第3-11話 ランプの魔人

「じゃあ、せめて、命の石使うなら、ユタくん本人に確認取ってよ。どれだけ危険かっていうのもちゃんと説明して、それでも使うって言うなら、止めはしない」

「……いいだろう。その条件で契約を破棄してやる」

「約束、破らないでよ」


 あかりは空間を歪め、中から命の石を取り出し、魔王に渡す。空間の歪みには、容量を気にせず収納できる上、時を歪めておけば保存も利くので便利だ。


 すると、魔王とあかりの間の空間に、光の文字列が並ぶ。それを魔王は握りつぶすようにして、消滅させる。


「──契約は破棄した」

「魔王サマが言うと、なんでもカッコよく聞こえるね」

「貴様の思考はよく分からぬ」

「それでさ、破棄したばっかで申し訳ないんだけど、僕と契約してくれない?」

「……は?」


 きょとんとした顔の魔王が、何事か尋ねようとした、そのとき。扉をノックする音が聞こえて、私たちは一斉に音の方を向く。先ほど魔王が鍵をかけてしまったので、あかりが鍵を開けにいく。


「あ、まなちゃんおかえり」

「ええ──って、お父さん、またいたの?」


 魔王の繊細な心が傷つく音が聞こえた。まなにそんなつもりはないのだろうが、どうにも嫌そうに聞こえる。


「……その箱はなんだ?」

「え? ああ、別にたいしたものじゃないわよ」


 そう言って、まなはケーキの入った箱をそのまま冷蔵庫にしまい、さきイカを私に押しつけた。


 魔王がいるとは知らなかったので、当然、彼の分のケーキはない。確か、甘いものが好きなはずなので、知られると拗ねるかもしれない。だからまなは隠したのだろう。さすが、ポーカーフェイスだ。


「そうか……。場所を変えるか?」


 魔王がまなを一瞥し、あかりへと問いかける。あかりがまなに、契約の話を知られないようにしているため、気を使ったのだろう。


「いや、ここでいいよ。僕がしてほしいことっていうのは、まあ、さっきの契約と同じ」

「ほう……。貴様が受ける制約だけ変えたいと申すわけか」

「申すわけ。どうやっても、『あれ』は、僕の力じゃどうにもできないしね」

「では、貴様は何を差し出す? 榎下朱里?」


 契約とは、両者の合意に基づいてなされるものだ。片方が条件を提示し、もう片方がそれを受け入れる場合、契約は成立する。


 その中でも、魔法契約というものは、魔力を込めて文字を書き、そこに宿る言霊を、契約の見張りとして機能させるものだ。


 魔法契約を破れば、破った側にペナルティが発生する。それは契約の内容により様々だが、基本的には言霊による魔力の徴収だ。破り続ければそのうちに体が動かなくなり、死に至る。


 そして、あかりはこう言った。


「勇者の秘密を教えてあげるよ」

「どういった秘密だ?」

「ま、契約だけ結んでくれたら教えてあげるからさ」

「なるほどな。本当に、余が提示する条件だけを破棄したかったわけか」

「そ。しかも、今度は僕がもちかけた契約だから、いろいろと便利だしね」


 先ほど魔王が握りつぶした契約書をさらっと読んだ限り、元々、魔王があかりに提示していた条件は、『まなに関する魔王の指示を聞くこと』だ。


 魔法契約の際には、両者の差し出すものがそれなりに釣り合っている必要があるため、魔王の指示をなんでも聞く、などという条件にすれば、魔王があかりに支払う物も大きくなってしまう。そのため、まなに関する事柄以外は聞かなくてもいいことになっていたようだ。


 ちなみに、あかりの方の条件はブラインド──つまり、見えないようにされていて、分からなかった。

 

 尚、二重契約──つまり、同じ条件で別の魔法契約を結ぶことはできない。書き換えることも一応、可能だが、条件を大きく変える場合には、新しく契約を結んだ方が早い。


「それだけか?」

「ここから先は、契約の話が終わった後でね」


 あかりが魔法契約書を差し出す。相変わらず汚い字だ。しかし、魔王はそれを上から下まで読んでいた。読みづらそうにしている魔王を見ていると、新手の嫌がらせではないかという気がしてくる。


 そうして、しばらくの後、魔王はサインをした。


「結んでよかったわけ?」


 私も感じていたことを、まなが魔王に尋ねる。


「どういう意味だ」

「だって、あかりは秘密を教えるだけでいいけど、見る限り、お父さんは継続的に契約を守り続けないといけないんでしょ? どう考えてもそっちの方が不利じゃない」

「そうでもない。秘密とやらの中身にはよるが、その事実が一つあるだけで、継続的な利益が見込める。だからこそ、魔法による契約が成立したのだろう」

「ふーん。まあ、いいけど」


 実際、まなの指摘は正しい。これで、あかりは秘密を教えるだけで、魔王に条件を果たしてもらえるのだから、気楽でいい。


「それで、秘密とやらを聞かせて──」

「おっと。急がなくてもいいじゃん? それに、契約の話が終わった後で、って、言ったよね?」

「言っている意味が分からぬな」

「素直すぎない? それか、僕のことなめてない?」

「勇者として、正当な評価を下しているつもりだ」


 先日の、ユタを打ちのめした件が蒸し返されそうになり、あかりは話を先に進める。


「もう一つ、契約を結んでほしいんだよね」

「……なるほどな。それならば確かに、契約の話は終わっていないか。それで、次は何を求める?」


 あかりの切り返しにもほとんど動じず、魔王は淡々と尋ねる。


「ランプの魔人って知ってる?」

「──ああ。ランプの持ち主の願いを、三つ叶えるというモンスターの話か」

「え、モンスターなの!? てか、実在するの!? ──いや、今はそれはいいんだけど。つまり、願いを、なんでも、叶えてほしい。一つでいいからさ」


 すると、魔王は思案顔で、しばしうつむく。なんでも、と言うほどの願いを叶える方法を考えているのだろうが──やがて、口を開く。

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