第6-8話 正直なトゲ
マナが去ってから、ミハナはトスカルというゲームをやっていた。ギルデルドもゲーム好きで、昼間、マナが眠ってしまったときに、こっそりやっていたりもする。
トカゲギステルス社が開発した、本格RPGであり、シリーズ化されるほどの人気作だ。異例の速さで進化したトンビニ社のハード、トント7が可能とした、バーチャル世界で自身のアバターを動かせる自由度の高いゲームである。グラフィックにおいては、現実顔負けというのはいささか、変な心地がするが、そう言っても差し支えがないくらい細部までこだわっており、人間の目ではドットを視認できないほどになめらかだ。アバターの動きもまるで現実さながらで、ユーザーが思った通りの行動が可能。課金なしでも遊び続けることができ、オンラインにも対応している。自分の町を作ることもできたり、戦争を起こすことができたり、合併して国を作れる。かと思えば、のんびり釣りをしたり、凄腕の裁縫職人になったり、空を自由に飛んだりもできる。目的は邪神の討伐だが、そこに至るまでのストーリーにもこだわりが見られ、シナリオ監修も有名なライターが担当しており──、
「また負けたのじゃ!」
そこは、主人公の炎耐性を最大限上げ、全体に炎耐性の魔法をかけさせ、回復役が死んだら即復活させるという対策をするべきだというのに、弱い回復役ばかり装備を重視したところで、そりゃあ、いつまで経っても勝てないだろう。
そう言いそうになるのを、ギルデルドは舌の根で堪える。余計な口出しはしないに尽きる。それがどれほど嫌なことか、知っているからだ。
「よし、もう一回じゃ!」
──しかし、ミハナはいつになったら国政を執り行うのだろうか。やはり幼いため、実権は別の者が握っているのだろうか。
とはいえ、国内では特に台頭している勢力もなさそうだが──。
すると、臣下の一人がこう言った。
「ミハナ様、そろそろ公務にお戻りになられてはいかがでしょうか」
「ん? 何を言うておるか。他国への貢物は先一週間分決めてあったはずじゃが?」
「貢物だけでは国政とは──」
「分かっておらぬのう。他国へ恩を売り、我が国の面倒を見てもらうのじゃ。現に帝国は、我らの土地に足りぬものを考え、森林を贈ってくれたじゃろ? 自国のことなど、我が考える必要はあるまい。皆で思いやれば、自ずと経済は回り、善政を築くことができ、国も豊かになる。そういうものじゃ」
──つまり、そういうことらしい。
要は、貢ぎ物にばかり尽力して、それだけやっていればいいと勘違いしているのだ。完全にアホの子だ。
自国のことなど、まるで顧みようともせず、いたずらに税金を浪費し、こうしてかまけてばかりいる。いかに王が偉いと言っても、このままのさばらせておけば、いずれ、国の方が立ち行かなくなる。
つまり、ミハナにあるのは、他者への思いやりだけなのだ。それも、見返り前提の。
やっと、今回、自分がここに残された理由がわかった。
──今日を含めて三日で、ミハナにこれを気づかせるのが、自分の役割というわけだ。それがいかに困難であるかは、想像に難くない。
「また負けたのじゃー!!」
他者の意見に耳を傾けない限り、自ら欠点に気づくことは難しいのだから。
***
あっという間に、一日が過ぎてしまった。奇跡的に外出許可が下り、ミハナと城下町を歩くことにした。ミハナも許可が下りるとは思っていなかったらしく、たいそう喜んでいた。
──まあ、おそらくというか、確実に、自分の後ろにいるマナの影を恐れての判断だ。
「何をするのじゃ!? 焼き鳥を食うのか? ソフトクリームを食うのか? タピオカを飲むのか!?」
「タピオカはもう流行っておりません」
「なぬ!? そ、そうなのか。なぜじゃ、あんなにも美味じゃというに……」
「それよりも、国民の皆さんにご挨拶してはいかがでしょうか。こうして直接、お話しする機会もそうそう得られるものではありません」
「それもそうじゃな! 話しかけてみよう!」
そうして、ミハナは意気揚々と近くの老人に話しかける。
「我はミハナ様じゃ! こうして話しかけられたこと、感謝するがよい!」
「──ハッ。なーにが感謝だ! お前のせいで、こっちは滅茶苦茶だ!」
老人はそう言って、険しい顔でミハナを睨み付けると、その場を去っていった。この場にギルデルドがいなければ、死罪になっていたかもしれない。いや、どのみち後で不敬罪に問われるのかもしれないが。
「そ、そういう輩もおろう! あっちの優しそうなお姉さんに話しかけてみるのじゃ。そこのそち! 我はミハナ様──」
「話しかけないでください、王様」
そう言って高校生くらいの女の子は、ミハナが動かないのを見ると、その場を離れた。
