第7-15話 報い
「これでも生き残るなんて、みんなすごいね。降伏するなら、受け入れてあげるよ?」
「誰が降伏なんてするか! 皇帝サマは一体、何人殺せば気が済むんだよ!?」
「我が友は、目の前で殺された。──その恨み、ここで晴らさせてもらう!」
「どれだけの人が、あなたのせいで人生を狂わされたと思っているの……!? 冗談じゃない!」
「仲間までこんな風に殺すこたあないじゃないですか、陛下。こうなってくると、これ以上、こちらもあなたを生かしておくわけにはいかない」
「昔のあなたは、とても、優しくて、強くて、賢くて。わたしの憧れでした……。正気に戻ってください、マナ様!」
殺す順番は決まった。だが、感情の順には殺さない。ここにいる五人は、いずれも高い戦力を持つ者たちだ。そのため、戦力としての厄介さを考慮する。
帝国兵が一人に、ワールス兵が四人。帝国の将は当然、壁の外に逃げた。ただ、ワールスの将はこの中にいると考えて間違いない。戦意を考えれば、そこから狙うのがいいだろう。
帝国兵は五人の中で最も強いだろうが、団結することを考えれば、放っておいても大丈夫だ。そして、ワールスの将が誰かということは、ワールス兵の立ち位置や姿勢、意識から明らかだ。
──それを悟った一人が、捨て身で突っ込んできた。冷静に対処するが、振るった剣が受け止められて、私は感心する。
「わあ、あなた、すごいね?」
「これ以上、お前の好き勝手にはさせねえ!」
だが、そのまま、力で押し切り、剣を砕いて、頭も砕く。順番は崩されたが、問題はない。懇意にしていたのか、そのうちの一人に動揺が見えた。死体をそちらへ投げつけ、それを受け止めようと体勢が崩れたところを、胴体を真っ二つに斬る。
しかし、さすが、動揺から立ち直るのが早い。残る三人は、私がこうしている間に、作戦会議を済ませたらしい。ある意味、今斬った彼女を捨てたとも言えるが、そうでもしなければ勝てないと、よく分かっている。
「お話は終わった?」
「なんだ、待っててくださったんですか、ありがてえこった」
「余裕でいられるのも今のうちだ」
「マナ様、どうか、昔のあなたに戻ってください。どうか……!」
振り向けば、その瞬間に攻撃が始まるだろう。
一体、どんな作戦で来るのだろうかと、期待しながら振り返ろうとして──刹那だけ時を止め、手加減なしの一撃を背後に見舞う。
「なぜ、気づいた……っ」
「なんとなくだよ。なんとなく、あなたなら、時を止められるんじゃないかなって思ったの」
剣が縦に真っ二つに割れ、その余波が胴体をも二つに割っていた。
「降伏は?」
「しねえよ。おれぁはな」
「そう。じゃあ、あなたは?」
私を説得しようとしていた少女に、見もせず問いかける。少女こそが、ワールスの将であり、ワールス兵の中で最も強い存在だ。
しかし、少女は泣いており、戦意はまったくと言っていいほど、感じられなかった。なぜこの少女を生かしたのか分からないほどに、ひ弱に見えた。
「嬢ちゃんだけは逃がしてやってくれねえか、陛下?」
「それができたらいいんだけど。ごめんね」
「謝るくれえなら、死んでくれや。少なくとも、おれぁは、陛下の死を願ってる」
彼と話すのは、気分がいい。彼は、私の理想そのものだ。
「あなた、名前は?」
「──ポール・ロゼッシュ」
「ロゼッシュ──?」
その姓を回想する暇もなく、一撃が叩き込まれる。本能が剣を動かし、衝撃を受け流したが、考える余裕がない。それほどに、速く、鋭く、重い。
とはいえ、反撃の余地がないわけではない。剣神に迫る腕だが、剣神を超えているわけではない。私もあれから、さらに訓練を積んできた。時を止める魔法まで使わされて満身創痍の今でも、戦える。
そうして、本能に任せきりにしていると、陽動も入るので、意識が反らせない。
「一度、陛下と一騎討ちがしてみたいと思ってたんですよ──」
剣同士がぶつかると、その衝撃で周囲の土壁が壊される。消滅させても魔力が戻るわけではないので、放置しておく。そして、そんな暇もない。
「ポールくん、強いね。レックスといい勝負だよ」
「そう言って頂けると、嬉しいもんだなあ!」
繰り広げられる剣戟は、久々に戦いの感覚を私に思い起こさせた。
今まで冷えきっていた体が、だんだんと熱くなってくる。体が、軽い。頭も冴えている。
動きに目が慣れてきて、反撃の手が増え始める。隙を突き続けていると、やがて、大きな隙が生まれる。
