第1-10話 人間王女の倒し方

「私たちの目的は、まな様を連れ戻すことだ。しかし、不幸なことに、彼女は人間の王女と懇意にしている。手を出そうとすれば、間違いなく、邪魔が入る」

「その上、王女の護衛には、榎下朱里がいるっすからねー」

「えのしたあかり?」


 知っている前提で口を挟むと、クロスタは眉をひそめる。どうやら、冗談ではないらしい。すると、ウーラがため息をついた。


「……クロスタさん、いつも四天王会議、ちゃんと出席されてますか?」

「皆勤だ」

「ならば寝ているとしか思えませんね。──榎下朱里と言えば、勇者榎下朱里のことです」

「ああ、勇者か。それなら、最初からそう言えばいいだろう」


 ウーラが遠回しに毒を吐くが、クロスタがそれに気づく様子はなく、それどころか、開き直る始末だ。どうやら、クロスタの頭の中で、勇者と榎下朱里が結びつかなかったらしい。


「クロスタくんの記憶力の無さにはいつもビックリするっす。──それで、人類最強と勇者をどうするか、っすね」


 やっと、話が始められる。


 この二人が揃って本気を出せば、世界を滅ぼすことさえできると言われている。現に、クロスタが戦って負けているのだ。ローウェルやウーラにしても、四天王一人が挑んだところで、返りちにうのは目に見えている。


「城を開けるのはいささか不安ですが、三人で行くしかないでしょうね。──もう一人の方がいらっしゃるとなれば、話は別ですが」

「あの人は来ないっすねー。オレなんて、会ったことすらないっす」

「無い物ねだりなどするだけ無駄だ。今ある戦力で、出来る限りのことをするしかない」


 ウーラの言うとおり、四人目の四天王がいれば話は別だが、クロスタの発言の方が現実的だ。


「──側近は、協力してくれないでしょうか」

「あの人に協力するなんて発想はないっすから、やめておいた方が身のためっす。最悪、おとりか身代わりに使われて命を落としかねないっす」

「そう、ですよね」


 普段は淡々としているウーラが、ローウェルの言葉を受けて、少しだけ落ち込んだ様子を見せる。側近とは、先ほど言っていた、息子の祖父のことだ。ウーラも昔、散々お世話になったそうだが、成長して、考え方に差が生まれてからは、半ば決別している。


 同じ魔王城に使える存在であっても、その内情は穏健派と過激派に分かれており、ほとんどの場合、その垣根かきねを越えて分かり合うことはできない。それは、幹部であっても同じことだ。


「ってなると、この三人で行くしかないっすか」

「自分の息子を利用しようとは思わないのか?」

「──クロスタくん。それ、本気で言ってるっすか?」


 ──ただでさえ、息子は精神が不安定な状態なのだ。そこへ来て、さらに利用しようなどと、本気で言っているのだとしたら、冷血にもほどがある。息子に害を及ぼすかもしれない危険因子は、今ここで、取り除くべきだ。


「ローウェルさん。落ち着いてください。クロスタさんに悪気はありません。ただ、考える頭が少し足りないだけです」

「ウーラ、最近、私の扱いが雑じゃないか?」

「どうか、このれ者を、多目に見てやってください。ただでさえ、人手が不足しているこのご時世に、数合わせとはいえ、貴重な四天王の一人が死んでしまっては、まな様を奪還することは叶わなくなってしまいます」

「数合わせはさすがに言い過ぎだろう」


 クロスタの茶々に度々苛立ちを覚えつつも、ウーラの言葉に耳を傾け、思考を落ち着けていく。


「……そうっすね。クロスタくんに悪気はないっすよね。最初からそういう人だって、よく考えたら、オレ、知ってたっす」

「お前たち、私をなんだと……」


 クロスタは以前、大きな失態を演じた。本来なら、魔王様に存在ごと抹消されるところだったが、ローウェルとウーラの必死の訴えにより、処刑は撤回された。そのため、クロスタはこの場で、あまり強く出られないのだ。その上、四天王の中で、彼が最も弱い。


「クロスタくんが戦力になる最低ラインってとこっすね。そうなると、部下たちは連れていけないっす」

「だが、王女は気を失っていた。魔力を使い果たしたようだった」

「はぁ。やっぱり、クロスタさんは阿呆ですね」

「なっ!?」


 ウーラの歯にきぬを着せぬ物言いに、さすがのクロスタも面食らった顔をする。


「たまたま何か、先に魔法を使って消費していたんでしょう。クロスタさんごときにあの方がやられるはずはありません」

「そうっすよ。オレたち三人束になって、魔王様までつけても、かなうかどうかってとこっすよ?」

「そ、そんなに強いのか……!?」


 ウーラの推測は正しいだろう。そして、自分の考えも大袈裟おおげさではないと、ローウェルは考えていた。クロスタは驚いていたが。


「生まれたときから、出来が違いますから。あの方を普通の人間と一緒にしては失礼です」

「そうっすよ。普通、魔族の方が強いのに、あの方は人間と魔族をひっくるめた人類の頂点にいるんすよ?」

「そんなの、どうやって倒すんだ……」

「それを今、考えてるんす」


 ウーラと二人で教えてやって、やっとクロスタが話し合いの本題を理解する。進行役なのだから、少しくらい内容を頭に入れておいてほしいとは常々言っているので、今さら言わないが。


