第3-8話 殺意の味

 あかりはため息混じりに話す。


「それがさ、お母さんのお葬式の後に、会ったんだって。まなちゃんと、魔王が。まなちゃんは、自分はお母さんとそんなに関わりがなかったこととか、自分が白髪なこととか、幹部たちに追われてることとか、色々遠慮して葬式には行かなかったんだけど、式の後で、魔王がまなちゃんに会いに来たらしくて。──それで、お母さんいなくなっちゃったから、一緒に住んでたユタくんをどうするかって話、したんだって」

「は……?」


 ──わけが分からない。それは、彼の説明が下手なことも一因だが、そうではない。


「それと、まなちゃん、経済的に厳しいからって理由で、おばあちゃんに仕送りをお願いしたらしいんだけど。そのときにも、魔王はまなちゃんに、普通に会いに来たんだって」


 ユタをどうするか? 仕送りをお願い? 普通に会いに来た?


 ──母親が亡くなって、葬式にすら行かないと決意した彼女に、まなの弟の相談をするのか。彼女のことは見捨てたくせに。彼女が白髪の女子であるというだけで。


 お願いしないと、仕送りすらしないのか。彼女はまだ高校生なのに。これまで、逃げるようにして、なんとか生きてきたというのに。実の親であるというのに。


 あまつさえ、幹部たちが彼女を追うのを放っておいて、のこのこ、彼女の元に顔を出したと、そういうのか。この間のように。


「しかも、まなちゃん、別に怒ってない、って言ってたらしいよ。何か事情があったんだろうから、許すって。仕送りも無理そうなら、なしでいいって。それも、まなちゃんが自分から頼んだわけじゃなくて、おばあちゃんのボーリャさん、ほら、この間、大会にいた人。あの人が気づいて、魔王に伝えたんだってさ」


 今までの中で、一番、わけが分からない。


 ──なぜ、彼女は、許せてしまうのだろう。激昂して、金銭だけを受け取り、完全に縁を切ってもいいところだ。


 それでも、彼女なら、きっと許してしまうのだろうと、そうも思った。


「あの子は、一体、どこまで……っ!」


 ここまで、人を憎いと思ったのは、初めてだ。もちろん、彼女に対してではない。


 魔王やその幹部、それから、彼女を利用しようとした、私自身が、心の底から、憎い。全員、殺してやりたい。生半可な罰では足りない。


 ──ああ、きっと、彼が妹に対して抱いているのは、これよりも大きな激情なのだろう。抑えられない怒り。それでも、どうすることもできない無力感。他者から見れば、そんなこと、と片づけられてしまうような──事実、私も一度はそう思った、とても醜い感情。


「──愛、話があるんだけど」

「わけの分からないことをほざいたら、うっかり殺してしまうかもしれません。気をつけて発言してくださいね」


 いくら彼とはいえ、これ以上、ふざけたことを抜かせば、さすがの私も、本当に許せる気がしない。


「……やっぱりさ、まなちゃんの願いを使うなんて、できないよ」

「それで、どうされるおつもりですか?」


 あかりはたっぷりと瞑目して、重い口を開いた。


「──諦める。あの子のことは。もう、いいんだ、これで」


 その一言で、わずかに、怒りが小さくなるのを感じた。


 「諦める」。それが、今、私が一番、欲しい言葉だった。妹を許せとは言わない。ただ、お腹の子とまなのために、あかりには、諦めてほしかったのだ。


 私が抱くこの感情も、きっと、心の奥深くに押し込んで、何もないようなフリをする以外に、どうすることもできないのだろう。もし、殺人や復讐が許されるのであれば、私は迷いなく、関わった全員を葬るだろう。


 ──だが、今、それをすれば、子どもに迷惑がかかる。それだけは、どうしても、嫌だった。


「納得した、という顔ではありませんね」

「そりゃあ、だって。これじゃあ、何のためにマナを傷つけたのか、分かんないよ」

「もう慣れていますから」

「いや、女王になれなかったのだって、僕のせいだし。それに、嬉しかったのも本当だし」

「あれは、あなたのせいではありませんよ。私の独断ですから」

「いやいや、僕が──」


 私はあかりの口に人差し指を当てて、黙らせてから、指を離す。私を傷つけたとか、王位を捨てたとか、そんなことはどうでもいいのだ。


「ずっと一緒にいてくれる?」

「──もちろん」

「……よかった」


 心の底から、ふわっと、安心する気持ちが湧き上がってくるのを感じる。温かくて、優しい気持ちが。


 すると、彼は驚いた顔をして、私の頬を指の背で下からなぞった。そこに、滴があるのが見えて、やっと、自分が泣いているのだと、気がつく。


 ──よかった。諦めてくれて。復讐に捕らわれたままでいないでくれて。まなをこれ以上、傷つけずに済んで。私と、何より、この子を選んでくれて。本当に、よかった。


「ごめんね、愛。泣かせてばっかりで」

「いえ、嬉しい涙ですから。それに最近、情緒不安定で。すぐに涙が流れてくるので」

「これからは、ずっと一緒にいるから」


 そうして微笑んだ彼は、指の背に載った滴をじっと見つめて、何やら、悩んでいる様子だった。


「適切に処理してくださいね」

「……はい」


 彼は渋々といった様子で、ティッシュで拭いて、ゴミ箱に捨てた。今にも赤い舌が出てきそうな雰囲気だったが、言及はしないでおいた。


 だが、涙なんて汚いだけだ、と茶化す心の余裕は、まだ、ない。


「それにしても、絶対に、許せない。──みんな、死んじゃえばいいのに」


 自分がどんな顔をしているかは分からなかったが、私の呟きを聞いた彼は、少し驚いた顔をして、それから瞳に強い怒りを湛えた。


「僕も、さすがに怒ってる」

「本当に?」

「うん、ほんとに。でも、肝心の本人があれだからなあ」

「……あの子は、優しすぎます」


 だが、ここで、こうして話していても、どうにもならない。


 まなにどう訴えたところで、きっと、魔王のことを、本気で怒ってはくれないだろう。私としては、なぜ、彼女ばかりが酷い目に遭わなくてはならないのかと、そう思わずにはいられない。


 だが、それは私が勝手に思っているだけだ。私の想いと、彼女がどう思うかは、まったく関係のないことであり、優先されるべきは、彼女の感情なのだ。


 だから、彼女の分まで、私たちは内に怒りを秘め、その炎をくすぶらせ続ける。そうすることしかできない無力感を抱えて。


***


~あとがき~


 次回から、6話、番外編です。番外編なんていらんという方には、申し訳ありません。


 あと、近況ノートに番外編は3話の後で、とか書きましたが、ここで入れる方がよさそうなので、変更しました。3話はまだまだ続きます。

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