第6-10話 美味しいお魚

「マナ様、どうして、彼女を処刑なさったのですか?」

「反省文が反省してなかったから。誰かさんも、色々考えたから、本当は分かってるくせに」


 ギルデルドはわずかに俯き、口を開く。


「──今が楽しければそれでいい、という在り方には、未来の自分を蔑ろにしている一面もあります。特に、彼女のような子どもにとっては。あのように遊んでばかりいては、きっと、将来、後悔することになっていたでしょうね。他国への贈り物にしても、何かを返してもらえることは少なかったそうですし、そのせいで負債を借りることになった際も、利子を減らすことすらしてもらえなかったそうですから」


 結局、トスカルも配信分までクリアできないまま、城が燃えた際に壊れてしまい、廃棄された。


「つまり?」

「もっと、自分や自国を大切にしろ、ということですね」

「正解。それは、あなたも同じだよ。誰かさん?」


 そうして、ギルデルドは、自分がマナに大切にされている可能性を考え、ある結論を見出だす。


「──今にして思えば、国民が素直に感情を表したことも、クラゲベスのことも、城でのことも、すべて、ミハナ様がそうすることへの手助けをしてくださっていたのですね」

「それはどうかなあ?」


 そう言いながら、マナはカヌレをかじり、口をもごもごと動かす。その横顔に期待、してしまう。


「……まさか、私の命を助けようとしてくれたわけではありませんよね、マナ様」


 炎上する城に飛び込もうとした際、マナに止められたのは記憶に新しい。ミハナとの約束が、日付が変わるまで待つことであったためにそうしたのかと思っていたが、実は、自分の命を助けてくれたのかもしれない。


 ゆっくりとカヌレを飲み込んでから、マナは、


「そうだったら嬉しい?」

「それは、とても嬉しく思いますが──」

「じゃあ、そう思うことを許してあげる」


 と、いつもの調子でそう言ったのだった。その内心を推し量ることは難しいが、そう考えることを許されるのなら、


「ありがたく、そうさせていただきます」

「うん。あ! そういえば、ろろちゃん、ユースリアのお魚、とっても美味しかったって! また遊びに行きたいね」

「帝国の一部になったのですから、いつでも遊びに行けますよ。よろしければ、取り寄せましょうか?」

「それじゃあ意味ないよ。あそこで食べるから美味しいんだもん」

「それもそうですね」

「今度はレイも連れて、みんなで砂浜で演奏会しようね」

「私もご一緒させていただけるのですか?」

「いちいち聞かなくても分かるでしょ?」


 ──どっちだろうか。


「あ、誰かさんは下見がてら、教団からお金を没収してきて」


 ついていってもいいということらしい。──いや、下見だけさせられるのかも。いやいやいや、そんなことより、後半の発言の方がより重要だ。


「いやしかし、あれはユースリアの貴重な財産で──」

「教団が国民にお金をばらまいて、支持を集めてからじゃ回収できないでしょ? 没収してきて」

「──手段はいかようにいたしましょうか」

「もう手は打ってあるの。受け取ってくるだけでいいから、早めによろしくね。誰かさん」


 また勝手に、と咎めるには、いささか、自分は力不足だ。とはいえ、嘆くばかりでは進めない。


「承知いたしました。マナ様」

「下見も忘れないでね」


 ──完全に忘れていた。


「はい。必ずや、成し遂げてまいります」

「あ、忘れてたでしょー。でも、軽くでいいよ。ふわって感じでね」


 そうして、ギルデルドは、再び、ユースリアの地へと向かったのだった。


***


 大量のジュラルミンケースを、城から連れてきた絨毯に乗せる。


「はい、確かに受け取りました」

「──一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

「ええ、答えられる範囲でなら」


 顔色をうかがいながら尋ねる新国王にそう返す。マナは受け取るだけでいいと、簡単なことのように言っていたが、まさか、新国王に出迎えられるとは思っていなかった。心の準備というものがあるので、そういうことは先に言ってほしいのだが、まあ、言ったところで直す気はないだろう。


