第7-12話 二つ目のモンブラン
──辺りを見渡すと、他の人たちも寝ていた。最初は、海で気絶したのかと思ったが、同じように箱にやられて寝ているのだろう。
「悪い箱さんだね」
私はその箱を、氷の鎚で砕いて壊す。
「二人を探さなきゃ」
探知で人を特定することは難しいが、レイやギルデルドなど、何人かは特徴を覚えているため見つけられる。
そして、残念ながら、レイより先にギルデルドの気配が見つかってしまった。見つかった以上、無視はできない。
「赤ちゃん、大丈夫かなあ……」
沈んでいるとはいえ、ヘントセレナ国は北の島を一つに合併させたものなので、相当に広い。先の念話の件もあって、私は急いでその場へと駆ける。瞬間移動することも考えたが、魔力の消費を抑える方を優先する。
そして、横たわっているギルデルドを見つけた。
「赤ちゃん!」
呼びかけるが、返事がない。どうやら意識を失っているらしい。見ると、全身、触手に刺されているようだ。海に引きずり込まれる際に刺されたのだろう。
クラゲベスの毒は強力で、刺されると、死に至ることもある。体内の魔力に作用する毒であるという点以外は基本的に、クラゲに刺されたときと処置は変わらない。
私は血液を一滴、刺された傷口から流し込む。そして、触手を魔法で抜く。しばらくすると、顔色は元に戻ってきた。
だが、
「レイが見つからない──」
連絡を入れて来ないということは、できない状況にあるということ。となると、こちらから繋げるわけにもいかない。
ひとまず、この国の王に話を聞くため、私はギルデルドを放置して、北端の城へと向かった。
***
以前は魔王城と呼ばれたその場所に位置するヘントセレナ城。
その謁見の間に、私は、ずかずかと許可もなく踏み入り、玉座に座る人物へと氷の剣を突きつける。
「状況を説明してくれるかな、クロスタ?」
「私にも不明だ」
剣を突きつけられてもなお、淡々とした調子で答える。
「分かりませんじゃ済まないの。レイはどこ?」
「あいにく、存じ上げない」
「本当に知らないの? 今の私は余裕がないから、優しくしてあげられないけど」
「申し訳ない」
クロスタが役立たずなのは知っている。だから、情報が聞き出せるとは思っていない。
ただ、臣下たちは別だ。なんやかんやで、クロスタを王として尊敬している節がある。クロスタの命が脅かされているにも関わらず、何もしないでいられるような薄情な輩はいないだろう。
どこかのタルカやロアーナとは正反対で、王は有能ではないが、部下たちが有能というパターンの国だ。
「この中に、何か知ってる子はいるかな? 正直に言わないと、クロスタの首は飛んじゃうからね?」
返事のない臣下たちに痺れを切らして、私はクロスタの首筋へとナイフを少しずつ食い込ませていく──と、頸動脈寸前で、手が挙がった。
「何かな?」
「申し訳ございません!」
「知ってるなら早くして」
沈黙のまま、一秒が経過する。私は手のひらをその兵士へと向け、親指から折り始めて、カウントする。
「四、三、二、一──」
「れ、レイ様は」
「やめろ」
悔しそうな兵士たちの顔を見て、クロスタが声帯を震わせ、続きを止める。
「全員、この場を捨てて逃げろ」
「し、しかし──」
「これは命令だ」
一瞬の躊躇が、クロスタに言葉を言い終える隙を与えてしまう。
──なぜだろう。以前までなら、こんなミスは犯さなかったのに。
振り向けば、全員瞬間移動で避難した後で、部屋にはクロスタだけが残されていた。
「躊躇するなんて、貴女らしくもない。今、こうして、私を生かしていることさえも不思議だ」
「私も同感。なんでだろう?」
「私は、人を殺すということに、躊躇いを感じたことがない。だから、理解はできない。ただ」
言葉の続きを求めて、私はクロスタを生かしている。この数秒の隙が、致命的な出来事に繋がるかもしれないというのに。
「私には、大きな後悔がある。もう二度と、取り返すことのできない過ちを、私は冒した。謝っても謝りきれない、この一生では、とても償いきれないほどの罪だ」
「簡潔に言ってくれる?」
「──相手を思いやることが大切だということだ」
私は酷く困惑する。クロスタの口から、思いやる、なんて言葉が出てきたことに対しての困惑だ。
そして、当たり前のことすぎて、誰にとっても、聞く価値のない言葉。
「私の罪は重い。だが、仲間たちのおかげで、今日までこうしてやってきた。だから、今ここで、こうして死ぬというのなら、それは罪に対する正当な罰だと考えている。──もし、私に同情しているだけならば、殺してもらって構わない。でも、部下たちのことは、できれば、見逃してほしい」
仲間思いのような、普通の人でも言わないような、元魔王幹部らしからぬことを言うクロスタに、私は少しばかり感心する。
「──クロスタって、そういうタイプだったんだ。てっきり、自分だけが正しいって思い込んでるとばっかり思ってた」
「昔はそうだった。やり直せるなら、やり直したいものだ」
クロスタは、不釣り合いな玉座に頭を預け、過去を見つめるように、遠くに視線を向ける。
私は空間収納から、魔力の結晶を取り出し、クロスタに見せる。
クロスタはそれを見て、考え込む素振りを見せ、しばしの後、焦点を結晶から外し、正面へと戻す。
「ローウェルは、死んだのか」
「うん」
「そうか──」
その表情には、隠しきれない悲しみの色が浮かんでいて、私は内心、動揺していた。
「殺すのを躊躇わないのに、どうしてそんな顔をするの?」
「まったく、その通りだ。殺戮を繰り返す者は、常に自身も奪われる可能性があるのだということを自覚し、覚悟していなければならない。──だから、貴女は先ほど、躊躇ったのだろうな。貴女は誰よりも聡明な方だ。そして、私が言わずとも、その自覚はあるはずだから」
自然に、レイやギルデルド、ロロ、そして、アイネのことが思われる。
──彼らの命が奪われることを、私が恐れているというのだろうか。
今まで、あれだけ血を流しておいて、今さらと、そう思わずにはいられない。
「あいつは、最期に何か言っていましたか?」
彼の死に際が思い出される。つい先ほどの出来事だから、余計に鮮明だ。私へ三つ、言葉を遺した後で、彼は最期に、こう言った。
「『クロスタくん、モンブラン、二つ食べたの、オレっす』──と」
そう、ローウェルの声で言うと、クロスタは少し驚いた顔をしたが、やがて──ふっと、笑みを漏らした。
「そうか、お前だったのか。──ああ、死んでもムカつく奴だ」
そうして、天井を見上げ、目を瞑るクロスタの首筋から、私はナイフを離す。
「──どうされた?」
「私はレイの居場所を聞き出したかっただけ。それが聞けないなら、あなたを殺したって、意味ないもん」
「……本当に、貴女は変わられた。いや、元に戻りつつあると言った方が正しいか」
「全然だよ。今から、逃げた部下ちゃんたちを追いかけて、一人一人拷問して、場所を問いただすの」
「そうは、させ、な……」
「そう言うと思った。──だから、しばらく眠っててね」
実は、この空間に入ったときから、魔法で合成した睡眠薬を、クロスタに嗅がせていたのだ。
「ダメな王様は必要なの。でも、命令一つで逃げるような悪い子たちは、一人残らず処刑しちゃう」
そうして、私は魔力探知をして、先ほど謁見の間にいた兵士たちの気配をたどり、瞬間移動でその場へと向かった。
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