 彼女──人間の王女には、およそ、弱点と呼べるものがない。頭脳、身体能力、魔法、そのすべてがトップクラスだ。魔力だけなら勇者の方が上など、分野別に見れば彼女を上回る存在が、この世に一人か二人はいる、というくらいで、噂では、あの剣神レックス・マッドスタからも一本取ったという。しかも可愛くて美人な上に、スタイルまでいい。まあ、それは今、関係のない話だが。


「そこに勇者までついたら、本気で最強っすからね……」

「──唯一、弱点があるとすれば、まな様の存在ですね」

「そうっすよねー。まな様に触れてる間は魔法が使えない。そして、どういうわけか、王女はまな様を守ろうとしてるっす」


 そうして、話し合いのための最後のパーツを、これまた、ウーラと二人でさりげなくクロスタに伝える。


「となると、王女がまな様に触れている間に、戦闘不能にする、というわけか」

「しかし、勇者もいますからね」

「──」


 やっとクロスタが理解したところで、場に重い沈黙が訪れる。


 そうして、ろくな案も出ないまま、任務の時間が迫り、会議は終了となった。


***


 カレンダーを見つめて、私はため息をつく。


「蜂歌祭は四日後ですが、女王即位の儀が二日かかることを考えると……今日明日、動きがあってもおかしくないですね」


 本来なら、十六歳の誕生日──年度の始まりの翌日、四月二日には、私は女王になる予定だった。そのため、高校生にはなれないはずだったのだが、私は今も、逃げ続けている。


 ──扉がノックされ、返事を待たずして開かれる。


「アイちゃんアイちゃん。今から、まなちゃんとアルタカ行くんだけど、一緒に行こう?」

「アルタカ──ショッピングモールのことですね。ですが──」


 私はあかりの影からこちらを見ている、白髪の少女に目を向ける。そうして私と目が合うと、彼女は赤い瞳で睨み返してきた。嫌われている。絶対、嫌われている。


「どうせ、大した用事もないでしょ?」

「失礼な」

「それにさ。まなちゃんも来てほしいって、ね?」

「別にどっちでもいいけど」


 ──あかりの言う通り、本当に来てほしいのだろうか。表情から読み取ろうとしてみるが、よく分からない。これでも、心理学には通じている方なのだが、彼女にはまったくと言っていいほど通用しない。基本的に、何に対しても無反応か睨むかのどちらかなのだ。


 となれば、直接聞いた方が早い。


「本当によろしいのですか?」

「どっちでもいいって言ってるでしょ。何度も言わせないでくれる?」


 まなの言葉が心に刺さる。やはり、やめておこうか──、


「まなちゃん。それだと、来てほしくないみたいに聞こえるって」

「は? 来てほしくないなんて一言も言ってないでしょ?」

「じゃあ、素直に来てほしいって言おうよ」

「は? 忙しかったらどうすんのよ。無理に来させるわけにはいかないわ」

「──ってことなんだけど。アイちゃん、一緒に来る?」


 あかりが上手く本音を引き出してくれて助かった。


 どうやら、私に気を使って、遠慮したらしい。まな語を理解するには時間がかかりそうだ。だが、その気遣いすらも嬉しい。


「そういうことでしたら、ぜひ行かせてください」

「そう。なら、早くしなさい。時間がもったいないわ」


 これはどういう解釈をすればいいのかと、翻訳担当のあかりを見る。


「えーっとね、まあ、ボールペンの替え芯買いに行くだけなんだよね」


 確かに、歩いて十分のアルタカまで行って帰ってくるだけなのだから、誘っている時間はかなり無駄だ。そして、あかりはそんな用事にもついていくストーカーだ。


「クレイアさん、お誘いいただき、ありがとうございます」

「別に、お礼を言われるようなことじゃないわ」


 しかも、本人はあれで誘っているつもりだったらしい。その上、どういたしまして、で済むところを、やたらカッコよく返してくる。今日も可愛い。


「何? あたしの顔、何かついてる?」

「可愛いお顔がついていますよ」

「あっそ」


 また嫌われたかもしれない。いや、誘ってくれたということは、少しは好意を持ってくれていると思っていいのだろう、多分。

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