第7-17話 朝陽は皆に平等に
どれだけ悲しくても、泣いていても、辛くても。
体が重くても、魔力が回復していなくても、眠くても。
世界は回り、衰弱した私を狙った争いが起き、私はその対応に追われて、悲しみに暮れる暇もない。
なので。
「うわあああん……!!」
「マナ様、どれだけ泣けば気が済むのですか?」
「レイが、レイがあ……」
「はあ……。さすがの私も、ちょっと付き合いきれませんよ」
「え、えっと、出直した方がよろしいでしょうか?」
号泣する私を見て、使者たちが困惑する。私は困ったら泣くという技術を身につけた。これから、働きたくないときは泣く。
「いや、大丈夫だ。マナ様へのお気遣い感謝する。──それで、マナ様。ミーザスの新たな王に誰を即位させましょうか? 数日、王座が空席となっており、国は大変混乱に包まれております」
「一旦、隣のイレスタス、ぐすっ、にっ、国政、を、任っ、せっ……えぇぇ…ん……!」
「は、はい!」
それでも、容赦なく頼ってくる。自分たちで何とかしろと思うこともしばしば。
「陛下、喪に服されているときに、大変申し訳ないのですが、税金の──」
「馬鹿あぁぁ!!」
「ば、馬鹿!?」
「おがでどおお、はだじばああ、ゆーずびあどおお……」
「え、えーと……?」
「──此度の戦に関する財政の話は、ユースリアの国王に一任している。そちらへ話を通すように」
「た、大変、申し訳ございませんでした! 失礼いたします!」
国なんて知らんと放り出したいところだが、そうも言っていられない。私を頼らざるを得ない状況にしたのは私なのだから。
「陛下」
「今度はなにいぃ……?」
「本日の夕飯は、肉と魚、どちらにされますか?」
「──どっちもいらだいいいーうわああん!!」
「しかし、マナ様。あれ以来、ろくに食事も取られていらっしゃいませんよね?」
「おだが、ずがだいもん。ぐすっ」
「お腹が空いていないような気がしているだけで、本当は空いていると思いますよ」
すると、きぃぅぅ、とお腹が可哀想に鳴った。
「ほら、やはり」
「だべだくだい。うええん……!!」
「どんなに悲しくても、お腹は空くものです。さ、肉と魚、どちらにされるのですか?」
「……どっちぼおお」
「どちらも召し上がるそうだ」
「はい。かしこまりました」
ティッシュで鼻をかみ、ゴミ箱に投げ捨てる。百発百中で入るが、すでにゴミ箱が満タンだ。
「あぁぁぁ……。ギルデルド、捨ててきてぇえぇ……」
「はいはい。承りました」
刺客はおおかた、ギルデルドが手厚くもてなしてくれた。全員、地下牢行きだ。
ただ、今回の首謀者が誰かは分からずじまいだ。近日中に仕掛けてくるとは思うのだが。
「うわぁぁぁん……」
努めて、レイと関係のないことを考えようとするのだが、やっぱり、涙は止まらなかった。
涙を流すほどに、大切なみんなが亡くなったときのことが思い出される。家族に始まり、まなやあかねが亡くなったときのこと。
全部、一気に押し寄せてきたみたいに、次から次へと、溢れて溢れて、止まらない。
それでも、やらなければならないことは多岐に渡って存在する。だから、立ち止まることはできない。
早く泣き止んで、アイネとたくさん話がしたい。
アイネの顔を見ていると、殊更に涙が流れてきてしまう。すると、アイネが驚いてしまうので、あまり会わないようにしていた。
アイネは優しくて、そんなことは気にしないと言うのだが、恥ずかしいのは、こちらの問題だ。あまりにも泣くので、頭を撫でられたりもする。
この間など、私がアイネの膝を枕にして眠ってしまって、トイレに行けなくて困っていたのを、ギルデルドが発見してくれた。
アイネ曰く、
「ママが死んじゃったら、私も同じくらい泣けるかな?」
だそうだ。
勝手に殺さないでくれと言いつつ、また泣いた。
