番外編 三度目の破壊 5
話の終わりに、彼はこんなことを言った。
「こいつ、双子の妹がいるでしょ?」
「あかねさんのことでしょうか」
「それそれ」
今頃、彼女も、私とあかりの安否を気遣っているかもしれない──。
「今話したこと、全部、あいつのせいなんだ。あいつがこの世にいる限り、こいつは永遠に、心を殺さないといけない」
すべて彼女のせいだと聞いたとき──私は妙に腑に落ちるような感触を覚えた。彼女と話していると恐怖を感じる瞬間があるのだ。答えが綺麗すぎるというか、あまり感情が込もっていないというか。
「しかし、それは本当ですか?」
「……マナは、あかねがあかりから離れたところを見たことがある?」
答えは否だ。正確には、一度だけあるが、その一回を除いて、二人はいつも一緒にいる。その違和感は、私も前々から抱いていた。
なにせ、寝る部屋も一緒なら、起きてからもずっと一緒にいる上、なんと、風呂まで一緒だ。十三の男女が、いくら双子だからといって、そこまでずっと一緒にいるのは、どう考えてもおかしい。
「ないでしょ? あかねはね、見張ってるんだよ。こいつのことを」
「見張っている……?」
「そう。隠し事ができないように、ずっと監視してるんだ。彼女は、彼のことなら、なんでも、知っていたいみたいだから。もちろん、彼を支配するためにね」
その発言には、さすがの私も一瞬、返す言葉を見失う。あかねは一見すると、普通のいい子に見える。
だから、普通の人なら、簡単には信じなかっただろう。
「そうですか」
「信じてないかもしれないけど──」
「信じます」
「……え? 嘘、もう信じたの? さっきまで、あんなに疑ってたのに?」
「それはそれです。ただ、出会ったときから思っていたんです。あかりさんがあかねさんを見るときの目。あれは、明らかに普通ではないと」
思考を停止して、心を捨て、ひたすら道具になることに徹しようとする姿勢。心を閉ざすことで、自分が傷つかないようにし、現状を良くしようと行動することも、何かを期待することもしない。あれは、そんな目だ。
「さすが、お姫様はよく見てるねえ」
「……それで、どうしてですか?」
「どうしてって言うのは、あかねが監視してること? それとも、あかりが大人しく従ってること?」
「そのどちらもです。二人はなぜ、そんな関係を続けて──」
「マナ様、大丈夫ですか? さっきからすごく静かですけど」
突然、外から聞こえたあかねの声に、クレセリアカリが反応する。恐怖、焦燥、憎悪、憤怒、嫌悪……。様々な感情を煮詰めたような表情を、彼は浮かべていた。
本物はもっと感情を隠すのが上手いが、やはり、偽物だということらしい。
私は彼の手錠を外し、呆然とする彼の傍らで、つい先刻、直したばかりのガラスを風の圧力で割る。
「念のため、遮音しておいて正解でしたね」
「……どこまで気が回るのやら」
「ここからは戦いながら話しましょう」
「いや、そんな器用なこと、普通できなくない? ガラス割れるときとか、なんも聞こえないし」
「思念伝達でお願いします」
「二つ同時進行するのはもっと無理かなっ!」
私は数多、風の刃を造形し、彼に向けてまっすぐ飛ばす。彼はそれを、同じく風で相殺し、すかさず、氷の刃を数本、投げつける。私はそのうちの一つをキャッチし、それによって他の刃を退けたあとで、持っていた一本を投げ返す。
だが彼は、すでにそこにはいない。後方の気配を感じ取った私は、とっさにかがんで凪ぎ払いを回避し、後方に足払いを放ち──、
「ねえ、これ、絶対話せないって!」
「それで、どうしてですか?」
今度はつばぜり合いになりながら、私は尋ねる。
「ああもう……! こいつは、わりと、正義感が強いからさっ!」
相槌は打たず、代わりにハンマーを頭上めがけて振り下ろす。
「妹の親殺しを止められなかったって、ずっと、自分を責めてるんだよ!」
「あ」
動揺し、振り下ろすハンマーの軌道がずれ、彼の肩に直撃し、鈍い音を立てる。当てるつもりはなかったのに。
──そんなことで、自分を責める理由が分からない。あの人は本当に馬鹿だ。
「いったた……」
「すみません、今すぐ治療します」
彼が痛がる様子は、すでに何度か見てきた。しかし、何度見ても、心が痛む。──笑っているから。
「その、痛いと言いながら笑う癖、何とかなりませんか?」
最初に彼をはたいたとき。叩かれることが分かっていながら、反応しなかったように見えた。体が強張る様子もなく、目をつぶることもなく、ただ、衝撃が近づいてくるのを待っているような、そんな気味の悪さがあった。
だから、虫を潰すついでに確かめてみたが、やはり、彼からはおよそ、恐怖というものが感じられなかった。
あまつさえ、彼は笑ったのだ。あれだけ虫が嫌いだと騒いでおきながら、自嘲するように。
「それは本人に言ってくれないかな。僕にはどうすることもできないよ。無意識だからね」
「なんともできない、ということが分かっただけで、十分です。はい、治りましたよ」
彼がここに来てから、治療魔法の技術はめきめきと向上した。まあ、もともと高かったが。
そうして、私は戦闘を諦め、適当にガラスを割りながら話を続ける。
「ありがとう。いい感じに治ってるよ。──ほら、こいつ、馬鹿だからさ、やるなって言われたことをやるタイプだったんだよ。赤信号を渡るとかさ。ところで、赤信号って分かる?」
「それくらい分かります。この世界の科学文明は、あかりさんたちの世界と同じくらい進んでいます。ただ、モンスターや魔王から狙われやすい王都だけは、技術を発展させるのに向いていないんです。最も発展しているのは間違いなく、学園都市ノアですね」
この国では、王都に近づくほどモンスターが強くなる。モンスターが強いところにわざわざ城を建てたわけではなく、王都があるから、強いモンスターが集まってくるのだ。
また、王都は元々、魔族の土地であり、戦争の際に人間が勝ち取ったものでもある。そして、魔族は魔法だけで生きていけるため、技術を発展させなかったのだ。
「それで、こいつはまだ外の世界を知らないと。じゃあ、スマホが存在することも知らないってこと?」
「そういえば、お伝えしていませんね。私は外部とのやり取りの際に使うことがありますが、あかりさんの前ではどんな邪魔をされるとも知れないので、見せたことはないかもしれません」
「へえぇ……」
基本的に仕事で使うだけなので、たいした問題だとは捉えていなかったが、あかりたちがもとの世界でスマホを使っていたというのなら、それは、苦しい思いをさせたかもしれない。
──とはいえ、言語の勉強のために、単語を覚えられる絵本を置いておいたので、スマホ、くらいは見たことがあるはずだし、もう書けるはずだ。文法の基礎は教えたし、単語帳も置いて──いや、彼に限って、絶対、読んでいるわけがない。
それよりも、彼が話題をそらそうとしているのが気になる。まだ何か、言いづらいことがあるようだ。
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