番外編 三度目の破壊 6

「言いづらいのでしたら、無理して仰らなくても──」

「いや、違うんだ。ただ、どう話せばいいのか、分からなくて。時間もないし」


 そうして、再び、彼は魔法を披露し始める。別に戦わずとも、音を立てていればいいだけなのだが、私が戦いたいので、向こうが配慮してくれている形だ。


 取り憑いている何か──おそらく、本当に龍神クレセリアの魂だろうと半ば確信していたが──かなり、戦いの心得があるらしく、あかりの体を最大限生かした戦いをしていた。


 私が手加減しているとはいえ、ここまで私と渡り合えるということは、あかりも極めれば、これ以上に強くなる可能性があるということ。


 ──そう思うと、心が踊る。


 だが、それは後回しだ。


「──ある日、こいつは、もう二度と悪いことはしないって、心に誓ったんだ」


 だが、強制されていたとはいえ、悪癖は簡単には抜けない。そうそう人なんて変われるはずもなく、何度も過ちを繰り返しそうになっては、思い止まる。そんな日々が続いたらしい。


 しかし、そんなあかりを、あかねは許さなかった。


「妹は、こいつが更正しようとするのを止めた。色々、やらされたんだ。本当に、色々と、指示一つでね」

「そんなの──」


 無視すればいいだけだ。あかりは男なのだから、あかねより力はあるだろうし、どうとでもできただろう。


「こいつ、根はいいやつだからさ。止められなかった自分も悪いって、そう思い込んで、何かされても、抵抗しようとしなくて──いっそ、妹を殺して自分も死のうって考えてたくらいで」


 私たちは一旦、動きを止める。お互いに、息が上がっていた。やはり、動きながら話すものではない。誰のせいだか。


「こいつは、本気で不幸になろうとしてる。だから、幸せになろうとしない。そして、巻き込まないために、人に嫌われようとするんだ」

「嫌われようとする、ですか」


 それは、私が思いつきもしないようなことで、責任のある立場として、試すこともできないものだ。


 ともかく、確かに、嫌われることを目的としているのなら、初日の国王へのあの態度は満点だったかもしれない。なにせ、土下座だ。


「しかし、あくまでも私の目から見て、ですが、あかりさんはそんなに嫌われていないと思いますよ」

「え? いやいや、嫌われてるでしょ?」

「子どもが騒いでいる、くらいにしか思われていないかと」

「嘘でしょ? え、だって、マナが何もしてなかったら、死刑だったって言われたけど?」


 それは、出会い頭に殴ったときのことだ。確かに、周りの苛立ちが陰湿ないじめや殺人に変わらないよう、代表して殴った一面はある。だが、


「それは、脅されただけですね。せいぜい、執行猶予付きの判決が下るくらいでしょう」

「執行猶予って何?」

「……王女のビンタもそんなに高くない、ということです」


  とはいえ、彼の素行を顧みるに、執行猶予が取り消されて、地下牢送りになる可能性は非常に高かったが。


「ってことは、マナも?」

「私は、全員に平等な存在ですから。人に対する好き嫌いは存在しませんよ」

「それ、今の話を聞いても変わらない?」

「はい。今のところは」


 公務に私情を挟むことはできない。あかりとあかねは勇者として召喚されたのであり、どれだけ時が経とうとも、食客扱いだ。私が彼らを自分の感情で判断することはない。──個人としては、複雑ではあるが。


