第6-11話 味のないマカロン

 赤の庭園での散歩を終え、日の当たる庭で、マカロンを頬張りながら、紅茶を啜っていた。


「あーあ、残念」


 私は椅子にもたれかかり、口を尖らせる。


「どうかされましたか?」

「だって、味が分からないんだもん!」

「それは、マナ様が即位の儀なしで、ドラゴンの血液を飲まれたからではありませんか」

「むー……。だって、こんなことになるって、思わなかったんだもん」


 頬を膨らませると、その頬を、赤髪の彼に指でぷすっとつつかれる。


「ぷすーっ」

「ハハハッ」


 楽しそうに笑う赤髪の顔を、私は頬杖をついて眺める。人が楽しそうにしているのはいい。喜んでくれるのも好きだ。


 ただ、それによって、私が楽しいと思うことはない。楽しんでほしいとは思うけれど、私自身が何かを感じることはない。それはきっと、死んでいるも同然だから。


「それで、そろそろ北の方で動きがあると思うんだけど、報告は?」

「──さすがマナ様、ご明察です。ヘントセレナ王国が、八年前の『氷像』の一件を蒸し返そうとしているようです」

「氷像かあ……。まあ、結局、戦争もうやむやな感じになっちゃったし、仕掛けてくるなら、今だよね」


 ──そろそろ、今までに何が起こったか、説明しておこう。


 魔族と人間との争いは、魔王を封印されたことにより、一旦は停戦した。しかし、魔族に侵略された、大陸の一部の権利を巡り、再び戦争が勃発。


 歴史的に考えても、地理的に考えても、人間の領土だと主張する兄を無視して、魔族は港から人を呼び込み、自らの領地であるかのように振る舞った。このような身勝手な振る舞いが、兄の逆鱗に触れたらしい。


 そんな暴走しがちな彼を、以前まで抑えていたのは私の姉と母だったが、二人が亡くなり、抑止力がなくなった。本来なら、私が女王に即位する必要があったが、兄は自身が危篤であるにも関わらず、私を想い、強要しなかった。


 魔王を失った魔族軍を退けることは容易いだろうという目算もあったのだろう。こうして、着々と戦争の準備を始めていた。


 そして、開戦直後、私とあかねが心中を図り、あかねは即死。私は意識を失い、一年間眠り続けた。


 ──その噂はどこからか、世界中に広まった。


 それを好機だと考えたカルジャス王国は、いち早く軍を編成し、魔法で海の水を凍らせて進軍した。カルジャスの機を見る力と思いつきのような奇策は、兄と相性が悪く、魔族軍と対抗するため、北に兵を寄せ集めていたこともあって、南端からの上陸を許す形になり、みるみるうちに領土を侵食された。


 そこへ来て、あかねの訃報を知らされた黒いドラゴンちゃんが暴走。ルスファ大陸の三分の一を焼き払い、それでもなお、収まらず、暴れ続けた。


 そうして予想より半年以上、戦争が長引いたことにより、兄はその後始末もつけることができないまま、病気により命を落とした。


 すると、直系しか跡を継げないという伝統が仇となる。私の意識がない以上、次の王に、齢十六にも達しない幼い妹が即位せざるを得なかった。


 補佐として、父方の叔父の誰かが政治を代行した。しかし、これを機に、ルスファ王国の絶対的な支配を破れるのではないかと、他国はこぞってカルジャスに味方した。その上、ルスファの魔族軍とも協定を結び、戦時の間だけ共闘することを誓った。


 先の魔族との戦争で疲弊していた当時、これらすべてを押して破るほどの力はその誰かにはなく、それでも、なんとか進行を抑えてはいた。


 そのタイミングで私が目を覚ましたというわけだ。


「氷像の女の子、見つかった?」

「それらしき人物の情報は入手しました。ですが、空振りである可能性も十分あります」

「そっか。それで、どこにいるの?」

「昨日、セトラヒドナに亡命した少女がいたとかで。元々、帝国の逃げ穴とも呼ばれる、かの王国に亡命しようとする者は、決して少なくはありません。ただ、年齢が目的の少女に近く、まだ若い少女一人であったために、報告が遅れたそうです」

「可愛い女の子一人なのに、逃がしちゃったから言えなかったんだ」


 返事をし、思考ながら、マカロンを頬張る。


 数年前、目覚めて事情を理解した私は、とにかく何もかもが面倒だったので、簡単に済ませた。


 ルスファという国を捨て、大陸を丸ごと乗っ取ろうとするカルジャスの王の首を持ってルスファ中を巡り、私個人への服従を迫り、反逆する者はすべて殺した。すると、あら不思議。いつの間にか、メリテル帝国が出来上がっていたというわけだ。


 カルジャスはその大半が魔族で占められている国家でもあった。そこで、ヘントセレナ以北の魔族も含めて、魔族たちを人間の住まう領土に移住させ、人間と魔族の見分けがつかないよう、ごちゃごちゃにした。


 元々、お互いに元々の種族を聞くことは世界的にタブーとされており、魔族が集まって軍を編成することは難しくなったというわけだ。


 とはいえ、魔族が移住すると公言しては意味がないので──魔法で建物の配置を大幅に変えた。簡単に言えば、壮大な都市計画だが、ミニチュア模型を動かす要領で、土地と人を無理やり動かした。


