第6-13話 ロアーナちゃんの首

 その日は、氷像の女の子にまんまと亡命されてしまった、ちょっと残念な国を訪れていた。女の子の外見は、一度見たことがあるため、よく覚えている。当然、セトラヒドナ周辺の国には、私が描いた似顔絵を貼って、指名手配させていた。


 一応、近くの国でも目撃情報があったそうだが、件数が少なく、報告する必要はないと考えていたらしい。国ごと地の底に沈めてしまおうかとも思ったが、赤ちゃんとレイが揃って止めるので、王様の島流しで許してあげた。


 私って、優しい。


「申し訳ございません、陛下。我が国民の失態はすべて、私の責任です。厚かましいお願いとは存じますが、どうか、この首一つで許していただけないでしょうか」

「あなたの首はいらないの、ロアーナちゃん。ダメダメなのは、国民の方でしょ? だから、国民全員の首を頂戴?」

「そこをなんとか、許してはいただけないでしょうか。どうか、お願いいたします……!」


 ロアーナ・クラン・ルーバンは、高校の同級生であり、私とは、まなとあかねの次に仲が良かった。また、貴族の出であり、実は入学以前から少しだけ交流があった。


 その上、将来は宰相になりたいと言っていたこと、ノア学園大学薬学部に通いながらも、独学で法律の勉強をしていたことなどを考慮して、セトラヒドナ周辺の統治を任せていた。


 セトラヒドナ──かつてのトレリアン周辺には元々、四つの都市が隣接していたが、現在はそれを綺麗に六等分して、セトラヒドナを囲うようにして見張らせている。


 そのうちの大事な一つを任せていたのだが、どうやら、国民がダメダメらしい。ロアーナちゃんが怠けることなんて、あるはずないし。


「私が悪いんです! 私が、頼りない王様で、こう、この王様、頼れるぞー! すごいぞー! 偉いぞー! ってところを見せられてないから……」

「全然悪くないよ。経済力、学力、兵力、発言力、行動力、帝国への貢献度とかとか、どれを取っても、平均を上回ってるし。ずば抜けて、まるー! っていうのはないけど、それでも、行き届いてないところがないっていうのは、すごいことだよ」

「いえ、それがダメなんです。要は、国民から頼りにされてないってことですよね? それって、飼い犬に飼い主って認めてもらえないのと同じですよね!?」


 国民を犬か何かだと思っているのだろうか、この子は。


「国民はわんわんよりも賢いからねー」

「──あ。い、いえ! そういうつもりでは……」

「でも、そっかー。確かに、ロアーナちゃんに求心力みたいなものはないかも。魅力? っていうのかな? うちの赤ちゃんと同じだね」

「マナ様、ロアーナ様と私に失礼です」

「いえいえ! 事実ですから……。それにしてもマナ様の求心力は、以前からずば抜けておいでですよね。何か、そういった特訓などをなされているんですか?」

「私? んー。記憶にないかな。レイ、何か知ってる?」


 敵国のセトラヒドナが近いこともあって、今日は二人も私と一緒に来ている。ノアの方は、いざとなったら、ロロが対応することになっている。元々、独自に身につけていた暗殺技術の他にも、色々と仕込んであるらしい。


「そうですね。姫様は生まれたときから、特別でした。泣きもせず、常に愛らしい笑顔を振りまいていて、それはそれは、可愛らしく。特に、生まれたばかりの頃などは、姫様のあまりの可愛らしさに、城に人が押し寄せ、軽いデモンストレーションのようになっていましたね。仕事すら放り出して、皆、姫様を一目見ようと押し寄せ、国王様もどうしたものかと、それはそれは、頭を悩ませておいででした。十四、五の頃には、俗に言う、反抗期もありましたが、その頃の反抗の仕方がまた面白かったですね。いたずらと呼んで差し支えないほどのものだったのですが、それが露見したときの子どものような笑みがまた可愛らしくて。次はどんないたずらをしてくださるのかと、楽しみにしている使用人の方もいたくらいです」


