第1-9話 四天王の三人

 軽く準備して、私はモンスターのいる平原へと向かった。ノアはこんなに発達しているにも関わらず、平原に接しているため、移動に時間がかからなくていい。


 ちなみに、地上を歩くと目立つため、魔法で空を飛んで移動した。魔法での飛行は、難易度が高く、限られた者しかできない。距離を問わなければ、飛行よりも瞬間移動の方ができる人は多いほどだ。


「はあっ、やあっ、たあっ!」


 平原にいるモンスターは、基本的に巣からはぐれたモンスターだ。そのため、種族は様々で、強いのから弱いのまで色々いる。


 ちなみに、フィールドで使用が許されているのは、対モンスター用の武器だけであり、これを使うと、群れからはぐれたモンスターを、巣へと送り返すことができる。


 方法は、その武器を使って、モンスターにダメージを与えるだけだ。ただ、実際に戦えば分かることだが、この方法だと、はぐれモンスターには痛みを与えられない。血は流れるが。


 そのため、出血で動けなくなるのを待つか、致命傷を与えるかしか倒す方法はない。痛みを感じないはぐれモンスターたちは、降参の二文字を知らないのだ。ちなみに、巣に戻れば完全に回復する。


 一方、巣で暮らすモンスターたちには、基本的に危害を加えてはならないことになっている。巣にいるモンスターに危害を加える場合、モンスター用の武器であっても、殺せてしまうからだ。まあ、モンスターの巣は、そのほとんどが、行こうという意志がなければ、行けないような場所にあるのだが。


 ちなみに、先日のノラニャーは少し特殊なケースで、ノラニャーは自分たちの巣を守るモンスターと共存する。また、そのモンスターがいる場所を巣として選ぶため、親玉の方を倒せば解散するという仕組みだ。


 そして、先日、そのボスのような存在を、あかりが倒したらしい。ただ、その際、ノラニャーが習性で巣に集めていた盗品を、まなの地図以外、すべて燃やしてしまったとかで、公にはしていない。


「あー、弱いっ! 弱い弱い弱いっ!」


 モンスターを切り刻み、鬱憤うっぷんを晴らす。が、全部一撃で沈んでいく。これではストレスが溜まる一方だ。


 王都付近は魔力が濃く、モンスターも強かった。それでも一撃だったが、それと比べても、この辺りのモンスターは際立って、弱すぎる。倒すと、アリを踏み潰したような罪悪感だけが残る。


「もう、なんで、こんなにっ、弱いんですか!」


 モンスターを巣に返したからといって、報酬などがあるわけではない。どうせ、すぐにまた出現するし、退治しないでいたとしても、モンスター同士の争いによって自然と数は一定に保たれる。


 そうして、たまに、強いモンスターが現れたりすると、やっと依頼が出されるのだ。強いと言っても、世界最強の人類である私には、基本的に一撃で倒せてしまうのだが。


 そもそも、私がそこらのモンスターに負けるはずがない。魔法の腕はもちろん、これでも、幼い頃から、剣神と呼ばれる男に指南を受けており、かつ、それを剣だけで打ち負かしたこともあるのだから。


「……全滅しましたかね」


 私のストレスのせいで、まったく気配のなくなった草原の真ん中で、人目がないのを確認し、私はいくばくかの罪悪感を振り切って寝転がり、空を見上げる。


 疲れすらしなかった。これならまだ、部屋で暴れた方が幾分かマシだ。とはいえ、先の被害のことを考えると、そういうわけにもいかないのだが。


 そんなことを考えて、しばらくが経ち。


「──素振りでもしてみましょうか」


 思い立ったら即行動だ。私は手を使わずに立ち上がり、精神をませる。


 構えた木刀を、平原から続く海の方角に向けて、振り下ろした。──直後、その動きだけで海が、割れた。


 ダメだ。水平方向は危険すぎる。


 仕方ないと、空に向けて、風の魔法を放つ。すると、雲が割れて、青空が見えるようになった。このままだと、全部晴れにしてしまいそうだ。


「はあー……」


 ──まあ、誰にも迷惑をかけていないし、大丈夫だろう。


「……そのうち、手で顔を扇いだだけで台風が発生しそうですね」


 そんなことになったら、私はどうやって生きていけばいいのだろうか。これでも、まだ十六で、成長途上だ。日に日に強くなるのを感じる。つまり、何もしなくても、強くなることは確定しているのだ。


「どこか、迷惑をかけない場所で訓練をしたいものですね──」


 そんなことを考えていると、木刀が粉々に砕けた。


***


 ルスファ王国の一部、本土より湖を挟んで北にある島、通称──魔王の国。実際にはそのすべてがルスファの領土であるが、魔族が権利を主張する土地であり、その最北に魔王城は位置していた。


