。先代の魔王が亡くなった後、すぐに新魔王として即位し、旧魔族たちを率いているそうだ」


 ──やはり、そうか。


 ユタザバンエといえば、あかねの弟子になりたいと言っていた、あのユタだ。しかし、彼はまだ九歳になったばかりのはずだが──、


「あれは、お前と同じ、生まれながらの天才というやつだ。すでに、実権を握り、政治を行っているらしい」


 内心の疑問を見透かして、エトスがそう答える。──確かに、ユタはああ見えて、賢いところがあった。夏休みの宿題もかなり早い段階で終わらせていた記憶がある。それが、どれほどの目安になるかは分からないが。


「彼は、魔族であったとき、あかねと同等の実力を持っていました。魔力が減少したとはいえ、侮るべきではないかと」

「それに、奴は、以前の魔王とは違い、正しく魔王だ。となれば、真の勇者にしか倒すことはできないだろう」


 真の勇者──まなのことだ。


 そう、覚悟を決め、話を聞く姿勢を取っていた。




「先日、新たな勇者の名が刻まれた。──名を、榎下愛音という」




 頭が真っ白になった。その空白に叩き込むようにして、続けてエトスは、こう告げた。


「同時に、マナ・クレイアは、その生涯を終えることが時計塔に予言として記載された。──日付は、今日だ」

「っ──!」


 やっと理解が追いついて、すぐさま、私は足を踏み出そうとし──、瞬間、目眩に襲われて、膝をつく。


 魔力が急激に使用されたことによる、一時的な目眩だ。加えて、魔力が使い果たされたのか、ろくに体を動かすことができない。


 ──あかねに、何かあったのだ。


 ピシッ──と、指輪にヒビが入る音がして、見ると、世界一硬い、魔力の結晶が砕け散っていた。つがいの指輪は、片方が割れればもう片方も割れる。


「あいつにしては、いいタイミングだな」


 エトスがそう呟いたのを聞き、これが仕組まれたものであることを悟る。


「あの人に、何をさせたんですか……?」

「勇者が成長するまで、魔王には眠りについてもらう。今のままでは、間違いなく、敗戦するからな」


 その封印を施すために、あかねは保有する魔力のほぼすべてを使ったということだ。そんなこと、あかねは一言も言っていなかった。そんな素振りも見せなかった。──だが、人一人を封印するほどの大魔法であれば、確実に魔法陣を用意する必要がある。


 魔法陣を描く速度には個人差があるが、彼はあまり得意ではなく、手のひらサイズの物を書くにも、一日はかかったはずだ。魔法陣の効力は大きさと数に比例するため、ユタを封印するには、数ヶ月程度の用意が必要になる。つまり、以前から、あるいは、徴兵前から、故意に隠していたということになるが──。


 ──いや。それよりも、今はまなだ。


「まなさんのところに、帰らせてください」

「断る」

「……見殺しにする気ですか」

「安心しろ。アイネは死なない。塔に刻まれていないからな」

「今は、まなさんの話をしているんです!」


 震える足に鞭打って、なんとか、立ち上がる。魔法は使えない。視界が望遠鏡を覗いているかのように、遠くに見える。少しでも気を抜いて、一瞬でもふらついたら、そのまま意識を失いそうだ。


「なぜ、こんなことをするんですか」

「予言は絶対だ。何をしても彼女は命を落とす。となれば、被害を最小限にするべきだ」


 最期だと分かっていて、私を彼女から引き離したのだ。──私に被害が及ばないように。


「私には、あの子が必要なの! 今すぐ帰らせてッ!!」

「許可するわけにはいかない」

「お兄様──!」


 城の兵士たちが次から次へと現れる。手練れの者たちが出払っているとはいえ、個々が一定以上のレベルなのは、確かだ。


「手加減なしでいい。彼女はもう王女ではないのだからな」


 四方八方から、魔法が向けられる。火、水、風、土と、本当に容赦がない。だが、彼のために、魔法は使えない。


 軌道を誘導しつつ回避して、火は水と相殺させる。


 風の刃を白刃取りし、兵士に向けて投げ飛ばす。


 土の壁で囲まれれば、蹴って上り、上から脱出する。──すると、足下の土壁が瞬時に姿を消し、私は自由落下を強いられる。


 格好の的だが、空中で身をひねり、なんとか、攻撃をかわす。


 そして、床に足を下ろす瞬間、一帯を火の海に変えられる。魔法で防ぐこともできず、私は直に熱を受け、


「ああっ! ぐ──っ!!」


 服を伝い、背筋が炎に撫でられる。すぐに服を引きちぎって、その場に捨てる。酷い有り様であろう足を視認しないようにして、歯を食い縛り、この事態を起こした張本人──エトスへと、踏み出す。


