番外編 三度目の破壊 2
「次、誰話す?」
「誰もいないなら僕が話そう」
誰も話したがらないのを見て、赤髪に緑の瞳の男、ギルデルドが手を挙げる。
「あれは、僕が六歳だった頃──」
「はい、では次の方」
「ちょっと!? マナ様、扱い酷くないですか!?」
ギルデの語りを愛が強制終了させる。こう見えても、二人は幼なじみというやつなので、さすがに息が合っている。羨ましい限りだ。
「大方、初めて私からプレゼントを受け取ったとか、そんな内容でしょう」
「さすがマナ様! そう、僕はあの日、初めてマナ様からプレゼントをいただいた。あれは、一生の思い出だ……」
結局、話しているギルデに、愛は興味なさげな顔をして、勝ち取ったまなの頭を撫でる。しかし、白髪を撫でられているまなは、ギルデの話に興味があるらしい。
「それで、何をもらったわけ?」
「これだ」
そう言ってギルデがポケットから取り出したのは、その辺に転がっていそうな、何の変哲もない、ただの小石だった。
「え、石じゃん。てか、なんで持ち歩いてるのさ?」
僕は思わず素に返って尋ねる。
「マナ様からいただいた物はすべて肌身離さず身につけるようにしているからだ」
「気持ち悪い」
「それすらも誉め言葉です! ありがとうございます!」
愛から贈られた、最大限の嫌悪に、ギルデはたいそう、嬉しそうな顔をして、頭を下げる。こいつは僕が今まで出会った人の中でもトップを争える変態だ。てか、石持ち歩いてるとか、ほんっとに気持ち悪いなこいつ。
などと考えていると、まなが上──つまり、愛の顔を見て尋ねる。
「マナは、なんで石をあげたの?」
「あの石とギルデルドが似ている気がしたので」
「なるほど。つまり、マナ様は小石を拾う最中でさえも僕のことを考えてくれていたと、いつ何時も、僕のことを頭の片隅に置いてくれていると、そういうことなのですね!?」
「ギルデ、お前、相変わらず、おめでたいやつだな」
石と似ていると言われただけでそう捉えられるのは、ある意味才能だと思う。僕の気持ちはハイガルが代弁してくれたので、特に言うことはない。さっさと次の話に進もう。
「それじゃあ、今度はまなちゃんだね」
「あたしは、別に面白い話なんてないわよ」
「まなさんは存在しているだけで面白くて可愛いです」
「そう思ってるのはあんただけよ」
「俺も思ってるぞ」
「そうなの? ……ありがとう」
「なんで私とその鳥で反応が違うんですか!」
「なんでって言われても……」
「あーはいはい。そのくだりはさっきやったから、終わり。じゃあ、次は僕かな」
勢いでそう言ってしまったが、特に何か考えてあるわけではなかった。だが、皆の意識はすでに僕へと集まっている。
「いやあ、特に考えてなかった」
「……なんじゃそりゃー」
ワンテンポ遅れてハイガルが突っ込んでくれた。そのわずかな沈黙が気まずすぎて、心臓が止まるかと思った。面白い話をしろなんて言い出したのは誰だまったく。
「それなら、昔の話をしてくれないかい?」
……なんか、知り合いの歳上の男から、僕の過去に興味持たれたんだけど、なぜに? 僕、ギルデの過去に興味とか一切ないんだけど。え、分かんない、分かんない、どういう心情? 僕のこと好きなの? 怖。
「いや、何、急に。ギルデがそんなこと言うなんて怖いんだけど」
「実は前々から、君が昔、どんなだったか興味があってね」
──あ、分かった。僕じゃなくて、愛の彼氏に興味があるんだなこれ。うわ、こいつ、相変わらずめんどくさ。
「いやいや、ギルデに話すようなことは何もないけど。てか、ギルデに興味持たれるとか、鳥肌立つからやめて」
「俺も、気になる」
「じゃああたしも」
ギルデに続き、ハイガル、まなまでもが、僕の過去に興味を持ち始めた。ギルデはともかく、二人にまで求められるならと、なんとか、期待に応えるべく、自分の過去に検索をかけ、必死に面白い話を探す。
「じゃ、面白い話ね。えーっと、そうだなあ」
笑ったこと、笑ったこと──。
親を食べてそれを戻したときは、人ってこんなにも吐けるんだ、って笑えたなあ。いやいや、さすがに重すぎて笑う。
刺青入れられたときに、痛すぎるのと、抵抗できない自分が惨めすぎるのと、無力すぎて全部あきらめたのとで、一周回って笑えたとか? いや、刺青があるという事実を広めたくないし、どのみち重い。
一旦、妹から離れて──ああ、僕ずっと、監視されてたんだった。
男娼を強いられて、家では練習とかなんとかで襲われて、それから──あ、ヤバい。
「はあ、はあ……っ」
呼吸の制御ができない。苦しい。気持ち悪い。皆が見てる。早く、落ち着かないと。落ち着け。落ち着いてくれ。頼むから──。
「吸って、吐いて──」