「クロスタくん、大丈夫っすか?」

「……魔力を使い果たしただけだ。そのうち回復する」


 クロスタは具合が悪そうにしながらも、なんとか、座っていた。彼が愛用している眼鏡には、有事の際に備えて、ある程度の魔力を込めておけるらしく、その魔力を使うと眼鏡が割れるという、面白い仕組みになっているらしい。


 今は、まだ魔力が回復しきっていないため、眼鏡は割れたままであり、代わりにスペアを着けている。


「そうっすか。それにしても、人間の王女と戦うことになるなんて、クロスタくんもツイてないっすねー」

「そんなに有名なのか?」


 少しからかってやろうと、反応を期待していたが、クロスタの反応は斜め上を行くものだった。


「え、知らないんすか!? ちょっとちょっと、ウーラさん! クロスタくん、人間の王女のこと知らないらしいっすよ!」

「あなたは眼鏡と魔王様以外にも目を向けた方がいいですよ」

「ほらー、あのウーラさんでさえ知ってるんすよ?」

「その言い方は失礼です」

「ごめんごめんっす」


 無愛想かつ毒気の多いウーラだが、なんやかんやで返事はしてくれる優しさも秘めている。


「──でも、やっと見つけたっすね」

「……ああ、本当にな」

「もう、八年になるんですね」


 八年前、まな様──マナ・クレイアは、この魔王城を脱走した。橋に検門をかけたが、間に合わなかったのか、かわされたのか──おそらく、後者だろう──まんまと、人間の国に逃げられてしまった。


 まだ八歳の子どもだと、高をくくっていた側面は否めない。とはいえ、七人いる魔王幹部のうち、四天王と側近以外ではあるが、二人を動員したのだ。当然、彼女らは手練であった。


 ──にもかかわらず、二人とも、遺体となって発見された。あの年端もいかない少女にそんな真似ができるとは、到底思えない。だが、事実として、幹部の二人が殺されたのだ。


 いまだ犯人は不明であるが、おそらく、「何か」が彼女を守ったのだろう。そして、その「何か」が、酷く恐ろしいものであることもまた、疑いようのない事実だった。


「ノア学園に在籍しているようですね。となれば、すぐにその場を離れるということはないでしょう。時間的な猶予ゆうよは十分にあるかと」

「あの名門ノア学園っすかー! いやー、さすがまな様、子どものときから思ってたっすが、賢いっすねー!」

「そういう、お前の子どももノアに通っているんじゃなかったか、ローウェル?」


 世界のノアに通っていると聞けば、誰でも同じような反応をするだろう。また、人間の王女を知らないクロスタは、一方で、ローウェルの子どものことは覚えていてくれたらしい。


「あ? 覚えてたんっすか。へへっ、実はそうなんっすよー。……まあ、今は休学中なんっすけどね。あいつも色々大変みたいで」


 ──息子は、不登校だった。一年目の夏頃から、学校に行かなくなったと、彼の祖父のような存在から聞いている。自分はこちらの仕事で忙しく、あまり構ってやれていないのだ。


「こちらにも最近、顔を出していませんよね? やはり、幹部にえるにはまだ幼いのでは……」


 心配そうなウーラの気遣いに、ローウェルは愛想笑いを返す。今さら、どうにもならないことだからだ。


 次で十八になる息子だが、齢十にしてその実力を見込まれて、幹部となった。そうは言っても、一番の目的は、先の二人が死亡したことによる欠員を埋めるためだが。


 元々、息子は四天王となるべく、魔王の元で思考教育を受け、無慈悲むじひ殺戮さつりくマシーンとして育て上げられる予定だった。


 それを、先ほど、祖父のような存在と称した人物に救ってもらったのだ。そうして、彼は健全な人格を手に入れたが、諸々もろもろの事情もあり、代わりに、四天王になるほどの強さは得られなかった。


 幼くして幹部になるというのがどういう感じか、青年になってから四天王となったローウェルには想像もつかなかった。だが、自分が気づかない間にも苦しみ続けていたのだろう。学校にも行けなくなってしまったことが、事の重大さを表している。


「ウーラさんも十歳で四天王になったんでしたよね。……あいつの気持ち、ウーラさんなら、分かってやれるのかもしれないっすね。もし良ければ、今度、会いに行ってやってくださいっす」

「それは構いませんが──」

「あざっす! あいつ、変わってるから、ウーラさんとも気が合うと思うっす!」

「どういう意味ですか」

「ごめんごめんっす」

「……本題に入るぞ」


 ウーラとの会話が終わったのを見計らって、本日の進行役であるクロスタが、声のトーンを落として切り出す。四天王会議の開始だ。いつも通り、一人空席。三人での会議となる。

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