第6-15話 ろろちゃんのお菓子

 それから、ろろちゃんを抱きしめて、三人でお茶会をした。


「姫様は、本当にロロ様がお好きですよね」

「マナちゃん、ロロのこと、好き?」

「うん、好きだよ」


 ──正直、よく分からない。ロロをどう思うかと言われても、可愛いとしか思わない。可愛いから好きというのも、ちょっと違う気がする。ただ、嫌いではないのだから、好きだと答えて嘘にはならない。その方がロロも喜ぶだろうし。


「ロロもマナちゃん、大好き!」

「本当に? そっかー」

「……それだけ?」

「え?」


 ロロの濃黄色の瞳が、私の薄黄色の瞳を捉える。何かを期待している目だ。だが、何を期待されているのか分からない。


「マナちゃん、嬉しくない?」

「ううん。とっても嬉しいよ」

「ほんとーに?」

「うん。本当に」

「そっかー」


 何か言いたげだったが、ロロはそれ以上何も言わずに、私の膝の上で足をぶらぶらさせて、テーブルの上を指差す。ロロの腕では届かない。


「次、あれ食べたい」

「これかな? はい、どうぞ」

「ん、ありがとー!」

「うん。寝る前にはちゃんと、歯を磨くんだよ?」

「はーい」


 そうして、お菓子に夢中になっているロロを視界に入れたまま、考える。


 ──もしも。


 もしも、アイネをあのまま、私の元で育てていたら、今頃、こんな風にしていたのだろうか。


 それでも、あのとき、人質として送らないという選択肢はなかった。


 アイネを見ていると、どうしても、あかねのことを思い出して、辛くなるから。


 どこまでも、身勝手な理由だった。


 私と一緒にいると、アイネが幸せになれないような気がしたから。


 そんなこと、アイネは一言も言わなかった。


 それでも、私には、あの子を愛することができなかった。どうしても、可愛いと、そう思えなかった。一緒にいることで、いつか彼女を傷つけてしまうのではないかと思うと、とても怖くて、彼女を避けるようになった。


 私にアイネの母親を名乗る資格は、ない。


「姫様、大丈夫ですか?」

「──うん、大丈夫。ごめんね、心配かけて」


 レイの問いかけに答えると、ロロが覗き込んでくる。


「マナちゃん、元気ない?」

「そんなことないよ。とっても元気だよ」

「どのくらい元気?」

「んーとね。お布団に入っても、まだ遊びたいってなるくらい!」

「おー。ちょー元気」


 レイの視線が何か言いたげなのを受けて、ロロを膝から下ろそうとする。


「ろろちゃん、そろそろ──」

「えー! マナちゃんともっと遊びたい!」

「んー。ろろちゃんは、困ったさんだね」

「困ったさん。だから遊んで?」

「でも、今日はおしまい」

「えー……」

「また明日、遊ぼう? 約束」

「ん! 分かった」


 分かったと返事してからのロロは速く、すぐに私の元から離れて、使用人の元へと駆けていく。その背中を見送る私の方が寂しかったりもする。


 だが、レイの視線はいまだ鋭く、事態は一刻を争うことが分かる。


「──それで、何があったの?」

「セトラヒドナで、複数の殺人が起きたと、調査員からの報告です。それも、被害者は全員、旧魔族だとか」


 時期を見るに、先の亡命した少女が無関係とは考えにくい。氷像の少女であれば、魔族だけを恨む理由があり、動機も十分だ。何より、そうできるだけの実力を持っている。


 ただし、少女が最も危険視しているのは、間違いなく、勇者だ。


 ──アイネが、危ない。そんな予感があった。


「どうされますか?」

「スパイの子たちにアイネちゃんを守るよう命令して」

「かしこまりました。アイネ様には──」

「何も伝えなくていい。用があれば、私から伝えるから」

「かしこまりました」


 この世界に現存する勇者はただ一人。それは、八歳にも満たない、幼い少女であった。


***


 最近、お気に入りの場所を走っていた。壁を駆け、ベランダを飛び移り、屋根を飛び越える。


「あ、アイネ様、お待ちください……!」

「もう、ルクスったら、本当に体力がないのね。そんなことじゃ、私のお付きは務まらないわよー──ぎゃふん!」


 何かにぶつかって、私は屋根の上で尻もちをつく。ルクスの方は、壁すらろくに走れないため、地上で膝に手をつき、息を整えていた。


 そちらに気をとられている隙に、私は目の前の小さな影に捕獲される。


「はい、アイネ様、捕まえました」

「ナーア、いつからそこに!?」

「はい。アイネ様が腑抜けた顔で私のところに突っ込んでくる前からです」

「腑抜け……!?」

「はい。腑抜けた顔のアイネ様。お約束通り、勉学に戻っていただけますね?」

「腑抜け腑抜けって失礼じゃない! お付きとして、その態度は見逃せないわ!」

「はい、そうですか。では、アイネ様とも今日までのお付き合いということで、辞職させていただきます」

「辞職……!? ま、待って、ナーア! 私、そんなつもりじゃ……」

「はー、せいせいするわ。もうあんたみたいな、手に追えない、人質のお姫様の相手をしなくて済むんだから」

「う、うぅっ……うわあああん!!」


 ナーアがしまった、という顔で耳を塞ぐ。なんだなんだと、私の泣き声に、住民たちが顔を出す。


 ──してやったりだ。私をいじめるからこういうことになるのだ。ざまあみろ。


 しかし、住民たちは私たちの姿を確認した途端、そそくさと窓を閉め、室内に戻っていく。


「うぅ……なんでぇ……!?」

「またいつものアレか、という心情でしょうね。この辺りの皆さんも、さすがに慣れてきたのかと」

「もう! 明日から別のところ走る!」

「別のところと仰いますが、もうどこを走っても同じ反応だと思いますよ」

「ぐぬぬ……」


 すると、そんなに身長差のないナーアに、私はひょいと抱き上げられる。


「さあ、行きますよ。お姫様」

「やだやだ! 勉強なんてしたくない!」

「勉強をしないと、頭が悪くなってしまいますよ? 今でさえ馬鹿なのに」

「……ちょっと優しくしてあげたからって、調子に乗るな! やっぱりクビ! 即刻クビ! 今すぐクビ!!」

「ルクス、行くわよ──って、あんた、何してんの?」


 私を抱えたまま、三階の屋根から飛び降りて、ナーアはルクスの横に並ぶ。見ると、ルクスは腕いっぱいにお菓子を抱えていた。


「もらった。町の皆さんから。三人で食べてって」

「あんたね……。本当は、町の方々には、何ももらっちゃいけないのよ? 分かってる?」

「うん。ちゃんと、三回、断ったよ? でも、色々ポケットに入れられたりして、気がついたらこんなことに」

「……まあいいわ」


 そう言って、ナーアは、ルクスが抱えている一口サイズのチョコレートを、口に入れる。


「あ、お行儀が悪いわよナーア!」

「自分が食べたいからって、妙な言いがかりはやめてください」

「腕が疲れるから、早く帰ろうー」

「ええ、そうしましょう」

「ちょっと! 私にもチョコ、食べさせなさいよ!」

「勉強が終わるまで、おやつはお預けです」

「なっ……!?」

「頑張りましょう、アイネ様」

「やだやだやだやだいーやーだー!!」


 じたばたともがくも、地面に足はつかない。そうして、なすすべなく、いつものように、私は城へと連れ戻されたのだった。



~あとがき~


 作者のエゴで二話投稿です。番外編ぶちこみました。


 一転した第6話は終了しました。アイネちゃんかわいい。


 それではまた次回。

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