その美しい声に従って、深い呼吸を繰り返す。十分に落ち着くまで、ゆっくりと、時間をかけて、呼吸をする。
見ると、揃って心配そうな顔をしているのが見えた。そんな顔ですら今の僕には毒だが、その優しさを無下にするわけにもいかない。
「なんてね、はは、ごめんごめん、変な空気にさせちゃって」
「大丈夫ですか?」
「ああ、うん。大丈夫大丈夫。それで、面白い話だったよね。あ! この間、卵を割ったら双子で、さあ……」
言い終えてから、しまったと気づいたが、時すでに遅し。
幸か不幸か、そこからの記憶はない。
***
──目を覚まして、しばらく、天井を見つめることだけに意識を向ける。我ながら地雷が多いな、などと考えながら。
「だっさ……」
「起きましたか?」
すぐそこで声が聞こえて、部屋に愛がいることに気がつく。彼女は敬語のときと、そうでないときがある。今は前者らしいが、僕はどちらも可愛いと思っている。むしろ、使い分けているのがいい。
「どのくらい寝てた?」
「一時間程度ですね」
「そっか」
過呼吸からの失神という、流れるような気絶の仕方だ。場合によっては、泣き叫んだりしていたかもしれないが、唯一、記憶がないことだけが救いだ。
──愛には、妹への復讐を諦めると言ったが、諦めたところで、トラウマが乗り換えられるわけじゃない。これに一生、苦しめられ続けるのかと思うと、本当に諦めるのが正解なのか、分からなくなる。
「何か食べますか?」
「食欲はないけど、愛の手料理は食べたいなあ」
「冷奴でいいですか?」
手料理……手料理と言ってもいいのだろうか。うーむ。食欲的には冷奴で構わないのだが、僕には見たいものがあった。
「エプロン姿で、包丁とフライパンを使ってる愛が見たいなあ」
「包丁ですか? そういえば、使ったことがないかもしれませんね」
「愛は魚捌くときでさえ、剣でやるからね」
「剣の方が速いですから」
「剣は料理に使うものじゃありません」
長いストレートの桃髪をハーフアップにして、フリルのついた白いエプロンを身につけ、トントンと包丁で何かを刻んでいく愛を、僕はベッドから起き上がり、後ろから見上げる。普段はパーマをかけているらしく、最近、元々はストレートだということを知った。
それにしても。──ミニスカエプロンに黒のニーソは反則すぎじゃない? てか、なんでこの子、こんなに白似合うの? 清純だから? え、ヤバイんだけど。あー、ニーソのはみ肉、プニプニしたい……。それか、ニーソと太ももの間に指入れて──てか、うっはぁ! 見えそうで見えないこのアングル。
「ニーソと太ももの間に指を入れたい、とか思ってますか?」
「そ、そんなことないよお?」
目が泳ぎまくる。誤魔化すの下手すぎか。
「見すぎです」
「それは短いのが悪い! 絶対狙ってるじゃん!」
「あなたが喜ぶかと思って」
清純そうに見えて、自分の魅力が分かっていてやってくるところが、タチが悪い。でも、僕のためにとか言われちゃうと、めちゃくちゃ嬉しいんだよなあ……。いや、心臓には悪いけど──って、なんか、自分が純真になったみたいでなんか逆に嫌だな。
「いや、めちゃくちゃ嬉しいけどさ、眼福だけどさ、もっと自分を大切に──」
「あんなことやこんなことをしたあげく、子どもまで作っておいて、今さら言いますか?」
「僕は止めたよ!! 迫ってきたの、愛の方だからね!?」
「でも、誘惑に勝てなかったんですよね?」
「はい、勝てませんでした!」
でもさ、聞いて? ついこの間まで、僕、愛とキスすらしたことなかったんだよ? めちゃくちゃ偉くない? そう、これでも僕、愛のことはすっごい、大切にしてたんだよ。──まあ、結局やらかしたんだけど。
「変態ですね」
「そっちもじゃん」
「変態な女の子は嫌いですか?」
「むしろ大好き」
「私も、嫌いじゃないですよ」
あ、これもう、天使だわ。
「──指、入れてみますか?」
「へっ!?」
「ふふっ。顔、真っ赤ですよ。それに、今さら恥ずかしがるようなことでもないでしょうに」
小悪魔だ……! ──いや、よく見ると、耳たぶが赤い。うわー、照れてるー、カワイイー。やっぱり、小悪魔っぽい天使だな。本当に突っ込んでやろうか。ぐへへ。
「しかし、こんなのでいいんですか?」
「うん。家庭的な女の子って可愛くない?」
──一瞬で理性を取り戻し、何事もなかったかのように装う。ギルデを変態呼ばわりできる立場じゃなかったなと思いつつ。僕、多分、愛のこと好きすぎるんだよね。自覚はあるけど、ま、仕方ないよね。愛だもん。
「確かに、調理実習で三角巾をつけているまなさんは天使でしたね」
──ほんとにこの子、まなちゃんのこと好きだなあ。
「そうそう、そんな感じ。……それにしても、初めてとは思えない包丁捌きだね」
