第1-8話 願いの魔法

 事件から数日が経った。意外にも、あかりとまなは、打ち解けつつあるらしかった。利用する気でいるあかりはともかく、まなの方は、まだ完全に心を開いたわけではなさそうだが、それでも、確かに、二人の距離は縮まっていた。


 そんな二人を意識しつつ、私はクエストを軽くこなしたり、鍛練たんれんをしたり、読書したりして日々を過ごしていた。変わり映えのない毎日だ。何もないに越したことはないのだが。


 この頃になると、なぜ、彼がまなに執着し、あまつさえ、宿舎まで同じにしたか、その理由にも、見当はついていた。


 ──おそらく、願いの魔法があるからだろう。


 願いの魔法──一生に一度だけ、なんでも願いが叶う魔法。だが、そのほとんどは、自動的に魔法の力に還元される。


 そして、まなには魔法が使えない。これが、願いを使っていない証明だ。もちろん、すでに他のことに使ったという可能性は否めないが、まず、前者で間違いないと考えていいだろう。よく当たる勘がそう告げているというのも一つの理由だが、それだけではない。


 ──まなのあれは、願いを叶えた人の顔には到底見えないのだ。むしろ、何か妄執もうしゅうめいたものさえ感じる。


 まなの願いはともかくとして、なんでも願いが叶う魔法を狙うということは、やはり彼は、また何か悪いことをしようとしているに違いない。


 彼の願いならなんでも叶えてやりたいところだが、それが本当に彼のためになっているのかと自問すると、今の私にはまだ、明確な答えは出せないのだった。


 しかし、まなは何故、願いを使おうとしないのか。当然、何か願いがあるからなのだろうが、その願いというのは一体──、


「……あ」


 考えごとをしていたら、つい、木刀で合金の人形を切ってしまった。これは、私が悪いわけではない。木が合金に勝つなんてことを起こせる、世界がおかしいのだ。


 そう内心で言い訳をしつつ、私は魔法で人形を元に戻す。


「集中しなくては」


 いずれ来る、魔族との内戦。そこできっと、私は最前線で、勇者であるあかりとともに戦うことになる。


 王女である私が戦場に足を運ぶことに反対する者も多いが、私より強い人間などこの世にいないのだから、やるしかない。持って生まれたものの宿命というやつなのだろう。


 そんなことを考えていると、まったく関係のないところにまで思考が飛躍していく。


「──もうすぐ、蜂歌祭ほうかさいですね」


 城を抜け出してから、はや一年。約束の期限はとうに過ぎている。──城へと帰る期限が過ぎているという話だ。


 今までは、人目を避けるようにして過ごしてきたが、学園に入ってしまった以上、居場所はすでに割れていると、私は考えていた。


 その上、学園の生徒たちから、写真撮影を求められたり、それをネットにアップしていいか尋ねられることも少なくない。


 生徒全員の口を塞ぐことはできないことや、城に隠し通すことの不可能さ、すでに居場所が割れているであろう事情等から、基本的には許可している。


 呟き系のサイトでは、『あの、マナ・クラン・ゴールスファがノア高校に!』なんてことも呟かれているらしい。ほとんどがあかり情報だが、いちいちそんなことをチェックするなんて、彼はそんなに暇なのだろうか。私に時間を分けてほしい。


 そして、蜂歌祭ほうかさいというのは、三百年に一度の大きな祭であり、開催地は王都トレリアン。女王の歌を蜜に変え、先三百年の魔法植物の生育を決める大事な祭りだ。


 今の女王は私の母なのだが、これが、音痴で片づけられるようなものではない。どうしても音程のつけ方が分からないらしく、何を歌っても聖書の朗読ろうどくにしか聞こえない。ちなみに、十八番は国歌。それはともかく。


 私はと言えば、自己評価はともかく、世間では、「歌姫」とも呼ばれている。


 魔法、頭脳、ルックスと来て、歌にまで才があるとなると、なんでもできると思われがちだが、当然、弱点もある。くすぐりに弱いとか。口笛が吹けないとか。耳と、指の第一関節は曲げられるけど。まあ、それも置いておくとして。