「どうして、私が王に任命されたのでしょうか?」


 そう尋ねるのは、以前は近衛兵士の副団長だった男──マルドーセル・クラン・ラスカートだ。正直、自分は反対したのだが、それでマナの決定を覆せるはずはない。


「一時とはいえ、私は当時、王であったミハナ様を裏切り、その死を心より渇望し、自らの役目を放棄しました。自分勝手で、本当に、情けない」

「その自分勝手なところが良かったのだと思います。加えて、あなたは本当に強いお方だ。教団の勢力が拡大しても、あなたであれば武力で制圧できる。それに、団長の方はミハナ様を助けようとして命を落としていますから」

「しかし、生まれてこの方、剣以外握ったことがなくて──」


 そうして、マルドーセルの視線の先を追うと、ゴミ箱に大量の折れたペンが捨てられているのが見えた。力加減が分からないということらしい。


「それから、ミハナ様のご遺体が辱しめられるのを防ぐため、燃やしたのが貴方だと聞いております。その上、国民の感情も、教団の脅威も、よく分かっておいでです。何より、よい仲間たちがいるではありませんか」


 窓の外では、兵士たちが新たな王の盾となるため、訓練に励む姿が見える。彼らがマルドーセルを慕う、何よりの証拠だ。


「仲間には、本当に恵まれたと感じております。……それに、ダメな王だと思われたら、ミハナ様の二の舞になりかねませんしね」

「そうならないよう、お願いいたします。私としても、知人が亡くなるところは見たくないので」

「精一杯、務めさせていただきます。いつか、ギルデルド様とも、手合わせ願えますか?」

「えっ。あ、えーと、それは……」

「はっはっは! 冗談ですよ。見るからに、剣を振れる体には見えませんから。おおかた、剣の腕は引き継がれなかったのでしょう?」


 ──まさか、見抜かれていたとは。


 幼少の頃から剣を振っていたのは事実だが、それは、訓練するマナを見ていたかったからであり、別に剣自体に思い入れがあるわけではない。


 昔は、マナにカッコつけようと、努力したものだが、何しろ、相手がマナなのだ。彼女はあっという間に、自分の手の届かないところにいってしまった。


 今でこそ、目指すところが、剣神の父親と完全無欠のマナでは高すぎると気づけるが、昔はそんなこととも知らず、自分には才能がないのだと思い込み、剣を握らなかった時期もあった。


 榎下朱音が現れてからは、競うようにして訓練していたが、やはり、自分には才能がないのだと、今度は理解した。それからも訓練は続けたが、剣の神と呼ばれるほどには、どうやってもなれなかった。


 バサイにとどめをさしたときは、剣を使ったが、あれは瀕死だったので、どのみち、放っておいても死んでいただろう。今は亡き父への弔いに、剣でほふったが、それだけだ。


「……お恥ずかしい限りです」

「となると、クラゲベスを掃討してくださったのは──まさか、皇帝陛下ですか? これは、大きな借りができてしまいましたね……」

「いえ。陛下は肯定も否定もされませんでしたから。後から何か言われたとしても、知らないの一点張りで問題ないかと」


 自由に考えてくれていいと言ったのは彼女だ。あの場で自分がやったと言わなかったということは、見返りも感謝も求めてはいないのだろう。求められても、こちらもとぼけ返せばいい。


「それに、あのお店の魚が、たいそう気に入ったようでしたから。今すぐにどうこうとはならないかと……どうかされましたか?」


 呆けた顔で見つめてくるマルドーセルに、ギルデルドは自分の顔に何かついているだろうかと、少し不安になってくる。


「──やはり、あなたはすごいお方だ。皇帝陛下があなたを選ばれた理由もよく分かるというものです」

「私にはよく分かりませんが、お褒めの言葉、ありがたく頂戴します。申し訳ありません。これ以上長引くと、下見の時間が取れず、陛下にどやされそうなので、失礼いたします」

「ギルデルド様ならいつでも大歓迎です。どうぞまた、お越しください」




 城に戻ってから、マナに、「私の顔に何かついていますか?」と尋ねると、「間抜けな知らない顔がついてる」と返され、ギルデルドはしばらく落ち込んだ。

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