第7-14話 十万の血海
「うーん、どうしようね?」
「……急に来られるので、驚きましたよ、陛下」
帝国兵の将に話しかけながら、魔法で戦術や把握している戦況を読み取り考える。ここを押し切られると、他のところで交戦している軍にも被害が及ぶため、放置はできない。
私を足止めすることが目的だというのなら、よくできた戦術だ。とはいえ、そう長居するつもりもないが。
このような愚行に及んだ理由や、その長が誰なのかも知りたいし。
「よし、決めた。ここは、私が引き受けるよ」
「と申しますと……?」
「ここは私一人で十分だから。その代わりに、やってほしいことがあるの」
「し、しかし、向こうには十万近くの兵士が──」
「その話はもう終わったでしょ? 物分かりの悪い子は嫌いだなあ」
「……申し訳ございません」
「うん。よろしい。レイのことは知ってるよね? レイ・クラン・ウィリアーナ」
「はっ。もちろん存じております」
兵士や騎士など、自らの命を懸ける者なら、誰でも知っているはずだ。彼らが目指す場所の一つとして。
「レイが行方不明なの。ワールスのどこかに必ずいるから、全員で探してきて。無用な血は流さないようにね」
「血は、流さないように……!?」
「お返事は?」
「え、ぁ」
「それじゃあ、三つ数えたら、兵士ちゃんたちに指示を出して。できる限り被害が減るようになんとかするから」
返事を聞き届けることもせず、私は地面から大木を出現させ、その上に立ち、全体を見通す。
「──一、零」
「全員、武器を捨てて、行け──!!」
敵兵の動きを、魔法で一斉に封じ、帝国兵たちがワールスへと進む道を開く。動きを封じたところを機と捉えて斬りかかる者や、倒れて動かない敵兵を死んだと勘違いして、その場で全身の力が抜けて倒れる者、困惑あるいは警戒して、動きを止める者など、様々な者がいる。
そういう子は、助けてやれない。
最後尾にいた魔法隊が魔法を行使し、瞬間移動でワールス軍を抜ける。その間、一秒にも満たない。
直後、私は敵兵を囲うようにして、土の壁を顕現させる。そう長時間、大人数の動きを封じることはできない。復活した敵兵たちが、逃げる味方に後ろから斬りかかれば、こちらの被害は甚大なものとなる。
戦場で迷わず武器を捨てた、勇気ある兵たちを犠牲にはしない。
それ以外は、切り捨てる。私がやらなくても、敵兵が切る。
──三分の二程度は逃がせただろうか。兵数は同等になったが、このままでは間違いなく、押し切られる。
「はあ、はあ……っ!」
度重なる、魔法の行使で、魔力が尽きかけているのを感じる。年々強くなる魔族と異なり、人間は二十歳で魔力のピークを迎えると言われているが、私は現在、二十四。とはいえ、特訓すれば、二十歳を超えても魔力は高められる。
仕組みは簡単で、体内の非活性の魔力の割合を減らし、活性化している魔力の割合を増加させるのだ。通常、活性化している魔力は全体の一割と言われている。つまり、単純計算で、誰でも十倍までは、魔法を使えるようになる可能性があるということ。
だが、どれだけ特訓したとしても、限界がある。私は決して、あかねやユタザバンエのように魔法に天才的な才があるわけではない。魔法生命学で限界とされている、五割までは魔力を高めているが、それでも、すべてをこなすには、足りない。
そして、ここで、意識を手放すわけにはいかない。
正直、もう、血なんて見たくない。このまま眠ってしまえば、すべて終わるのかもしれない。
それでも、こんな世の中にしたのは私なのだから。
──その責任は、私がとらなくてはならない。
私は空間収納から一振りの剣を取り出す。
剣神レックスが生前愛用していた、聖剣レクサーだ。自身の名前から取ったのだと、自慢気に話していたのを思い出す。
鞘はレックスが生前に壊してしまったらしく、それ以来、作り直すこともしなかったらしい。
使い手を選ぶと言われる剣だが、この子は私を、所有者として認めてくれている。レックスが亡くなり、息子であるギルデルドが剣をもらい受け、宝の持ち腐れだからと、私に託した。それ以来、どんなときでも、私を見捨てることのなかった剣だ。
とはいえ、そう使う機会もなかったのだが、手入れだけはしっかりしていた。
「いける──」
遥か上空からのレクサーの横凪ぎ一閃で、大地が割れ、直線上の兵士たちは噴水のように血を噴く。敵味方関係なく、被害が出た。
私は拡声して、伝える。
「降伏するなら、これ以上、命は取らないよ?」
当然、それを、受け入れるはずがない。見れば、大木に火の猛攻が飛んできていた。味方も切られるとあっては、ノアの兵士たちも参戦する。綺麗に全員が私の敵に回った。ただ、手のひら返しにしても、あまりにも綺麗すぎる感は否めない。──最初から仕組まれていたと考える方が自然だ。
「仕方ないなあ──」
とはいえ、穏便に済むはずがないことは分かっていた。それでも、平然としているのは、ただの強がりだ。体はとうの昔に限界を訴えかけている。
だが、まだ、動く。嫌がる四肢の末端を無理やり動かして、戦うために全身を奮わせる。
「大丈夫。まだ、いける」
そうして、雲よりは低い、大木の頂上から飛び降りる。八年前なら、ここで気絶しても助けが来た。だが、今はもう、誰も来ない。
降りながらも地上の兵士たちを減らしていき、大木が兵士たちを押し潰す方に倒れるよう、斜めに切り上げる。
飛来する魔法を切っていると、着地する位置の真下に、剣を真上に掲げ、剣山のようになり、自らを犠牲にする数人の兵士たちが見えた。
──面白いが、足りない。
その剣山に刀身を横向きに据え、私は剣の上にふわりと着地する。
直後、レクサーを持ってその場を離れ、諦観する兵士たちを横凪ぎに斬る。
背後に、木がこちらに向かって倒れる気配を感じる。どうやら、魔法で、私の方に倒れるよう操作したらしい。それを後ろ手に斬り、人一人分の隙間を作り、そこをくぐって脱出する。
根本の方にいた、木を操ったと思われる兵士たちを振り向きざまに斬り伏せると、その隙に背後から攻撃が迫る。
手が後頭部に当たるほど、剣を大きく振りかぶり、魔法をいなして、前方の兵に当てる。
横たわる巨木の上に着地し、剣を突き刺すと、巨木の切断面に抱きつく形でそれを持ち上げて、振り回す。その打撃に、大半が巻き込まれる。
壁に囲まれているため、空を飛び、逃げようとする兵も少なからずいた。逃がしてはやれない。巨木を振り上げて、落とす。
地面から逃げようとする兵もいた。あるいは、潜伏して、事態が収まるのを待つつもりだったのだろう。そんな彼らのために、巨木を地面に叩きつけ、硬い地盤を介して振動を与える。
ビリヤードと同じ仕組みで、振動は地中の人にも伝わる。大半が死んだと思われるが、即死でなくとも、地中で気絶すれば、魔法が消え、窒息する。
巨木から剣を引き抜き、──背後からの首を狙った斬撃を、屈んで回避。
魔法を解いて巨木を消滅させ、一瞬の動揺の隙に、敵に向き合う。探知を発動する魔力は、残っていない。が、気配から察するにその数──五人。
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