第8-5話 嘘か真か

 そうして、クレセリアは語り始めた。あかねとは違って、分かりやすい説明だ。


「前提として、ココロプカっていうモンスターは、ここら辺ではそんなに珍しくないんだよ。ただ、前までは魔王が定期的にギルドに討伐依頼を出して、人里に被害が及ばない程度には、増えすぎないようにしてたんだけど、封印されちゃったからさ」

「私もそこまで気が回りませんでした。──いや、私のせいではありませんね。クロスタは一体、何をしているんですか? あれでも一応、元幹部ですよね?」

「もちろん、知ってたんだけど、兵士たちが嘘の生息数を報告してたんだよね」

「なるほど、それで国民たちを眠らせて、王国を混乱に陥れたわけですか。しかし、気づかないものですか?」

「いや、あのクロスタだよ? あかねと同じくらいポンコツだよ?」

「ああ、あれを王にしたのもそんな理由でしたね。そういえば」


 そこをとやかく言っていても仕方がないので、話を進める。


「クロスタは忠誠心だけはすごいから、どんな理由でも仕えるって決めた瞬間から、マナに命を捧げる覚悟ができてるんだろうね」

「要は、ココロプカはクロスタの目を反らすためのものというわけですね」

「そう。本当の作戦がバレたら、すぐマナに報告するだろうって、そう思ったんだろうね。作戦の失敗と、クロスタの首が飛ぶことを恐れたってことだよ。なんやかんや、愛されてるねえ、クロスタ」


 完全に国民に主導権を握られている。まるで、犬に散歩されているクロスタだ。いや、ただのクロスタか。ともあれ、それを望んだのは私だから、これでよし。


「それでは、この沈没はなぜ起こったんですか?」

「ああ、それは、エリザクラのせいだね」

「エリザクラ?」

「そう。クラゲベスたちの長はエリザクラって呼ばれるんだよ。この国を覆ってるドーム全部が、エリザクラそのものなんだ」

「つまり、現在この国はモンスターの内部に取り込まれているということですか?」

「そういうこと」


 今は夢の中なので見えないが、外で見た景色に覚えた感動を、再び手に入れようと、私は青いだけの空を見上げた。


「なぜそんなことに?」

「エリザクラは意思があるモンスターだから、何か意味があったんだとは思うけど、そこまではちょっと。マナこそ、何か心当たりはないの? 恨まれる心当たりとか」


 心当たりなら、とてもある。


「先日、クラゲベスを掃討したんですが──」

「ああ、間違いなく、それだね。エリザクラは賢いから、君の大切なものが何かとか、どうしたら君が困るかとか、全部分かって行動してるんだよ」

「だからギルデルドはあんなに刺されていたんですね」

「ギルデ、いいやつだったよ……」

「まだ死んでないですけどね」


 私から仕掛けたこととはいえ、やり返してくるとは、いい度胸だ。絶滅させたわけではないし、おかげでこちらもかなりの被害を被ったのだから、その仕返しをされても文句は言えないだろう。


「しかし、となると、エリザクラには島を海の中へ引きずり込むほどの力があるということですか?」

「そういうことになるね」

「攻撃も当たりにくそうでしたし、どう倒すべきでしょうか」

「え、倒すの?」

「さすがに生態系に影響が出ますかね?」

「うん、めっちゃ出ると思う」

「とりあえず、島だけ隆起させて、エリザクラは殴る程度にしておきます」

「いや、殴るんかい。てか、島を隆起させるって、そんなことできるの?」

「できると思いますよ。持ち上げればいいだけですから」

「もはや、マナって天変地異だよね」

「龍の神と呼ばれる方には言われたくないですね」


 最古の龍はチアリターナだが、クレセリアは龍の神と呼ばれる存在だ。最も世界に影響を与えたドラゴンであり、世界の全生物の総数を半分にしたことで有名だ。そんなドラゴンに、島をちょこっと持ち上げるくらいで、とやかく言われたくない。


「でも、全快はしてないんだよね?」

「はい。ですが、問題はありません。戦わなければいいだけの話です」

「あ、うん、そう。別に、止めたりしないけどさ」


 全盛期のバサイが拳一つで大陸を割ったのだから、不可能ではないだろう。


「他に知っていることはありますか?」

「いや、知らない。なんでレイがさらわれたのかとか、誰がそんなことしたのかとかは分からないね」

「そうですか。まあ、期待はしていませんでしたよ」

「うん、元気そうで何よりだよ。僕のハートはボロボロだけど」


 それから、クレセリアの方に向き直る。


「ところで、あなたは本当に、クレセリア様なんですか?」

「まだあかねだって疑ってるの?」

「……はい」

「ま、君がその目で見極めなよ。僕もあかねのフリに付き合ってあげるからさ」


 静寂が訪れ、吹いているはずのない風を感じる。それが事実かどうかは分からないが、今は事実だと、そう思いたい。


「どうしてこんなところにいるんですか?」

「秘密」

「相変わらず、隠し事が多いですね」

「愛が僕に会いたいかなって思って」

「それは──半分、嘘ですね」

「そう。半分ほんと」


 それが私の望んだものなのか、あかね自身なのか、分からなくなってくる。混ざり合って、溶け込む。


 それでも、現実のあかねが亡くなったのは事実だ。彼は、私を庇って死んでしまった。


「あなたがあかねなら、クレセリア様の魂は、近くにいるんですか?」

「うん。すぐそこにね」


 まるで、れなのようなことを言う。まなも、あかねも。すべて分かっているみたいだ。


「なんでも知っているんですね」

「そんなことないよ。僕が死んで、愛があんな風になるなんて、正直、全然、思ってなかった。君は強いから、きっとすぐに乗り越えていくだろうなって思ってた」

「そんなわけ、ないじゃないですか」

「ごめん。でも、すごい嬉しかったよ。最低だけどね」


 ますます、ここにいたいと、そう思ってしまう。この平和な世界で、最愛の彼と二人でいられるならそれでいいのではないかと。


「ここにいたい?」

「──はい」


 正直に答えると、あかねは笑った。


「意外と弱いねえ、愛ちゃん?」

「うるさい」

「ははっ」


 実は、本気で悩んでいた。あれだけ覚悟を決めたというのに、彼と話しているうちに、他のすべてが、どうでもよく思えている自分に気がつく。


 これだけ頑張ったのだから、少しくらい休ませてくれてもいいのではないかと、そう思わずにはいられない。


「僕とここで暮らす?」

「──あなたは、私をダメにしたがりますよね」

「あれ、バレてた?」

「何が、バレてた? ですか。まったく」

「ごめんごめん」


 この温かい風に包まれて、幸せに眠りたい。きっと、私は疲れているのだろうなと思う。そうして、私は芝生に体を預ける。


「本当に、このまま、ダメになってもいいですか?」

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