第3-10話 呪いと対価
「前提として、契約を破棄したいというのは、誠か?」
「冗談で言うようなことじゃないと思うけど?」
「質問に質問で返すな。まったく……」
私はこの部屋にいても許されるのだろうかと思いつつ、聞き耳を立てておく。はしたないけど。
「なぜそういう結論に達したのか、聞かせてもらおうか」
魔王は魔法で玉座を用意して座った。床が抜けそうだ。ここの下はギルデルドの部屋だが──まあ、ギルデルドならいいか。
「かくかくしかじか……」
「思考を読み取るなどという親切なことはしてやらぬ。とく申せ」
「とく申しまーす。──まなちゃんってさ、めちゃくちゃいい子じゃない? あんな子の願い利用するとか、無理。だから、ちゃんと契約を切りたいんだ」
「それだけではないだろう。貴様はどんな相手であろうと、利用すると決めたら徹底的に利用する。血が通っていないからな」
「うわ、そんな風に思ってたのお? ひっどおー」
まさに、その通りだ。約束は相手を利用するためだけにあると言い、屁理屈だけは一級で、その上、表にはそういう姿を見せない。まさしく、腹黒い。──とはいえ、今回ばかりは本気で怒っているようだが。
「ま、事情とか、気持ちとか、そういうのって、ちょっとずつ変わるじゃん? 要はそういうこと」
「では、貴様にかけられた『呪い』はどうする?」
「ちょっ!? それ、わざわざ愛がいるところで言わなくてもさあ……」
魔王ははっとした顔で、私の方を見る。たった今、気づきました、という感じだ。その顔は、まなによく似ていた。
「──まあ、話してしまったものは仕方ない」
「勝手に仕方なくするのやめてくれる?? はあ──。それに関しては、僕もどうしようかと思ってるところ」
『呪い』とは、一体、何のことだろうか。初めて聞いた。あかりに隠し事が多いのはいつものことだが、それにしても、物騒な響きだ。
「それでも良いのか?」
「いいよ。契約なんてなくても、まなちゃんを守るのはもう決めたことだし、何かを思い出させるっていうのも無理そうだし。こっちに得しかないってのもさすがに申し訳ないからさ」
「甘さ故の選択か、また何か企んでいるのか。くっくっ……ん、んん」
魔王は不気味な笑みを咳払いへと変え、座り直す。どうやら、先日、まなに言われたことを、相当気にしているらしい。そう、笑い方が気持ち悪いと言われたことを。
「それで? 破棄してくれるの?」
「そちらからの一方的な破棄となる故、当然、対価をもらうことにはなるがな」
「うわあ、けちだなあ……まあいいけど、それより、対価って、なんかワクワクするね!」
「人生を生まれよりやり直してはどうだ?」
「僕もそうしたいところだけど、愛と会えないと困るから、お断りします」
よくもサラサラとあんな歯の浮く台詞が出てくるものだ。そう思いつつも、ちょっと嬉しく思ってしまう自分が恥ずかしい。
「それで、対価って何を差し出せばいいの? 僕、何にも持ってないけど」
「くっくっく……。持っているではないか、対価となりうる物を」
「どれのこと?」
「──命の石だ」
そう言われたあかりは、いつもの作った笑みを消して、正面から魔王を見据える。
「何に使うつもり?」
「命の石といえば、不老不死になれることくらいしか利用価値がないと思うが?」
「そんなこと分かってるって。誰に使うのかって聞いてるんだよ」
魔王は不敵な笑みを浮かべ、挑発するようにあかりを見つめ返す。
「さあ、誰だと思う?」
「質問に質問で返さないでくれるかな」
「貴様の真似をしただけだ」
まるで、小学生のような稚拙なやり取りに、私はほとんど興味を失い、今は本に目を通していた。
貯蓄はないが、これから稼ぐ分で何かできないかと、現在FXを勉強中だ。本を購入する余裕はないため、学園の図書館で取り寄せてもらった。
「別に教えてくれればいいだけじゃん。契約の破棄だって、本当はそっちにしか利益ないんだからさ」
「持ちかけてきたのはそちらだ。教えてやる義理はない」
「はあ? 命の石の持ち主は僕なんだけど? 僕の気が変わる前に言った方がいいんじゃない?」