「それじゃあ、もう一つ、言いたいことが──」


 その瞬間、扉が開き、大勢の足音が施設内に響き渡った。あかねが援軍を連れてきたのだろう。


「マナ様、申し訳ありません。でも、やっぱり、待ってるだけなんてできなくて……」


 ──時間切れだ。どうやら、あかねは私が思う以上に慎重らしい。これ以上、二人でこの場にいさせるのが嫌だったのだろう。


 あかねの姿を見て、彼が殺意に溢れていくのが分かる。


 最初に感じたあの敵意は、やはり、あかねに向けられたものだったのか。


「もう少しだけ、時間をください。──次で仕留めます」


 私は魔力を集中させ、辺りを風と水で包み、竜巻を作り出し、その中心に私と彼を閉じ込める。


「さすがの私でも長くは持ちません。持ってあと、三十秒かと」

「分かった。──こいつは、本当は、榎下朱里じゃないんだ」

「え?」


 ──一瞬だけ、疑った。私は、彼をそこまで信用していなかったから。それは、勇者になりたくないがための、言い訳ではないかと。


 ただ、それが嘘なら、今までの話もすべて嘘ということになってしまう。


 だから、この滅茶苦茶な話を、信じることにした。


「本当の朱里は、あの女の方なんだよ。勇者の名を聞いたとき、あいつは嘘をついたんだ」

「なぜそんなことを──」

「さあね。僕にもあれの思考は理解できない。多分、こいつにも。だから、お願いだよ。──こいつを、救ってあげてくれ」


 そう簡単に決められる問題ではないし、まだ色々と混乱しているけど。


「分かりました。必ず、彼を救うと誓います。クレセリア様の名にかけて」


 そう、笑顔で言わなければ、取り憑いている龍神が安心して離れられないだろうと、そう思ったから。


 私は彼を信じ、強くあることにした。なぜ私に頼むのだろうと、疑問を抱かずにはいられなかったけれど、それを聞いている時間はなかった。


 クレセリアカリは私の快諾に驚いた顔をして、それから、はにかんだように笑った。


「うん、よろしく、マナ。──またね」


 そうして、竜巻が消えると、その中心には、私と、倒れたあかり──否、あかねだけが残された。


***


「そっかあ。僕が勇者じゃないってことも、あの子が嘘をついてたことも、わりと最初から知ってたんだね」

「それを抜きにしても、あなたは弱すぎましたから」

「でも結局、僕、愛を倒したからここにいるわけじゃん?」

「私は剣だけ、あなたは剣と魔法の併用という、いささかハンデのある戦いだったかと存じますが」

「それでも勝ちは勝ちだし、負けは負けだよ」


 僕が勝ち誇った笑みを浮かべると、愛は頬を膨らませて不機嫌そうにする。その頬をつつくと、愛はそっぽを向いた。


「てか、愛、僕が勇者を辞退したいから頑張ってる、って思ってたんだね」

「城の代表として勇者の説明をしたとき、どうも気乗りしない、といった印象を受けましたから」

「なるほどね」

「あのとき、どうしてそんな顔をしたんですか? あかねさんへの嫉妬、というわけでもなさそうでしたし」

「それは──」


 勇者とは魔王を殺す存在だ。


 そして、勇者を殺すことができるのは魔王、もしくは、勇者自身だけ。


 勇者とは、生まれながらにして特異な体質であり、他者よりも恵まれた知能と身体能力を持つ。


 しかし、勇者が穏やかな死を迎えた試しは、今までに一度もない。なぜそうなるのか、解明はされていない。


 淡々とした説明を受けた後に、過去の勇者たちがどうなったのかも聞かされた。


 ──そのとき、僕は、勇者に憧れを抱いた。魔王に殺されるか、自分で死ぬかの二択しかないということは、それ以外の誰かに殺される心配をしなくてもいいということだから。


 そして、勇者たちは皆、穏やかに亡くなっているように聞こえた。少なくとも、僕には。


 さらには、恵まれた知能と身体能力、と聞いたとき、確かに、妹は勇者で間違いないという、確信も得た。そんなのを相手にしていたと知って──そりゃ、勝てないわけだ、と思った。


「あかね?」


 ただ、愛は気乗りしないと表現したが、僕がこの説明を聞いて、一番強く思ったのは、勇者という存在に対する──嫌悪だった。それが顔に出てしまっていたのだろう。


「──愛はさ、兄弟の誰かが勇者だったら、どう思う?」

「そうですね。自分がなりたいというのとは別に、代わってあげたいと、そう思うのではないでしょうか」

「ま、僕も同じようなものだよ」


 もし、僕が勇者だったら、朱里と同じことをしていただろうか。


 もし、僕が勇者だったら、少なくとも、こんな人生を送ることはなかっただろう。


 もし、僕が勇者だったら。朱里が自殺を選ぶことも、なかったのだろうか。


 愛ほど純粋な感情ではない。それでも、代われることなら、代わってやりたかった。


 残酷な運命を迎えると知っていて、それでも生きて、魔王を倒せと言われたとき、一体、朱里はどんな思いだったのだろう。


 そんなことを思いながらも、いまだに彼女への復讐を諦めきれない僕は、きっと、どこか、おかしくなっているのかもしれない。


 もし、立場が逆だったなら。妹は、榎下朱里にならなくて済んだのかもしれない。


『あかりちゃんは、あかねちゃんの妹でしょ? 妹は大切にしてあげないと』


 そんな母の言葉が、いつまでも耳に残っている。だから、捨てきれないのかもしれない。


「あーあ。僕も勇者になりたかったなあ」

「私もです。むしろ、私の方がなりたかったです」

「知ってるよ。だから、最初、殴ったんでしょ? 嫉妬的な感じで」

「あれはどう考えてもあなたが悪いです。王様に土下座を迫るなんて、そんなこと、小学生でもやりませんよ」

「うーん、否定できない。……でも、僕は、愛が勇者じゃなくて良かったって、そう思うよ。ま、あとはもう少し可愛いげがあればねえ」

「最後の一言が余計です。殴りますよ?」

「やめてほんとにまた気絶するから」


 そうして、話し込んでいるうちに、あっという間に一日が終わった。


 ──それから数日後、ハイガル・ウーベルデンが亡くなった。


 勇者じゃなくても死ぬことはあるのだと、思い知らされることになった。


 いつか、この日々が終わってしまうんじゃないかと思うと、途端に怖くなった。


***


次回から本編に戻ります。


──え? 番外編なのに、相当ヤバイこと言ってないかって? 気のせい気のせい。

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