 そのあとで、無人となったカルジャスの地をドラゴンちゃんに明け渡し、国土をすべて炭に変えさせて終了。おしまいおしまい。


 ──とはいえ、決して確実な抑止力を持つものでもなく、求心力を持つ存在が台頭すれば、脅かされるであろう程度のものではあった。


 その上、最近、ヘントセレナへの移住が活発になってきたため、特に、魔族たちの動きには注意していたのだが、やはり、魔族は迷ったときは、北に集まるらしい。北の島ごと沈めてやってもいいのだが、それはもう少し、魔族たちが集まってから考えるとして。


「んー、逃がしちゃったのは仕方ないけど、言わないのは、良くないよね?」

「──お気持ちは分かります。ですが、ここはどうか、寛大なご判断を」

「うん、分かってる。余計に言い出しづらくなっちゃうもんね。──でも。悪いことは悪いことって、ちゃんと伝えてあげないと。レイがしてくれるみたいに」


 私は食べかけのマカロンを口に放り込み、嚥下し、念話を発動させる。


「──セトラヒドナ見張り担当のみんな、お疲れ。いつもちゃんとお勤めしてくれて、ありがとう。みんなのおかげで、この国はとっても救われてる」

「マナ様、ご勝手に──」


 不満げな赤髪の唇に指を当てて、口を塞ぎ、微笑みかける。


「一生懸命頑張ってても、失敗しちゃうときもあると思う。でも、みんなが頑張ってるって、知ってるから、そんなことで怒ったりしないよ? ──だからね、何かあったときは、隠さず教えて? もし、次に隠蔽するようなことがあったら、連帯責任。今、私の声が聞こえてるみんなの中から、五人。くじ引きで、どっかんします。怒られたくない、っていうのは分かるよ? でもね、ちゃんと報告してくれないと、私、とっても困っちゃうの。みんな、聞こえてるかな?」

「──」

「……お返事は?」

「「は、はいッ!!」」

「ああ、よかった。聞こえてないのかと思った。だからね、何があっても、絶対、すぐに報告してね。もし、悩んでることとか、不満とかがあったら、相談にも乗るから、安心して。──安心して、私を愛して?」

「「はい!!」」

「うん、みんなありがとう。いつもちゃんと見てるから。お仕事、がんばってね」


 それから念話を遮断──したフリをして、一方的にあちらの音を拾い、数回、指を鳴らす。


「……マナ様、今のは?」

「ああ、ごめんね? 庭園でしか殺しちゃいけない約束だったのに」

「そうではなく──」

「今のを聞いて、見張りにかこつけて、亡命しようとしてる子がいたから。そういう悪い子たちは、生かしておけないでしょ?」


 忠誠心はもちろん、あれば欲しいが、殺した理由には関係ない。この状況で亡命しようとする輩は、恐怖に抗うような、ある意味で強い心を持っているのではない。それは蛮勇。


 つまり、彼らは、馬鹿なのだ。そんな頭の悪い子たちは生かしておけない。


 恐怖に屈しようと、抗おうと、どんな知恵を働かせようとも、背けば死ぬと、理解していないことが悪なのだ。


 そうして、私は赤髪の彼に急に抱きつく。昔は動揺してくれていたが、最近はあまり面白くない。


「マナ様?」

「……みんなね、舌打ちしたり、ため息ついたり、私に悪口言ったりしてた。どうしてみんな、こうやって、人を傷つけることができるんだろう」

「彼らは処罰されなかったのですか?」

「うん、しない。私の悪口なんて、きっと、みんな言ってるもん。どうせみんな、私のことなんて、嫌いなんでしょ?」


 分かっている。こんな、恐怖で押さえつけるようなやり方をする独裁者が、愛されるはずなどない。


 どれだけ政治に関して優秀で、建国してからの五年、成長させ続けているとしても、誰も私を愛してくれない。


 それでも、何も知らない誰かから無条件に愛されるより、監視し続けているみんなから憎悪される方が、よっぽど気が楽だ。


「そんなことはありません! 僕はマナ様を、生まれたときからお慕いしております!」

「愛してる?」

「もちろんです! 僕はマナ様を愛しています!!」

「どうして?」

「マナ様は、可愛くて、賢くて、強くて、可愛いからです! フンヌッ!」

「そうなんだ」

「ちょっ……。もう少し反応があってもよろしいのではありませんか!?」

「赤ちゃん、うるさい」

「赤……ちゃん!?」


 私は赤ちゃんから離れて机に伏せ、頬を膨らませて顔だけ彼に向ける。髪が赤いから、赤ちゃんだ。今は顔も赤いし、鼻息はうるさいけど。


「やっと……やっと、僕のことを認識してくださったんですね……!」


 すると、赤ちゃんは嬉しそうな顔をして、涙を流した。予想とは違う結果だ。


「嫌だった?」

「いえ……。あまりにも。あまりにも、嬉しすぎて……っ」

「うん、よかった。それで本題ね?」

「切り替えが早いっ! ……はい、大丈夫です」


 目元を拭う鼻声の赤ちゃん。とっても嬉しそう。


 不思議と、彼の愛は気重にならなくて済む。なぜかは分からないけど。


「あの子をヘントセレナに先に捕らえられたら、それをきっかけに、ノアへの進行が始まるかもしれない。だから、早く見つけて、ここに連れてきてあげないと」


 どんな子かは会ってみるまで分からないが、自分のせいで争いが始まったと知れば、傷つくかもしれない。


 それに、ヘントセレナやセトラヒドナに捕らえられてしまえば、こちらが引き渡しを命じる前に、見せしめとして処刑されるかもしれない。


 まあ、そんなことをした暁には、国ごと火の海に変えちゃうけどね。

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