***
久々に日記を開いた。空白の時間が多かったけど、魔法を使えば忘れたことも日記にできるから、魔法って便利だなあって思う。
……結局、あかねに読ませてあげられなかったなあ。
こうやって書いてる間も、涙がどんどん流れてくる。もう、何が悲しいのかもよく分からなくなってきて、笑えてしまう。何に笑っているのか、自分でもよく分からないけど。
あんまり泣くと、アイネや他のみんなが心配するから、しっかりしなきゃ。しっかり。しっかり。
でも、昔の私は、しっかりしなきゃって、そればっかりだったんだなって、読み返してみて、思う。ずっと気を張ってて、常に完璧でいなくちゃって、そう思ってた。なのに、どれだけ頑張っても、全然、自分を認められなくて。だから、ずっと、自分を責めてた。
それで、もっと頑張らなきゃって。自分で自分を追いつめて、なんでも一人でやろうとして。他の人に何かしてもらっても、感謝するよりも先に負い目に感じて、勝手に責められてるような気になって。
何にもできない。何にもしない。何の役にも立たない。生きてても意味がない。何より、楽しくない。
死んだ方がいい。死にたい。だから、死ななきゃって、そう思ってた。死ななきゃいけない人なんて、本当は、一人もいないのに。
死んで償うべきだ。
お前に死ぬ以外に残された道はない。
殺してやる。
みんながそう思うのも、仕方ない。
当然の報いだ。
私だって、もう死にたい。
死んで許されるなら、命を差し出す。
私を殺して誰かの復讐が果たされるなら、本望だ。
でも、だからこそ、私は生きる。
生きて苦しみ続ける。一生。
死ぬまでずっと。
たくさん、殺しちゃったなあ……。
アイネに、申し訳ないなあ……。
アイネはとってもいい子だから、私が大好きだって言ってくれるけど。本当は、一緒にいちゃいけないような気がする。私なんかの娘だって言われ続けるから。
でも、そんなこと、もうできない。だから、全部、見ないふりをして、一緒にいる時間を大切にしようって、そう思う。やっと、そう思えた。
だから、それを気づかせてくれたレイに、もっと、色々してあげたかったなあ……。
また、涙が流れてきちゃうから、この話はやめやめ。
それにしても、魔力が全然、戻らない。こんなに使ったのは久々だったから、仕方ないけど。何かあったときに、万全の体勢で迎えられないって、ちょっとピンチ。
何もないはずないんだけどね。だって、この私が弱ってるんだよ? 今は属国がわちゃわちゃしてるくらいだからいいんだけど、もし、今回の件の黒幕が動き出したら、そういうわけにもいかなくなっちゃう。
はやく回復させなきゃとは思うけど、魔力の回復に関しては、意識的にコントロールできるものじゃない。ローウェルの黒蛇でも、私が吸いとられた魔力に対して、彼が吸収した魔力は少なかった。それこそ、魔力の共有でもしない限り、その全部を受けとることはできない。共有するにしても、実は、あかねと共有したままだから、それを切らないと、共有できない。
あかねは死んじゃったけど、やっぱり、気持ちの整理ができてなかったんだと思う。どうしても、繋がりを残しておきたかったんだろうなあって。指輪も、宝石は封印に使われちゃったけど、リングだけは今も、左手の薬指についてる。
でも、今は、可愛いアイネちゃんがいるから。あの子の方が、ずっと大切。
それを、今度はちゃんと伝えてあげたい。レイには全然、伝えられなかったから。
……あーあ。結局、また泣けてきちゃった。
***
~あとがき~
次回から3回、幕間です。
話の一番の山場でもあった第7話は終了しました。マナ様はどこまでいってもマナ様ですね。
次回もぜひ、ご覧ください。
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