第8-2話 ガールズトーク

「ところでウーラちゃん。ナーアって、ウーラちゃんの子どもなんだよね?」

「はい。そうです」

「やっぱり、会いたい?」

「なんとも言いがたいですね。私たち、さたたんは、タマゴのときから魔王様の元で育つことが多く、私も親の顔は覚えていないくらいです。ナーアも、小さい頃に少し見ただけの私の顔など、忘れてしまっているでしょうし、陛下にご無理をしていただく必要は──」

「はいはーい! 私、ナーアと遊びたい!」


 ころっと機嫌の直ったアイネが、ぴょんぴょん飛んで、主張する。それを見た私たちは一斉に笑う。


「ふふっ、決まりですね」

「なんでみんな笑ってるの?」

「アイネが可愛いからですよ」


 そうして、私は無理にロロとアイネを一緒に膝に乗せて、ぎゅっと抱きつく。


「むぎゅーっ、せまーい!」

「きゅーくつ……」


 そんな二人を横目に、ウーラが問いかけてくる。


「それで、ワールスの方はどうなりましたか?」

「そうだね。兵士もみんな……アレしちゃったし。立て直すのは無理かなって思うんだけど、兵力を補給してでも独立させておいた方がいい?」


 全兵力が投入されたあの戦いで、私はそのすべてを狩り尽くしてしまった。戦力のない国をこの時代に野放しにしておけば、陣地の奪い合いが起こり、戦場になりかねない。


「いえ。そこまでしていただく必要はありません」

「じゃあ、ノアに吸収しちゃうから、ちょっと遠いけど、ウーラちゃん、引き続き、統治よろしくね」

「はい。承知しました」

「それで。ミーザスの王様、誰にしようかなあ……」


 ミーザスにはもともとローウェルが即位していたが、彼は自害してしまった。国自体は相当に優秀なようで、大きな混乱も起きていないようだが、いつまでも王位が空席のまま、というわけにはいかない。


「私、王様やる!」

「あら、アイネがやりますか?」

「うん! 私、王様になる!」

「それでは、問題です。国内で、元魔族と人間の争いが起きました。どうしますか?」

「仲良くしなさい! って言う!」

「いい答えですが、失格です」

「がびーん」


 ミーザスは昔から、どんな種族にも開かれているが、それ故に争いも絶えない。だからこそ、王となる人物には、様々な能力が求められる。ウーラを即位させることも考えたが、レイに代わる人物を考えたときに、ノアの国王に即位できるのが、彼女以外に思いつかなかったのだ。


「陛下が直接治めてはいかがですか?」

「それも考えたんだけど、ここにはあかねのお墓があるから、離れたくないの。レイもここにいるし」


 それが、大陸の中心であり、ユタザバンエが封印されている以上に、私がここにいる理由だ。ここには、私たちが過ごした高校があり、たくさんの思い出がある。それらが辛くなることもあるが、王都にいたときでさえ、ここが、ノアこそが、私の居場所だと感じていた。


「ママ、大丈夫?」


 私はアイネの頭を撫でながら、その漆黒の瞳に彼を想う。瞳に映る私の顔はとても寂しげで、アイネを心配させているのがよく分かった。


「大丈夫ですよ。今は、アイネが側にいてくれるので」


 しっかりしなくては。アイネに誇れる自分であるために。私を愛してくれるアイネが、胸を張って生きていけるように。


「タルカちゃん、また王様やってみる?」

「そんな軽く申されましても」

「少なくとも、裏切られることはないよ。ミーザスは、意見をはっきりさせたがるから、セトラヒドナみたいに裏でこそこそってことは起こらないと思う。正面衝突は多いけど、タルカちゃんなら抑えられるでしょ?」

「……陛下って、意外と脳筋ですよね」

「ミーザスでは力も頭脳もある人が慕われるから、脳筋じゃないタルカちゃんなら大丈夫だね。よし決まり」


 タルカの顔がさっと青ざめる。それを見たウーラが気の毒そうに苦笑し、私は悠々と紅茶を啜る。アイネとロロはあんなに取り合っていた私の元を離れ、楽しそうに駆け回っていた。