 ──が、瞬間、脳天から足先まで突き抜けるような衝撃が襲い、意識が飛びかける。


 何かで頭を殴られたのだ。


 ここで倒れたら、立ち上がることは不可能だ。


 踏ん張りを利かせて、体勢を立て直そうとするも、エトスに足払いをかけられて、あっさりと崩される。


 倒れるまでのわずかな間──足払いしたその足を掴み、引っ張って横転させる。


 その勢いで立ち上がり、再び熱が伝わるより速く後退。玉座の間を出て、王城の入り口へと駆ける。


 しかし、その通路には、すでに大量の魔法陣──罠が仕掛けられていた。発動するまで、どんな罠かは分からない。床だけであれば、壁を走って進めばいいが、それは、壁どころか、天井にさえも仕掛けられている。


「いい加減、大人しく──」


 ぶつけた頭を抑えて立ち上がるエトスの声を無視して、覚悟を決め、罠の仕掛けられた床を最小限の歩数で踏み抜く。今の状態なら──三歩はかかる。


 一歩目。落とし穴。落下より早く、飛んで回避。


 二歩目。全方向からの弓矢。一方向に突き進み、一本を掴んで他を払い落とす。


 三歩目。熱線の檻。細かい格子の隙間には、弓矢一本通すのがギリギリだ。無理に通り抜けようとすれば、格子の形に細かく切られ、焼き尽くされる。試しに、持っていた弓矢を振ってみたが、跡形もなく消え去った。


 私は檻すれすれまで飛び上がり、落下の勢いを利用して、床を殴る。直後、陥没した床と檻に生じた隙間から抜け出す。小さな隙間から無理やり這い出て、背中の皮が剥がれた痛みを、無視して進む。


 そして。


 ──入り口の扉を開けると、琥珀髪と黒瞳が視界に入った。


 その瞬間、ぐわんと目眩がして、全身の力が抜けそうになる。


 しかし、幻の類である可能性を考えて、耐える。だが、相手からは何の行動もない。それでも、黙って睨み続けて。


 ──ふと、下方から水が滴るような音が聞こえることに気がつく。


 わずかに視線を下げると、白髪の少女が、彼の腕の中で、ぐったりと手足を投げ出していた。


 どこから流れているのか分からないほど大量の、真っ赤な血液が、地面を濡らしていた。


 そっと、その青白い頬に触れる。──冷たい。


 その体を引き取ろうとして、支えきれずに、膝から倒れる。




 ──力が、入らない。


 どうするんだっけ、こんなとき。


 ああ、血が無くなっちゃう。すくわなきゃ。


 すくわなきゃいけないのに、地面に吸い込まれて、全然すくえない。


 体が冷たい。抱きしめて、温めてあげないと。まなさんは、寒がりだから。




 急速に、全身の感覚が遠のいていく。すべてが、遠い。血の色も分からないほどに、世界がモノクロに見える。




 ──きっと、怖かっただろうな。いつも強がってたけど、まなさんは、怖がりだから。


 私がとっても愛してるってこと、伝わったかな。


 伝わらなかったよね。「信じてたのに」って、言っちゃったから。


 どうしてもっと、優しくしてあげられなかったんだろう。


 なんで喧嘩なんてしちゃったんだろう。


 ちゃんと、謝ってたのに、どうして、許してあげられなかったのかな。


 帰ったら教えてくれるって、約束だったよね。ここでいいから、聞かせてよ。──ううん。そんなことどうでもいい。どんな理由があっても、許してあげる。




 だから、もう一回だけ、「大丈夫」って、言ってよ。そしたら、きっと、頑張れるから。




 勇者なんだから、簡単に死なないよね。


 勇者だから、こんな風に死んじゃうんだ。


 ──たくさん、色んなものをくれたのに、何も返してあげられなくて、ごめんね。


 薄れゆく意識の中で、そんなことを思う。




 涙なんて、流せるはずがなかった。


 全部、私が悪いのだから。





***


~あとがき~


次回から、第5話です。


うわあ……という感じの第4話は終了しました。


やっと、少しだけ本編っぽくなってきましたね! いやあ、長かった!

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