幕間1 アイネちゃんのインタビュー!
アイネがうちにやってきた。
「ママ、鬼ごっこ!」
アイネは鬼ごっこが大好きだ。そして、城は鬼ごっこに十分な広さがあり、ほどよい障害物もある。まあ、障害物と言っても、それ一つで家が建てられるほどの値段がする彫刻などのことを指すのだが、正直、じゃかじゃか壊してくれても、たいした問題はない。だが、
「アイネ様。鬼ごっこは外でお願いいたします。城内には貴重なものなどもございますから、壊すと大変なことになってしまいますよ」
「大変なことって?」
ギルデルドの言葉に、アイネが丸い黒瞳をキラキラさせて、こくっと首を傾げる。
「借金を背負うことになりますよ。それも、一生かかっても返しきれないくらいの」
「シャキーン!? イッショー!?」
脅しでも誇張でもなく、事実だ。あかねの子どもということを考えると、絶対に壊さないとも言い切れない。いや、子どもなんてそんなものなのかもしれないが。
もちろん、壊したら魔法で戻しはするが、戻せるからなんでも壊していい、ということにはならない。家でくらい思いきり遊ばせてやりたいところだが、これでも、ここは城だ。自由にさせすぎると、歯止めが利かなくなる。
──というのが、私の教育方針だ。アイネの自由奔放さは常軌を逸しており、基本的に何事に対しても寛容であるつもりの私も、彼女だけは野放しにできないと考えていた。
アイネの瞳がおねだりモードに入っている。おそらく、私に、遊んでもいいよ、と言ってほしいのだろう。
「アイネ──」
「えー! お願い、ママ! ね、お願い?」
名前を呼んだだけで何を言われるか察するというのは、なかなかに困り者だ。だが、負けない。
「お客さんもいらっしゃいますから、約束を決めましょうか」
「えー。けちっ!」
「ふふっ。けちとは、なかなか言ってくれますね」
「どういう意味?」
「悪い子にはお仕置きが必要だということです」
「にゃーっ! ごめんなさい! もうけちなんて言いません!」
「さあ、悪い子猫にはどんなお仕置きがいいでしょうか」
「にゃあっ!!」
逃げる隙も与えず、私はアイネを後ろから抱き上げる。そうして、じたばたともがくアイネをいじめていると、ギルデルドが思わず吹き出した。
「大変、仲がよろしいですね」
その言葉に、私はなんと返すべきかと思案する。今までのことに対する罪悪感から、素直に頷くことも、即答することもできなかった。
「うん! 私、ママ大好き!」
ただ、アイネは迷いなく、そう答えた。その答えに涙が出そうになりながらも、ぐっと堪えて、アイネを抱きしめる。
「ありがとうございます。ですが、私の方が大好きですよ」
「そんなことないもん! 私の方が大大大大大好きだもん!」
「えー? 私の方が絶対に好きですよ」
「やだもん! 私の勝ちだもん! 私の方がたくさん言ったもん!」
「私はアイネに聞こえない速度でもっとたくさん言っていますよ。スロー再生すれば聞き取れると思います」
「あ、ママ、ずるい! そんなの分かんないでしょ! ハンソク!」
そんな、私の負けず嫌いと大人げなさに、ギルデルドが苦笑するが、私はそれに気づかないふりをする。そうして、アイネを床に下ろし、膝を屈めて視線を合わせる。
「それで、約束の話に戻りますが──」
「やあだっ」
「大事なお話です。気をつけして、しっかり聞いてください」
こう言えば、いい子のアイネは、ちゃんと話を聞いてくれる。そうして、いくつかのルールを決めておく。ついでに、立ち入り禁止の場所なども教えておく。
「約束ですよ」
「うん、約束。──じゃあ、遊んで?」
本当に分かっているのか、いささか心配になってくるが、この笑顔を信じようと、そう決め、気持ちを切り替える。
「何をしたいですか?」
「なんでもいいよ」
「それは、困りましたね」
そう言いつつも、いくつか候補はある。幸い、今は、親族が亡くなったわけではないが、喪に服している形になっている。今まで亡くなったみんなの分もまとめてお休みをもらっている形だ。
そうは言っても何かとやることはあるのだが、いざとなったら分身に任せることにしている。私がどれだけ泣いていても、みんな遠慮なくやってくるので、もう、嫌になった。しーらない。
「では、今日はお城の探検をするということでいかがですか?」
「探検!? 楽しそう! それがいい!」
そうして歩いて行こうとすると、アイネに手を差し出されたので、私はその手を取った。
***
私の部屋、執務室、食堂を通る。ちなみに、今のところ、アイネは私の部屋で、一緒に寝ている。
城は広いので、迷わないよう、道を教えながら歩く。幸い、あかねほど物覚えは悪くないようで、一度教えたらすぐに場所を覚えていた。