「あああー……」

「そんなに難しく考えなくて大丈夫だよ」

「そうは仰いますが、王ですよ? 魔王幹部として軍をまとめるのとは違います」

「大丈夫。ミーザスは主体的な国民が多いから、何もしなくても勝手に回るよ。おかしな方向に向かってるときは修正しなくちゃだけどね」

「だって、あのローウェル様の後続ですよね? とてもじゃないですが、ローウェル様の代わりがぼくに務まるとは思えません」

「ローウェルになろうとしなくていいよ。それに、今度は悪口たくさん言っても殺したりしないから、大丈夫」


 さらに顔が青ざめていくタルカの肩を、ウーラが優しくぽんぽんと叩くと、タルカは顔を覆ってわーんと泣き出した。


「私ってそんなに怖いかなあ?」

「はい。陛下は怖いです」


 淡々と答えるウーラに私はいっそ、感心する。


「じゃあ、ウーラちゃんって、とっても度胸があるんだね」

「そうですかね? 昔、怖い先輩たちに囲まれてたからかもしれませんね」

「怖い人なんて魔王幹部にいましたか?」


 泣き真似をやめ、顔を上げたタルカが尋ねる。確かに、生き残った幹部の中に、怖いイメージを抱くものはあまりいない。もちろん、身内には厳しいタイプもいるだろうが。


「亡くなった方もいらっしゃるので、タルカさんは存じないかと。ただ、クロスタさんは知っていますよね?」

「ああ、クロスタ様ですか。え、あのクロスタ様ですよね? 昔は怖かったんですか?」

「そうなんですよ。すれ違う度に睨まれるし、態度ばっかり大きいし、ことあるごとに、これだからモンスターは、とか言ってくるし。協調性はないし、仕事はできないし、そのくせ馬鹿みたいに真面目で。──まあ、ただの馬鹿だってことに気づいてからは早かったですね」


 澄まし顔で紅茶を啜るウーラに、今度はタルカが苦笑する。確かに、クロスタに出会ったときでこそ、月夜に似合うなどと思ったものだが、今では月夜にクロスタなど浮かべたら、すっぽん未満だとよく分かる。


「ローウェル様はどんな感じでしたか?」

「彼は、昔から変わりませんね。変わらず好青年って感じです」

「あ、やっぱりそうなんですね。ルジ様はどうでしたか?」


 ローウェルの話題がさらっと流れたことに、私は内心で笑う。微笑で受け流しているつもりだが、少し、顔に出ているかもしれない。


「ルジさんは──。私にも、よく、分かりません。優しかったかと思えば、実は戦争推進派で、子どもでも容赦なく殺してしまいますし。かと思えば、今度は自殺してしまいましたしね」

「陛下は何か、理由をご存じですか?」

「ううん。でも、ローウェルが私に魔力の結晶を遺して亡くなったことには、ル爺さんの死が関係しているみたい」

「ル爺さんって……」

「アハハ! ちょっと、あの人にしては可愛すぎる呼び方ですよ陛下!」


 ウーラが困り顔を浮かべ、タルカが大笑いをする。その認識のずれに、私は困惑する。


「ル爺さんって可愛くないの?」

「ぜんっぜん! 可愛さの欠片もないです! ね、ウーラ様?」

「いや、そんなことは……。こう、頭の大きい感じがマスコットみたいで、可愛いな、と思わなくもないと言いますか……。あ、たまに、何もないところでつまずいたりするんですよ。可愛いですよね」

「そう思ってるの、ウーラ様だけですよ。つまずくのは老化の証拠です」

「そ、そんなことはありません。あ! あれで意外と、家事全般ができるんですよ! エプロンを着て小さい体で懸命に、こうオムライスを作っていたりですね──」

「あーはいはい。今度、また聞かせてください」


 ウーラから見れば可愛いようだが、世間一般の解釈はタルカの方がきっと近いのだろう。きっと、ル爺は公私混同をしないタイプなのだ。


 そんなガールズトークのようなことをして、紅茶に手を伸ばすと、カップが空になっていることに気がつく。本日は、ギルデルドに休暇を与えているため、自分で動く必要がある。


「淹れてきましょうか?」

「ううん。そろそろ公務に戻れってことみたい。アイネとろろちゃんをお願いね、ウーラちゃん」

「承知しました」

「タルカちゃんはついてきて。即位するから」

「軽いですって、陛下」


 そうして、タルカの即位のためにミーザスへ向かおうとすると、足にがっしりと抱きつかれて、歩みを止められる。そこにはアイネがいた。


「ママ、どこか行っちゃうの?」

「──すぐに帰ってきますよ」

「帰ってきたら、ずっと一緒にいてくれる?」


 寂しそうな顔をするアイネに、心がかきむしられるような心地がする。先のことなんて、一つも確実には分からない。それでも、私はアイネの頭を撫でて、


「はい。もちろんです」


 そう微笑みかけて、そっと、アイネを離す。それから、少し離れたところにいる、遠慮がちなロロの頭を撫でる。


「すぐに戻ってきますから。アイネのこと、お願いしますね」

「ん! 任せて」


 ──なんだか、嫌な予感がする。


 そのため、私はタルカに待つよう指示して、念のため、一度、お墓へと向かうことにした。

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