第7-13話 罪と愛娘

 逃げた兵士たち全員を当たってみたが、誰一人として、レイの元に向かった者はいなかった。──用心深いやつらだ。


 もちろん、居場所を言うつもりもなさそうだったので、思考を盗み見た後で、全員殺してしまったけど。


 真っ赤に濡れた手を見て、強い罪悪感に包まれている自分に気がつく。今まではなんともなかったのに、何が自分に変化を与えたのか。


 吐きそうだ。


「──そんなことより、今はレイのところに向かわないと」


 頭を振って、魔法で洗浄した両手で、頬をぱんっ、と叩く。


 これが厄介で、思考を読み取られてもいいように、全員違う居場所を知らされていたらしく、特定ができなかった。規則性も、注意を反らそうという思惑も透けて見えない。本当に適当な場所を知らされているらしい。


 その狙いは、容易に推測できた。──最も、狙われている可能性が高いのはノアだ。


 だが、今、城に戻れば、レイを失いかねない。


 となると、城にいる使用人たちと、ロロやタルカ、ノアの外で戦うみんなを信じるしかない。


 ──そうしていると、アイネがここにいないことに不安を覚えている自分に気がつく。


 一瞬、アイネだけ、ここに連れて来ようかとも考えるが、


「ダメ。ノアが一番、安全だもん」


 その思考を振り切って、私はレイがいる場所の候補へと向かう。殺された兵士たちには残念だろうが、私は勘がいい。いくつか候補があったところで、一発で引き当てる自信があった。


 ──その場所は、ルスファ大陸の南端、ワールス王国。しかし、ワールスにもいくつかの候補がある上、それらがすべて嘘である可能性すらあるとも、考えられなくはない。


 とはいえ、レイがギルデルド救出に向けて、ヘントセレナに向かったのはほぼ確実だ。そのヘントセレナに、クロスタより強い魔法使いがいる可能性は非常に低く、そのクロスタでさえ、南端まで瞬間移動するとなれば、ギリギリたどり着けるかどうかと言ったところ。


 だが、ヘントセレナの人々は団結力が強い。あの箱の正体は分からないとしても、全員が本当に倒れていたとは考えにくい。


 もし、ここにいる住人の大半が一斉に魔法を行使し、あるいは、一人が魔法を行使することにより大半を移動させて繋いでいけば。


 つまり、私がローウェルの時間稼ぎや、幸せな箱、クロスタに構っている間に、レイを南端へ移動させることくらいは可能なはずだが──いや、考えるより先にまず行動だ。


 ひとまず、私はギルデルドの元へと向かう。それから、まだ伸びている彼の頬を叩き、無理やり目を覚まさせる。


「いったっ!? って、マナ様──んん、状況をお教え願えますか?」

「レイが南端に連れ去られたみたい。きっと、私がノアへ帰るのを邪魔しようとしてるんだけど、レイを放っておけない」

「それで、私はどちらに向かえばよろしいですか?」


 理解が早くて助かる。


「赤ちゃんはノアに向かって」

「承りました。それでは、ここから出ることに、ご助力願えますか?」


 ここは、海底だ。ドームを出れば呼吸はできない。私であれば続く息も、ギルデルドならそうはいかない。彼に合わせて早く上がれば、水圧の差で死ぬ。


 ひとまず、行きのように空気の球を作り、ドームを突き破って海面へと進む。触手の攻撃を魔法で防ぎながら、ゆっくりと海面へ上がる。


 そして、ギルデルドに任せて瞬間移動でノアへと戻る。


 すぐに、ワールスへ向かおうとすると、ギルデルドに止められる。


「アイネ様に会っていかれないのですか?」

「……いいの。顔を見たら、きっと、ここを離れられなくなっちゃう」


 まだ一度も、大きくなったアイネの笑顔を見たことがない。


 腕に抱けば、どれだけ大きくなったかはすぐに分かった。子どもの成長は、私が思うよりも、ずっと、速いのだと知った。


 そんなに長い間、放っておいたのだから、いっそ、嫌ってくれればよかったのに。


 アイネに裏切られることがあんなに怖かったが、今は、愛されることの方が怖い。


 それでも。


「アイネ様は、可愛いでしょう?」


 ギルデルドの問いかけに、私はゆっくり頷く。


「とっても」


 たった二度、顔を見ただけなのに。魔法にでもかかったかのように、あの子が愛おしい。絶対に失いたくない。


「だから、アイネちゃんのことは、あなたに任せるね、ギルデルド」

「……はい。お任せください」


 ギルデルドは何か言いたげだったが、私の選択に間違いはないという信念の元に、疑問や不満を飲み込んで、ついてきてくれる。


 ノアには十分な戦力を配置してある。だから今、私が行かなければならないのは、レイがいる、ワールスなのだ。


 ワールスまでは、最短で一秒とかからない。だが、瞬間移動でそれだけ移動してしまうと、魔力が少し、心許ない。


 そのため、地上スレスレを飛ぶように移動する。


 走れば、走る以上には速く移動できない。


 だが、一足飛びを繰り返せば、その限りではない。


 片足に魔力を込め、水平なロケットのように飛び出す。それでも、大陸のほぼ中心であるノアから南端まで移動するとなれば、瞬間移動でも使わない限り、どれだけ急いでも、十分近くはかかる。


 ──その移動の最中、各地で交戦中であるのを見届け、ギルデルドを救助する前に、レイが軍を上手く配置してくれたのだと理解する。


 そうして、やっと、南で交戦中の兵士たちに追いついた。一度上空に飛び上がり、全体を見渡すと、どうやら、こちらが押されているらしい。兵の数を見るに、帝国の方がワールス兵の三倍は数がある。本来なら安全に敵を倒すことができるはずだ。だが、


「戦意の差かあ。──一体、どんな褒賞を掲げたのかな」


 ワールスの周辺国に帝国への加担を願うのは控えたい。当然、ワールスに味方する愚かな国など存在しないことは分かっている。そういう、根が善良な賢人は処刑した。帝国に媚を売る権力馬鹿も処刑した。


 現在、ワールスの周辺には、自国の問題以外、干渉せず、必要があれば利のある方に味方する、分かりやすい王を据えている。


 対して私は、ワールス周辺国に、ノアの兵士を配置することで、周辺国を監視しつつも保護し、帝国とワールスの間で争いが起きた際、被害を最小限に食い止めることを宣言している。そのため、裏切りはそう簡単には起こらない。


 その兵士たちを使い、ワールス軍を挟み撃ちにしてもいいのだが、周辺国には、まるで、ノアの兵士を自国のものと考えている節がある。出兵となれば、逆上される可能性もある。逆上したところで抑圧はできるが、そもそも、大陸の南というのは、海の向こうのドラゴン──暴走したベルセルリアに最も近い地域であり、国民たちは、非常に危険だという不満も抱えている。


 これ以上、抑圧するのは避けたい。となれば、別の方法を考える必要がある。


 この程度の軍であれば、私一人で殲滅できるが、レイを助けることを考えると、力を残しておきたい。


 とはいえ、これでレイがワールスにいることはほぼ、確実となった。

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