だが、そちらは陽動だ。それに引っ掛かるフリをして、確実な一撃を叩き込む。──が、足の指先を斬り落とすに留まる。
それで生まれた隙を逃しはしない。だが、魔法は使えない。もう一人、残っているからだ。
一気に攻撃を畳み掛け、純粋な剣の腕だけで切り伏せる。
「やっぱり、あなたはすげぇお方だ。その力がいい方に向けられさえすればな」
「ごめんね」
「ああ、死んでくれ」
「ふふっ。……ありがとう」
自分が発した感謝の言葉に、違和感のようなものを感じる。口の中がむず痒いような、そんな違和感だ。悪い心地はしない。
──首を斬り、意識を完全に断つ。その瞬間、やっと、感謝の言葉を述べたのが、随分、久方ぶりだったことに気がついた。
「後はあなただけだね」
「マナ様……。お願いします。以前のように、戻ってください……!」
斬り捨てるのは簡単だが、このまま殺せば、その声が、ずっと耳に残り続けるような気がした。
「どうして、あなたは私に期待するの?」
「──五年前、私の村はあなたの手で壊滅させられました。それでも、あなたは私や、他の子どもたちは、殺さなかった。そこに、希望があるような気がして」
壊滅させた村など、ありすぎて分からない。子どもを殺さなかったのは、殺す必要を感じなかっただけで、別に善意からじゃない。
「そりゃあ、子どもなんて生きてても死んでても変わらないもん」
「違います! マナ様は、逃げるのに必死で、崖から落ちそうになった私を、助けてくださいました!」
そんなことがあったかどうかは覚えていないが、目の前で起こり得たとしたら、五年前でも間違いなく助けていたと断言できる。──アイネの顔が浮かんでしまうから。
どこまでいっても、私は中途半端なのだろう。
「それは、ただの気まぐれだよ」
「それでも、助けてくださったのは、事実です! だから、正気に戻ってください!」
どうして、こんな言葉に耳を貸しているのだろう。心が痛むだけの言葉に。
ローウェルの言ったことがよく分かる。
五年前は子どもだったから助けた。
だが、五年前経った今は、もう、助けてやれない。
自分が助けた命を、自ら奪うというのは、こんな気持ちなのか。
「ごめんね。私は昔から、あなたが思うほど綺麗じゃなかったよ」
正面から戦えば、先ほどのポールと同じくらいの時間がかかるだろう。勝てる確証もない。体や脳の熱は冷めてきている。
レイを助けに行きたかったが、無理かもしれない。
それに、この子を生かしておくのは、リスクが大きすぎる。どんな手段でも使って、ここで倒すべきだ。いつものように、魔法で氷を肺に取り込ませ、内側から爆発させればいいだけだ。
「本当は綺麗じゃなかったとしても! 私たちの前では、完璧なところしか見せなかった。常に、私たちの理想を叶えるために、努力なさっているその姿が、私は、大好きだった……!」
「──ありがとう。ばいばい」
最後の魔力を振り絞って、少女を四散させる。
そうして、やっと静寂が訪れた。
雨が地を打ちつける音だけが、聞こえていた。
「あーあ、レイに、怒られちゃうな」
魔力が切れれば、どれだけ鍛えようとも、直後に来る、眠りへの誘いに抗うことはできない。
地面が近づいてきて、私は目を閉じ、
「姫様──!」
──体が急に突き飛ばされて、一瞬だけ、意識が戻る。
なんとか、目を薄く開けて見ると、そこには、ここにあるはずのない、レイの姿があった。
だが、彼女の胴体には、太刀が横向きに深く刺さっており、大量の血が流れていた。
──瞬時に理解した。兵士の中に、生き残りがいたのだと。その兵士は、一矢報いるために、最後の力を振り絞り、私に刃を向けた。
それを、レイが庇ってくれたのだ。
「仇、取ったぜ……トーマ」
そんな声がかすかに聞こえた。
「姫、様……。ご無事ですか……」
頭は回るのに、体が動かない。指先どころか、瞼さえも、小刻みに震えて、レイの顔がよく見えない。視界も滲み、焦点も合わない。
それでも、なんとか、声帯を震わせ、掠れた声に魔力を乗せて、癒しの力へと変える。自分の声さえも届かない。
それでも、もしこれが、歌であったなら──。
かつて、歌姫と呼ばれた私の歌に、不可能などない。死者さえ生き返り、踊り出すと言われるこの歌があれば、瀕死の彼女くらい、救えただろう。
それすらも分からないまま、私の意識は消えた。
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