第1-11話 アルタカアイス

 アルタカに到着してわずか五分。まなは替え芯を買い、

「じゃあ、帰るわよ」

 と言った。本当に他に用はないらしい。


「ええー、もう少しゆっくりしていこうよ。ね?」

「……仕方ないわね。少しだけよ」


 たっぷり間を空けて、まなは妥協した。私は少し驚いたが、それを言うと、また何か言われそうだったので、黙っておいた。


「じゃあさ、付き合ってあげたお礼に、アルタカアイスおごって?」


 不意にあかりがそんなことを言い出した。


「は?」

「は? じゃなくてさ、おごってよー。アイちゃんも食べたいでしょ? ね?」

「カツアゲは良くないですよ、あかりさん」

「カツアゲ? え、僕、カツアゲしてるの?」

「少なくとも、あたしはそう受け取ったわよ」


 同意を求めるあかりを裏切り、これで二対一だが、そんな逆境ごときでは、彼の意志は揺らがない。


「いや、アルタカアイスって、トンビアイスと同じくらいの値段だよ? それにさ、まなちゃんは僕とマナに、返せてない恩があると思うんだけど?」

「うぐっ、痛いとこ突くわね……。まあいいわ。一番安いのにしなさいよ」

「さっすがまなちゃん! 僕、紙もらってくるね!」


 結局、言い負かされたまなに代わり、あかりが意気揚々いきようようと売り場へと向かう。紙というのは、おそらく、メニューが書かれたパンフレットのことだろう。


「お姉ちゃんは、いらないの? ──変なこだわりね。──はいはい、分かったわ」


 たまに、まなは見えない誰かと話している。私は特に何も言わなかったし、話している姿を見ている時は不思議に思うのだが、普段はきれいに忘れてしまう。だから、たずねようにも尋ねる機会を逃し続けていた。


 ──私は、さっきまで、何を考えていたのだろうか。まあ、気にするほどのことでもないということだろう。


「本当に、おごっていただいてよろしかったのでしょうか?」

「別に。地図のとき、トンビニまで案内してもらったお礼がしたかっただけだから」

「……そういえば、そんなこともありましたね」

「あんたが忘れてても、あたしは覚えてるから、返さないと気持ち悪いのよ」


 こういうことはきちっとしないと、気が済まないタイプらしい。だが、借りを物で返す辺り、私が思うほど、細かいところを気にするわけではないのかもしれない。


「クレイアさんは真面目ですね」

「は? 嫌味?」

「真面目と言われるのが嫌なのですか? 素晴らしいことだと、私は思いますよ。なかなかできるものではありません」

「……あっそ」


 これは、照れているという認識でいいのだろうか。


「──照れてない!」

「……私は何も申し上げていませんよ?」

「あ、いや、そうじゃなくて。えっと──」


 よく分からなかったが、慌てふためく様子を見ていたかったので、フォローはしなかった。


 ──直後、まなのまとう空気が急変し、視線が私の背後に釘付けになる。私は最小限の動きで、視線の方向を確認する。


 フードを深く被った、全身黒ずくめの人を見ているらしい。その人は何かを探している様子で歩き、そして、私の姿を見て、ニヤリと笑ったような気がした。


 ほぼ確定だ。私を探していたのだろう。ただ、私を連れ戻しに来た国の人間というよりも──、


「あんた、誰かに狙われるような心当たりとかある?」


 そう、心中をなぞるように、まなに問いかけられる。心当たりなら山ほどあると言いかけて、私はまなの発言に違和感を覚えた。


「クレイアさんは、私が狙われる理由に心当たりがおありですか?」

「は? なんであたしに聞くのよ。あるわけないでしょ?」


 ──もしかして、この子は私が王女だということを知らないのだろうか。普通に歩いているだけで、すれ違う全員が振り向くほどの知名度なのだが。


「ふふっ」

「何笑ってんのよ」

「いえ。やはり、クレイアさんは面白いなと思いまして」

「はあ? あたしは本気で心配してんのよ?」


 そういうことを素直に言えてしまうところも美点だ。


「──そうですね。ありがとうございます。狙われるような心当たりはありませんよ。考えすぎだと思います」

「嘘ね」


 嘘だと見抜かれて、私は内心で動揺する。特殊な訓練を受けている上、悟られないように気をつけていたので、よっぽど、表情を悟られることはないと思ったのだが。


「なぜ、お分かりに?」

「なぜって、見れば分かるでしょ?」


 見れば分かると言われてしまった。そんなに分かりやすいつもりはないのだが、まだまだ、ということらしい。


「はい、紙もらってきたよ!」


 そのとき、机の上にメニューが置かれ、遅れてあかりの方を見る。


 ──服にアイスの染みがついていて、顔はびちゃびちゃ、メニューはビリビリに破れている。


 何があったのかと、聞いてほしそうな顔をしていたので、私は何も聞かなかった。まなも、何も聞かなかった。


「……なんで何も聞いてくれないのさ!?」

「聞いてほしいって、顔に書いてあって鬱陶うっとうしいから」

「早く魔法で直してはいかがですか?」

辛辣しんらつ!」


 ちなみに、聞かなくても語っていた話によると、子どもが転んだ拍子にアイスを飛ばし、それに驚いたお母さんがなぜか、あかりに水をぶっかけた、ということらしい。パンフレットは普通に取るときに破れたとか。まあ、あかりに関しては別に珍しいことでもない。


 そもそも、列に並んでいる間に選べばいいのだから、わざわざ席までメニューだけもらってくる人は、少ないのではないだろうか。あかりもそんなことをしたのは初めてだった。


 ただ、まなが優柔不断なのだということには、すぐに気がついた。メニューを一つ一つ読み上げながら、逐一、何が使われているのか聞いてくる徹底ぶりだ。苦心の末に、なんとか選ぶことができたらしく、じゃんけんで負けたあかりにお使いを頼んだ。


「ん、美味しいわね」

「一口もらってもいいですか?」

「別にいいけど」


 まなが食べ始めたた黄色いアイスを、自分のものを食べるより先に、一口もらう。優しいバナナ味だ。美味しいかどうかはさておき。


「私のもどうぞ」

「じゃあ、遠慮なく」


 私のはピンク色。イチゴ味のようだが、かなり甘く、酸味はほとんど感じられない。


「ん、そっちも美味しいわね」

「それは良かったです」

「ねえねえ、僕も──」


 あかりが何か言い終える前に、私は一口すくって食べる。こっちはチョコレートのようだ。濃厚な味がする。


「……まなちゃんも一口どう?」

「ええ、もらうわね──ん、これが一番美味しいかも」


 そして、あかりはまなのアイスを食べる。あかりはバナナ味が好きではないはずだが、


「ん、これ美味しいね。まなちゃん、交換しない?」

「いいの?」

「うん、僕もそっちの方が好きだし」


 なぜか交換していた。その理由を、少し考えて──ああ、やっぱり、こいつは馬鹿だ、と思った。


「愚かですね」

「んっ! ごほっ、げほっごほっ!」

「大丈夫? 逃げたりしないから、ゆっくり食べなさいよ」


 動揺してむせるあかりが面白かったので、もう一回、バナナ味を食べてやろうかと思った。まあ、私の舌には合わなかったので、やめてあげたけど。

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