 ──だそうです。


「……どう? ロアーナちゃん、参考になった?」

「いえ、まったくなりませんでした! でも、貴重なお話をありがとうございます!」

「それで、本題だけど、殺してもいい?」

「どうか、それだけはおやめください……! 私の首ならいくらでも差し出しますから……!!」

「ロアーナちゃんの首は一つしかないんだよね。んー、ロアーナちゃん、意外となんでもできちゃうのに、なんでだろう? 赤ちゃんはどう思う?」

「はい。ずばり、マナ様ができすぎるからだと思います」

「あ、それは大いにありますよね。私も、マナ様の次とか、いつも二番か三番の子ってよく言われました。……あっ、嫌味じゃないですよ! 全然! 二番でも十分でしたし、上がいた方が頑張ろうって気になれましたから!」


 そう。学力はまなと私に続いて三番、魔力はあかねと私に続いて三番。それ以外は私に続いて二番という、とてもすごいのに、なかなか日の目を見ないのが、ロアーナなのだ。


「それは全然気にしてないけど、そっか、私が目立ちすぎてるんだね。でも、それはなんともできないから、ごめんね」

「いえいえいえ! 陛下が謝ることはありません! 私が精進すればいいだけの話ですから!」

「うーん。でも、やっぱり、ロアーナちゃんは悪くないと思うの。たまたま、協力してくれない子たちが集まっちゃったせいで、ごめんね」

「いえいえいえいえ! 大丈夫です! ですから、どうか、国民の命だけは! お願いします!」

「えー。じゃあ、本当にロアーナちゃんの首切るけど、いいの?」

「はい! いえ、良くはないですけど、やるなら、もう、ずばっと! 一気に! 痛みを感じる暇もなく、やっちゃってください!」


 ここまで殺しづらい子は初めてだ。同級生ということもあって、そのお願いを無下にもしがたい。


「──分かった。じゃあ、一人一人とお話してみて、ダメな子だけちょんぱするね」

「やめて!? ──じゃなくて、やめてください! 殺さないでください! 殺したら怒ります! もう、戦争です!」

「それは、宣戦布告って受け取ってもいいのかな?」

「ごめんなさい! 若気がいたってしまいました! そんなことしたら、皆殺しにされて終わりだって知ってます! だから、どうか、お許しを!」

「楽に死なせるとは言ってないけどね?」

「やーめーてーくーだーさいっ! ほんっとーに、お願いします!」


 これ以上話しても、どうにもならない。初めから感じていたことではあるが、彼女は有能だが、血の帝国には向いていない。


「どうしよう?」


 レイと赤ちゃんの、二人に問いかける。頭を悩ませているレイが口を開く。


「ここは一つ、お咎めなしということでいかがでしょう? そして、これからは、血を流さないことにしませんか?」

「それは嫌だ。面倒くさいもん」

「では、厳重注意ということで、いかがでしょうか?」


 今度は赤ちゃんが言う。


「それもダメ。私が殺さないなんて、おかしいでしょ? ……うーん。表向きだけ奴隷にしちゃおっかな。それとも、他の国に合併させるとか。国ごと島流し……はちょっと優しすぎるかな。隣の国と王様入れ替えて、そっちを殺しちゃうとか? でもなあ。うーん……ロアーナちゃんだけ殺したことにして、匿ってもいいけど──」

「それにしましょう! それが、いいと思います!」


 ロアーナが食い気味に私の手を掴み、犬の尻尾のように、ぶんぶん振る。


 ──ロアーナちゃん嬉しそうだし、これでいっか。


「でも、国政は誰に任せよう? ロアーナちゃん、誰か当てはある?」

「そうですね……。法学部の先輩で、今、弁護士をやってる方がいるんですけど、その方でもいいですか?」

「弁護士かあ。どんな子?」

「えっと、髪が黄緑で、お団子にしてて、目は……なんていうか、青と緑の間? くらいで、真面目っぽいっていうか、堅そうだけど、本当はすごく優しくて──」

「全然分かんない。会ってみたいから連れてきて?」

「え、でも、弁護士ですから、かなり忙しくて、私も全然、遊べないくらいで……」

「王様も十分忙しいでしょ? それに、本当に王様になるなら、弁護士なんてやってる暇、なくなっちゃうって分かるよね」

「それは、分かります。──でも、今の仕事を邪魔するわけにはいきません」


 私に堂々と意見できる辺り、やっぱり、彼女は王自体は向いているのではないかと、そう思う。だから、彼女をその座から下ろしてしまうのは、非常にもったいない。


「それじゃあ、二人で王様しよ?」

「──えっと、全然意味分かんないんですけど、どういうことですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る