「他に、どこか見たいところはありますか?」
「うーんとね、なんか、きれいなところ」
「綺麗なところですか。──それでは、赤の庭園にしましょう」
赤の庭園は今や、ただの綺麗な庭と化していた。理不尽な処刑は、今はしていない。行うこともできそうにない。
おそらく、アイネと再会したあの日、きっと私は、人が亡くなるということに対する、恐怖を思い出したのだろう。
一目惚れ、というと、その言葉通りというわけにもいかない。私はアイネの産みの母親であり、初めて会って恋に落ちたというわけではないのだから。
──ただ、念話越しにアイネの声を聞いた瞬間、私の中の何かが変わった。まさしく、一目惚れのように。
ちなみに、当時は気づきもしなかったが、今思えば、あかねと初めて出会ったときも、おそらく、一目惚れだったのだろう。出会った瞬間から、彼のことばかり考えていたような気がする。まあ、それが恋だということに気がついたのは、だいぶ遅かったし、殴った相手を本当に好きだったのかは微妙なところだが。
「ねえ、ママ。ママはどうして、パパと結婚したの?」
アイネと手を繋いで庭園を歩いていると、まるで考えが見透かされたかのような質問を受け、私は頬を、わずかにひくつかせる。そんなこととも知らないアイネの瞳が眩しい。眩しすぎる。
「もう少し、大人になったら話しますね」
「誤魔化さないの! はい、話す!」
一度決めると、なかなか変えない頑固なところは、彼そっくりだ。これは困ったと、断っても勝手に護衛をしているギルデルドに、視線で助けを求めると、
「私も気になります」
「ほら! 赤ちゃんも気になるって!」
見事に裏切られた。ギルデルドの馬鹿野郎。今度、ステアちゃんに昔の恥ずかしい写真を送りつけてやる。
「二人のナレソメを教えてください!」
と、アイネがアナウンサー風に手を差し出してくる。これはもう、答えるしかなさそうだ。
「勇者召喚の際、巻き込まれた彼が、こちらの世界に来たのがきっかけです」
「ママがショーカンしたの?」
「はい」
「ふーん。じゃあ、そのときから、二人は運命で繋がってたんだね!」
「ふふっ。アイネはおませさんですね」
「ご、ごめんなさい……」
おっと、どうやら、私の目が笑っていなかったらしい。一応、内心では、運命かあ……、なんて、乙女チックな気分に浸っているのだが、それ以上に色々と思うところがありすぎる。
何も悪くないアイネに、若干申し訳なく思っていると、ギルデルドが挙手をして勝手に質問を始めた。
「いつからマナ様はあいつのことが好きだったんですか?」
「一目惚れです」
ギルデルドが「やっぱり」と、小さく呟くのが聞こえた。一目惚れという響きにもアイネは嬉しそうに反応している。そんなにこの話題が楽しいだろうか。うーむ。
「しかし、なかなか告白を受け入れようとはなさいませんでしたよね?」
「自分の気持ちになかなか気づかなかった、というだけの話です」
「マナ様は、自分のこととなると鈍感ですよね」
「あなたの想いには昔から気づいていましたけどね」
「あー! やっぱり、赤ちゃんもママのこと好きなんだ!」
ギルデルドと二人で会話をしていると、アイネは、おやつを盗み食いしているところを目撃したかのように、嬉しそうに彼を指差す。
「はい、心からお慕いしております」
「ママは? ママは、赤ちゃんのこと、どう思ってるの?」
「なんとも思っていないので、安心してください」
「そこまではっきり仰られると、さすがの私も傷つきますよ」
「子どもの前で嘘をつくわけにはいきませんから」
手を繋ぐアイネは、嬉しそうに頬笑むと、にそにそとした笑みを浮かべ、ギルデルドを振り返る。
そのアイネの表情に、まだ生きていた頃、あかりがアイネに頬をぶたれた一件を思い出し、くすっと笑う。──それから、少し寂しくなって、アイネの手を強めに握る。
「ママ、パパがいなくて寂しい?」
正直、とても寂しい。寂しくてたまらなくなって、それだけで眠れない夜も、何度もあった。大好きだった。今でも、愛している。叶うなら、もう一度、彼に会いたい。それで、今度こそ、生きて、ずっと側にいてほしい。
それでも。
「いいえ。今は、アイネがいてくれるので、寂しくありませんよ」
「じゃあ、よかった!」
寂しくないというのは、本音だった。こうして、この温かい手を握って、体温を感じていると、不思議と、力をもらえるのだ。
「パパのお話、たくさん聞かせてね」
「──もちろん。アイネが嫌になるくらい、たくさん聞かせてあげますよ」
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