「私にかかればこんなものです。ふふん」
──ふふん、て。この子、マジで可愛いな。
愛には基本的に、不可能なことがない。フライパンも、普段使わないくせに、ひっくり返すのは上手い。僕がそれを習得するのに何年かかったか教えてやりたいくらいだ。
まあ、 魔法で作ればもっと楽にできるのだが、そうすると、僕の楽しみ──愛を観る時間が減るということを、彼女もちゃんと分かっている。
「はい、できました」
そう言って差し出されたのは、卵焼きだ。ネギとベーコンが入っているらしい。というか、見映えがめちゃくちゃいい。写真撮ろ。
「ほんとに初めて作った?」
「はい」
「すごいね」
「ありがとうございます。何かつけますか?」
「いや、このままで」
一口食べると、普通に美味しくて、笑ってしまう。あの愛から家庭の味が出ることが、なんとも、ちぐはぐな感じがして。
「どうですか?」
「うん。美味しい。でも、もっと、気が引けるような、ヤバいのが出てくると思ってた」
「使う調味料と食材が同じなんですから、そうはならないと思いますが」
「確かにそうだね。ははっ」
そう考えると、美味しすぎるような気もした。ひいき目があるのは否定しない。
「ああ、やっと少し落ち着いたよ」
「では、片づけておきますね」
「ありがとう、お願い」
こちらも魔法でやれば一瞬だが、さすが愛、僕の求めるものが分かっている。
本当は自分で洗うべきなのだろうが、今動くと、またろくなことにならなさそうだったのと、また愛を観察したかったので、大人しくしていることにした。ちょっと、申し訳ないけど、今日だけ。
それから、愛が背もたれのある、柔らかいイスに座り、落ち着いたのを見計らって、尋ねてみる。
「さっきの話だけど、愛は何を話すつもりだったの?」
「さっきの──ああ、面白い話、というやつですか」
「それそれ」
話すことがないと言ったまなはともかく、愛が何も考えていなかったということはないだろう。
「そうですね、あかりさんが地下牢に入れられた話や、あかりさんが人質にとられた話、それから、あかりさんが私に百回フラれた話辺りが面白いかと考えていました」
「お願いだから、全部忘れて……!」
確かに面白い話だろう。僕以外にとっては。とはいえ、全部僕の話だというのは、素直に嬉しい。
まあ、若気の至り、では済まないようなことがいくつか入っているような気もするが、それはそれとして。
「僕も楽しめる話はないの?」
「では、あかりさんが取り憑かれたときの話にしましょうか」
「え、なにそれ? あかりって、あっちのあかり?」
「いえ、あかりさんはあかりさんです。あっちはあかねさんですから」
「ああ、そっか」
確かに、あの子のことはあかねさん、と呼んでいたか──、
「わっ!」
「うわあっ!? え、何!? ビックリしたあ……」
急な脅かしに、僕は素直に驚く。
「えへへ」
「うわあ、あざとくてめちゃくちゃ可愛い……」
「えへへー」
大きな黄色の瞳が、きゅっと細くなって、無防備な笑顔を晒す。太陽顔負けのこの眩しさは、もはや暴力だ。くっ、可愛い。
一旦、この頭を撫でて落ち着こう。
脅かしてくれたのは、僕がまた、嫌なことを思い出しそうになっているのが分かったからだろう。そんな彼女の優しいところに、僕は惹かれた。
たとえ、この目が見えなかったとしても、この世界にいる限り、僕は愛を選んでいただろうと思う。とはいえ、彼女を選ぶ権利がある時点で、相当、恵まれているのだが。
「──てか、さっきの話。僕が何かに取り憑かれたってことだよね? 全然記憶にないんだけど」
「取り憑かれているんですから、記憶がないのは当然ではありませんか?」
「ああ、そっか。……いや、さらっと取り憑かれてるって言わないで?」
さも当然だ、と言わんばかりの口ぶりだが、この世界では幽霊なんて普通だと、そういうことなのだろうか。恐るべし、異世界。
「──聞きたいですか?」
「ああ、こっちに来てからの話は大丈夫だよ。聞かせて聞かせて」
「それでは。──あれは、王国に代々伝わる、龍神クレセリアの像を、あかりさんが破壊した、三回目のことでした」
「あー。壊した記憶は……あるなあ。ははは」
龍神クレセリア。世界の生物の数を半分に減らした末に、封印されたと伝えられる存在だ。その封印された石像がトレリアンにあり、ゴールスファ家が管理しているとか。
それを八つ当たりで三回もぶっ壊したというわけだが、さすがに罰あたりだったかもしれない。
「──その日は、偶然にも、龍神クレセリアが誕生したと言われる日でした」
僕の軽口を微笑一つでかわし、愛は語り始めた。
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