その後、ミハナは根気強く色々な人に当たっていったが、誰もかれも同じような反応で、人なつこく話しかけるミハナに対して、皆、すげない対応を返している。
「もしかして、我、嫌われておるのかのう……?」
「嫌われておられるのでしょうね」
「ハアー……」
ミハナはため息をつきながら、柵に腕を投げ出して水路を眺め、ソフトクリームを食べる。お札一枚と引き換えに得た、高級ソフトクリームであり、当然、魔法を使わず栽培している果物が使われていると思ったのだが、
「マジーのう……。イチゴの味がせぬ」
甘味料で味つけがされたものだった。蜂歌祭以来、野菜や果物の味は変化した。ビールや酒類も、味が変わった。
「うちの陛下がご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「そんなことは雨露ほども思っておらぬわ。誰のせいと責めるつもりは毛頭ない。ただ、マジーもんはマジーのじゃ」
「……そう言っていただけると、陛下も救われます」
蜂歌祭で歌えなかったことを、マナはたいそう気に病み、あれ以来、歌うことすらできなくなってしまったほどだ。
あの歌声を聞きたいと願うものは多いが、今は、先の砂浜で歌ったように、音階を踏むのが精一杯。それでも十分以上に愛らしいが、やはり、全盛期には遠く及ばない。
「そうかそうか。それはよかった! 我は人を喜ばせるのが大好きじゃからのう」
「ご自身のことは考えないのですか?」
「うん? どういうことじゃ?」
「たとえば、現在、トント7に割かれているお時間を、少しでも、勉学や運動、国政に当てようとはなさらないのですか?」
「必要あるまい。今が楽しければそれでよいのじゃ」
「──その結果、ご自身の命が失われることになったとしても?」
「なぬ!? そ、そうじゃった、明日までにマナ様の怒りの原因を考えねばならぬのじゃったー! むむむ、一体、なんじゃろうか……」
「ひとまず、ミハナ陛下が嫌われていらっしゃることは分かりましたね。それがヒントになるのではないでしょうか」
「なるほどのう。……改めて言われると、グサッとくるのう」
おっと、気遣いが足りなかったらしい。
「臣下の方々なら、何か知っていらっしゃるかもしれません」
「おー! それじゃ! お主、よい働きをするのう!」
「ありがとうございます」
「では、行くとしようかのう!
ギルデルドは魔法の絨毯を取り出し、ミハナを乗せて城まで運ぶ。仕方のないことだが、絨毯が当たり前に出てくると思っているようでは、国民から嫌われるのも致し方ない。空飛ぶ絨毯一つで、家が買えるほどの値段がするのだから。
***
そうして、城へと戻ると、ミハナは臣下たちにこう聞いて回った。
「お主は我が嫌いか!?」
「──いえ。滅相もございません」
──そりゃ、そう答えるだろう。
「ふふん。城の者には嫌われておらぬようじゃな。よしよし」
「気を使われたのではありませんか?」
「なぬ!? そ、そういうことじゃったか……難しいのう」
──そう考えると、先ほどの国民方はいやに素直だったような。
「もうめんどくちゃいのじゃ。そち、代わりに聞いてたもう」
「アハハ。嫌です」
「嫌です!? ──さてはお主、我のこと嫌いじゃな!?」
「いえ。嫌いではありませんよ」
ただ、自由にトントで遊べるのが羨ましすぎて、妬ましいというだけだ。完全な私怨だ。
「うむ……。まあよい。今日は頑張ったので、ゲーム三昧じゃ!」
「期限は明日までと設けられておりますが?」
「なんとかなるのじゃ」
そう言って、ミハナはトントの電源を入れると、ごろんと腹這いになり、トスカルを起動させた。
「お菓子とジュースを持ってきとくれー」
「はい、只今」
臣下たちをこき使い、ゲーム機で両手が塞がっているからと、口にお菓子を入れさせ、何度も負けを繰り返していた。
ギルデルドは臣下に断って、見張りを一人つけてもらい、城内を詮索することにした。あのままでは、本当に命を落としかねない。
そして、適当なところまで歩いたところで、見張りに話しかける。
「ミハナ様がああしている間、国政はどのようにして行われているのでしょうか?」
「……少々お待ちいただけますか? 確認を取りたいので」
ただの召し使いであるとはいえ、皇帝のお付きとなれば話は別だ。何をきっかけにマナがこの国を切り捨てるか分からない。となれば、他国には決して明かさぬようなことであっても、尋ねられた以上、できる限り答えるしかない。王があれでは、特に。
「どうぞ、こちらへ」
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