 とにかく、どんな手段を用いてでも、祭には連れ出されるだろう。そして、おそらく、その機に即位させられる。


 私が即位したことを世間に公表する場として、蜂歌祭ほうかさいを利用するつもりであろうことは想像に難くない。即位するとは一言も言っていないのだが。


「自分から帰るのは癪ですが、誘拐される可能性も捨てきれませんね。さて、どうしたものでしょう」


 城に帰るか帰らないかという話なら、正直、今はどちらでもいい。今や、あかりは他人なので、一緒にいてやる必要がない。


 だが、自分の意思で帰るか、無理やり連れて行かれるかでは、大きく違ってくる。ここまで逃げておいて、無理やり城に連れ戻されるなど、恥でしかない。


「とはいえ、向こうも手段は選ばないでしょうし……」

「ねえ、マナ」

「一度、帰省するべきでしょうか」

「おーい、マナ」

「それとも、連れ去られないように何か対策を──」

「マナ、ねえ、マナってば」


 私は近くにあった琥珀こはく髪を引っ張り、床に叩き伏せる。


「鬱陶しい。切り落としますよ?」

「何を!? あ、ねえねえ、マナ。まなちゃんの部屋で一緒に宿題し──危なっ!」


 私は木刀を顔面めがけて振り下ろす。避けられるように手加減しているので、当たるはずがないのだが、それでも当たらないと苛つく。


「お断りします」

「いや、遠慮しなくても」

「クレイアさんにご迷惑がかかります」

「あーあ、まなちゃん、嫌われたーって悲しむと思うけどなあ」

「私がいない方が、却って気が休まると思いますが?」

「そんなことないって。──ま、いいや。気が向いたらおいでよ」


 そう言い残して、あかりは部屋を去った。


 ──きっと、私はあの子に嫌われている。だから、あまり近づかないようにしていた。なぜ、そう思ったかと言えば、理由は様々だ。


 席が前後なのに、話しかけても、素っ気ない返事しか返ってこないし。


 授業でたまに意見を交流するけれど、一度も目が合わないし。


 ──何より、ある日の帰り際のこと。いつも帰宅が早いまなを引きめようと腕を掴んだとき、彼女はすごく驚いたように肩をびくつかせたのだ。普段は表情の変わらない彼女が、そのときばかりは、拒絶のようなものを見せたのが、私にはかなりショックだった。


 それ以来、なんとなく、声をかけづらくなっている。


 とはいえ、私たちは──あかりの作為により──同じ宿舎に住んでいるため、三人で帰ったりもするのだが、基本的には、あかりが一人で話しているような感じだ。


 まあ、せいぜい、徒歩五分の道のりなので、話が膨らむ前に着いてしまうのだが。


「何が悪かったのでしょうか」


 異常に好かれたことはあれど、嫌われたことなど、数えるほどしかない私は、これでも真剣に悩んでいた。


 同じ宿舎のたった一人の少女とすら仲良くできないようでは、女王になるならない以前の問題だ。


 仲良くしたいという理由には、れなの妹であるという要素はもちろん大きいが、それ以外にも様々な理由がある。


 まず、見た目がどストライク。白髪赤目とか、どうやったって可愛い。続いて、身長も小さくて可愛い。さらに、声が可愛い。そして、しっかりしているようで、たまに慌てているのが可愛い。


 もし叶うなら、あの真っ白な頭にあごを載せたい。いつも横を通るときに感じる、あのいい匂いを、もっと近くで嗅いでいたい。あの小さいフォルムを腕の中にすっぽり収めて、永遠に抱きしめたい。


 ──いや、これだと変態みたいになっているぞ、私。


「──あ」


 気づけば、合金の人形は、粉々に砕けていた。寸土すんどめや、すれすれを正確に狙う練習をしているのだが、全部クリティカルヒットしたらしい。


「はあ……恋ですか、私……」


 もちろん、これは恋ではない。私がまなを、相当好きだという話だ。


 何より、私は失恋からまだ、立ち直れていない。もう恋愛なんて、二度と、したくない。そう、すべてはあいつが悪いのだ。あのまわしき琥珀こはく髪のタラシが。死ねばいいのに。


「あっ……」


 ついつい、木刀を明後日の方向に振ったら、壁が砕けて貫通した。


 ──どうやら、勉強をするにあたって、まなとあかりは、隣の彼の部屋に集まっていたらしい。先ほど、まなの部屋でやると言っていたから、完全に油断していた。二人の姿がばっちり見える。


 宿題をやっていたまなが、驚いた顔でこちらを見ている。可愛い──いや、恥ずかしすぎる。今なら羞恥しゅうちで死ねそうだ。


 すると、あかりが、急に噴き出した。


「あはっ、あははははっ! 壁が砕けるとか、ははっ、そんなことある!? ひぃーっ、面白すぎ──だうつ!?」


 大笑いするあかりのところまで歩いていって、頭を剣の柄で殴ると、隣にいたまなが、少し笑った。それを見て、溜飲りゅういんを下げる。


「宿題は進んでいるんですか?」

「いやあ、それが難しくてさあ、全っ然、進んでないんだよね」

「クレイアさん、あかりさんがご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」

「は? あんた、榎下えのしたの保護者なの?」


 やっぱり、嫌われている。


「いや、だから、あかりって読んでよ、まなちゃん」

「その呼び方、やめなさい。あたしを呼ぶときは、クレイアさん。それ以外は認めないわ」

「ええ、まなちゃんでいいじゃん。ねえ、アイちゃん?」

「くれぐれも、クレイアさんにご迷惑をおかけしないように。いいですね?」

「はいはい」

「返事は一回!!」

「は、はいっ!」


 つい怒鳴ってしまった。


 気まずくなった私は、早くこの場を去ろうと、扉から出ようとして──靴がないことに気がつき、戻って壁の穴を通り、魔法で修復した。


「……やっぱり、自室でのトレーニングには限界がありますね。フィールドに出ますか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る