幕間2 アイネちゃん天才説

「あ、ねえ、ママ! 私、ぷろぽーずが気になる!」

「ふっ」


 今度はギルデルドが鼻で笑う。と言っても、馬鹿にしたような、見下しているような笑いではなく、思い出し笑いといった感じだ。


 あかねは私から剣で一本取ったら、私と婚約すると宣言し、知り合い全員を集めてその日に望んだ。どう考えても、私に理不尽なハンデがあったように思うが、生前、彼が言っていた通り、負けは負けだ。元々、私の脳に、忘却などという便利な機能はついていないが、あの日のことは、特によく覚えている。


「どっちからしたの?」

「あかね──パパの方からですよ」


 厳密には、私からプロポーズしたこともあったのだが、そのときには断られてしまった。剣で勝つのが約束だからと、変なところで真面目だったのを思い出す。


「なんて言われたの? ──お前を、一生幸せにするぜ、ベイビー──とか!?」

「何のドラマの影響ですか、テレビもないのに」


 そもそも、ベイビー、などと呼ばれたことがない。まあ、あかねがかつて付き合っていた相手の中には、そう呼んでほしいと頼んできた人もいたそうだが。──想像すると、笑えてくる。


「それで、なんて?」


 おそらく、──結婚してください。と言いたかったのだと思う。ただ、戦いの後、勝利を確信したあかねは、そのまま気絶したので、言葉になっていなかったのだ。


「──ケコォーダサーイ。と仰っていましたよ」


 当時のままの音声を再現してみたところ、二人とも大ウケだった。


「パパ、きっと、すっごい緊張してたんだね」

「普段はそんな素振りは少しも見せないのですが、いざというときにはダメダメでしたね」

「それで、ママはそのとき、いいよって言ったの?」

「いえ、とりあえず医務室に運びますよ、と言いましたね」

「イムシツ?」

「怪我や病気の手当をするところです。あのときは、怪我だらけでしたから」

「んー、じゃあ、いつ言ったの?」

「改めて聞かれると……。そうですね、彼の目が覚めたときだとは思いますが」


 はっきりと返事をした記憶はない。それからまもなく、婚約の儀の準備がされ、あかねは起きてすぐに、わけも分からず儀式に連れ出され、終始、呆けた顔をしていたのは覚えている。


「そうなんだ。それで、そんなパパと、なんで結婚したの?」


 そんなパパ、とは、記憶にもない父親に、随分な言い様だ。私や兄弟たちでは考えられないことだが、わりとそんなものなのかもしれない。いざというときのカッコ悪さが天下一なのは事実だし。


 しかし、なぜというのは、難しい質問だ。理由は一つではないし、理由らしい理由があるというよりは、一目見た瞬間から、私はこの人と結婚する、と決めていたところが大きい。だが、


「あまりにもパパがしつこかったので、しかたなく結婚してあげたんですよ」

「へー、そうなんだ。今度、ロロにも教えてあげよ!」


 もし、天上から彼が見ていれば、口うるさく抗議しているところだろう。だから、私は得意気な顔をして、空を見上げる。


 今こうして、アイネと一緒にいられるのは、すべて、あなたのおかげだと。あなたの選択は間違っていなかったのだと。あかねを安心させるために、とびきりの笑顔で。罪悪感は無理やりに押しやって。


「眩しいね、ママ」


 同じように空を見上げるアイネが、目を細めているのを見て、私も目を細め、


「そうですね」


 と返事をする。それから、アイネは辺りを見回して、笑顔を浮かべる。


「見て見て、ママ、綺麗な赤いバラだよ! 赤の庭園だよ!」


 ひとまず、あかねの話への興味は失せたらしく、今度は庭園そのものに興味を持ち始めたようだ。その発言は、この庭園が「赤の庭園」と呼ばれている理由を知らないからに他ならない。


 タルカに聞いたところ、アイネは私がしてきたことをちゃんと理解しているらしい。ちなみに、幼い子どもを洗脳しようとしていたことを知った私は、タルカに、一ヶ月、首輪と猫耳をつけて、語尾を「にゃん」にするよう指示した。タルカはネコもイヌもどちらも似合う。


 とまあ、アイネに本当のことを隠しても今さら意味はないのだが、やはり、子どもだという意識が先行してしまう。それは、以前、殺人を繰り返していたロロに対しても同じだ。殺人を当たり前のことと思わせたくないし、不必要に彼女たちを傷つけたくない。とはいえ、ロロのときは、私が死というものを受け止めきれていなかっただけなのだが。


 ──それにしても、その歳でバラが綺麗とは。私がアイネくらいのときには、花には、知識として覚える以外の興味はなかったが、アイネはなかなか乙女なのかもしれない。当然、彼に似たのだろう。あかねは私の十倍は女子だった。


「アイネはバラが好きなんですね」

「うん! トゲがあって、簡単に触れないところが好き!」

「触れないのに好きなんですか?」

「あのね、簡単に触れると、誰とでも仲良くなれるからいいけど、簡単に触れないと、仲良くしたいって思うから!」


 ──そんなことも言うんだ。まだ、こんなに小さいのに。


 感心しつつも、満面の笑みでそう話すアイネの頭を私は撫でる。知らないことばかりだなあと、そう思いつつ。


「アイネはいい子ですね」

「私、いい子?」

「はい。とってもいい子ですよ」

「ほんと!? やったー! じゃあ、ママと一緒にいられるね!」


 ──そんなことも言うんだ。まだ、こんなに小さいから。


 きっと、いい子じゃないから一緒にいられない、とでも思っていたのだろう。寂しい想いをさせた分、思いきり愛してあげたいとそう思う。


 私は小さな体をぎゅっと抱き締める。


「ごめんなさい、アイネ」

「どうして?」

「アイネは何も悪くありません。私が勝手に、アイネを遠ざけたんです。それだけは、ちゃんと、伝えておきたくて」


 すると、アイネは「んー」と可愛らしく唸って、


「うん、いいよ! だから、ママもママのこと、許してあげてね!」


 自分でも珍しく、目が大きく見開くのが分かるくらいに、驚いた。それから、私はこの感情を共有しようと、ギルデルドを視界に捉える。


「ギルデルド」

「はい」

「アイネは、天才なのかもしれません」

「大真面目に何を言い出すのかと思えば……。今さらお気づきになられたのですか?」

「やっぱりそうですよね。普通の子は、こんなこと言いませんよね」

「私、めちゃくちゃすごいけど、天才じゃないよ。もっとすごい人、セトラヒドナにたくさんいたもん。それに、ママみたいなのを天才って言うんだよ」

「やっぱり、天才なのでは」

「だから違うってば!」


 誉めたのに怒られた。こちらはわりと本気で言っているのだが、彼女には馬鹿にされているように聞こえたのかもしれない。まあ、涙を誤魔化しただけなのだが。


 後から、ああ、これが親バカというやつか、と気がついた。いや、まだ本当に天才である可能性も大いにあるけど。だって、私の子どもだし。

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