「それならば、貴様の方こそ、一生契約に縛られ続けるがよい」
「──まあ、不老不死にするとしたら、ユタさん以外にいないと思いますけどね」
不毛なやり取りが聞くに耐えず、私は本に意識を向けたまま、結局、口を挟んでしまった。
「自分の子どもはやめときなって。不老不死なんて、全然いいもんじゃないよ」
「ユタ……また名前を忘れた。最近物忘れがひどくて敵わぬな」
魔王はおそらく、自分の子どもの名前を忘れていたために、あかりの質問に答えられなかったのだ。それを正直に言うわけにもいかないため、頑なに答えようとしなかったのだろう。だが、そもそも、ユタザバンエなんて覚えにくい名前にするから忘れるのだと思う。
そうでなくても、魔王の子どもなど数えきれないほどいるのだから、忘れるくらいなら、もっと、分かりやすい名前をつけておけばいいものを。
「ユタザバンエさんです」
「そう、それだ。よく覚えているな?」
「名前は、とても大切なものですから。その人のことを少しでも想う気持ちがある限り、絶対に、忘れたりしません」
本から目を離さずにそう告げる私に、魔王は赤い瞳を細めて、何か言いたげだったが、結局、何も言わなかった。
「そのユタザバンエは、近い将来、歴代最強の魔王となり、国を治めることになる。後数年も経てば、一人で一国を滅ぼすことも可能になるだろう。さらに、数十年経てば、世界すら一瞬にして塵に変えるほどの力を持つようになる」
「強ければいいってもんでもないと思うけどねえ」
「いずれ、世界に対する、絶対の抑止力となる。これで、永遠に戦争は起きぬだろう」
「……可哀想だと思わないの?」
「必要な犠牲だ」
「じゃあ、君がなればいいじゃん。別に弱くないんだし、魔族は歳を取れば取るほど強くなるんでしょ?」
彼がそういうと、魔王は首を横に振った。
「それでは時間がかかりすぎる。余が力をつけている何百年の間に、一体、どれだけの血が流れるだろうな?」
「それは建前ですよね。本音は、自分では精神的に耐えられないと分かっているから」
余計な口出しだろうかとも思ったが、少し不快だったので、言わせてもらう。
「あなたは公人を装ってはいますが、実際には、極めて稀なほどの私人です。最大多数の幸福を目指さなくてはならないと自分に枷をしてはいますが、それは、正妻一人を失ったことで揺らぐほどの脆いもの。奥様を失った悲しみは私程度には想像もつきませんが、それによって思考を停止し、内戦が起きても構わないとは。あなたはおもちゃを取り上げられた子どもですか。不愉快極まりないですね」
口をつぐむ魔王に、「とはいえ、私はすでに王族の身分を捨てた身です。先の戯れ言は聞き流してくださって構いませんよ」と付け加えた。
あえて回りくどい言い方を選んではいるが、簡潔に言えば、「今の魔王には、内戦を阻止する気がない」ということだ。
まなの母──魔王にとっては正妻だが、ともかく、彼の最愛の人は亡くなった。きっと、それによって、
つまり、彼はもう、この世界に生きていたくないのだろう。だから本当は、この世界がどうなろうと知ったことではないのだ。それでも、公人を装い、内戦を止めようとしているフリをしている。
きっと、彼にとっては、子どもなど二の次で、一番は、いつまでも、愛する妻だったのだろう。
とはいえ、私も人のことを言える立場ではないのは、よく理解している。
「──お前が女王になっていれば、少しは違った結末だったかもしれぬがな」
「そうですね。私が女王になっていれば、確実に私の代でこんな馬鹿げた内戦は終わらせていたでしょう。しかし、それはすでに過ぎ去った話です。もう取り返しはつきません」
「あのお、あんまり難しい話、しないで? 頭痛くなっちゃうから」
私はこめかみを押さえるあかりの顔に、ため息をつき、再び、本に目を落とす。
「──いずれ、後悔することになるぞ」
「後悔なら、いくらでもしました。それでも私はこの道を選んだんです」
「そうか」
今度こそ、静かに話し合いを見守ることにした。
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