第6-7話 ユースリア王国

 翌日。桃髪の彼女はロロと一緒に遊んでいた。


「どう? この庭園、気に入った?」

「ん! きれー!」

「よかった」


 ──指が鳴った。また一人、誰かが処刑された証拠だ。


 しかし、どんなことにも慣れてしまうもので、昔ほどは心が痛まなくなった。それがいいこととは思わないが。とにかく今は、処刑されたこととは無関係に、ギルデルドは内心、ひやひやしていた。


 ──というのも、ユースリアから、また贈り物が届いたのだ。それも、今度は、もらったばかりの森林を生かしたと思われる、丸太のログハウスが百を超えるほど。これでも、かなり抑えたと思われるのが、そら恐ろしいところだが。


 とはいえ、さすがに隠してはおけない。だが、隠しておかないと、無礼討ちでユースリアが滅びかねない。陛下の手紙を無視した国王の自業自得と言ってしまえばそれまでだが、贈り物をしていただけでそれは、あまりにも不憫だ。


「ろろちゃんって、私がいないときは何してるの?」

「んとね、お料理教えてもらったり、お掃除教えてもらったり、お洗濯教えてもらったりしてる」

「……ろろちゃん、お嫁に行くの?」

「お嫁? ロロ、まだ八歳だよ」

「そっか、ろろちゃん、まだ八歳なんだ。可愛いね。チョコ食べる?」

「ん! 食べたい!」


 チョコと聞いて、ロロは目の色を変える。その変化にマナは笑みを浮かべつつ、ロロの口にチョコを近づけていっては、食べる直前で遠ざけて、を繰り返して遊んでいた。


 ともあれ、いつまでも言わないわけにはいかないし、言わなければ自分の首が飛ぶかもしれない。何より、マナには隠し事をしないよう、仰せつかっている。となれば、早く言うに越したことはないのだろうが──。


「それで、誰かさんは、さっきから何を隠してるの?」


 ロロの手が届くか届かないか、ギリギリのところでチョコレートを保持するマナが尋ねる。向こうから尋ねられてしまった時点で遅いかもしれないが、今、言うより他にない。


「……実は、ユースリア王国から贈り物が届いておりまして」

「えー!! 馬鹿なの!? それか、文字読めないの!?」

「チョコー」


 ひとまず、ロロのおかげで急な沸騰は抑えられたようだ。


「もうっ……。それで? 何が届いたの?」

「ログハウスが百四十八と、書状の返信が」

「うええ……!? ……それで、書状にはなんて書いてあるの?」

「マナ様のご厚情に感謝する旨が大半と、最後に、──お気遣い痛み入ります。しかし、私が好きでやっていることなので、どうぞ、お受け取りください──と」

「はあー? ……もういい。私、直接言ってくる」


 ロロの口にチョコを入れ、膝から降ろすと、マナは立ち上がる。


「お待ちください。マナ様のご意向を無視したとはいえ、ユースリアの王は贈り物をしていただけです。どうか、ご寛大な判断を」

「んー、そこはいいんだよね」

「──では、何にお怒りなのですか?」

「え、本当に分からないの?」

「は、はい……」

「んー、よし。じゃーあ、誰かさん、ろろちゃん。三人で行こっか」

「はい。……はい?」


 ロロは机の上に乗り出して、チョコレートで手や顔中をべたべたにしていた。


***


 ユースリア王国。海に囲まれた小さな島国で、島全体が白い砂でできている。この砂には魔力が宿っており、踏むと光って音が鳴る。


「ドーレーミー」

「どーれーみー」


 マナ・クレイアに姿を変えたマナが、音階を歌いながら砂浜を歩くと、その後をロロがついていく。砂も音を奏で、歩みに合わせて光を放つ。微笑ましい光景だが、不法入国だ。帝国の身勝手を許すな、と思わない国などないだろうが、残念ながら、そんなことを言って生き延びられる国はなく、皇帝である彼女の行動に至っては、抑止すらままならない。


「はーにーほー」

「はーにーほー? って、何?」

「あかねが日本語だとそう言うんだよって言ってたの。本当かどうかは知らないけど」

「あかね?」

「うん。私の、とーっても大切な人だよ」

「へー! ロロも会いたい!」


 ギルデルドにマナの表情を確認することはできなかった。


 ──榎下朱音が心中を図って自殺したというのは有名な話だ。それと同時に、彼が本当の勇者でないという噂が流れ始めた。魔王を殺害ではなく封印したことから、それが事実であるとメディアは騒ぎ立て、偽物であると、世界中で語られた。


 勇者の基準は分からないが、彼が魔王を倒したことや、幼い魔王を封印し、戦争を終結させたことは事実だ。何より、マナを守ってくれた、そのありがたさを、ギルデルドは知っている。自分には、とても真似できそうもないと、己を恥じ、彼を尊敬し、そして、妬んでいる。


 朱音がマナに心中を持ちかけることなど、ありえないと知っているから。


「……うん。私も会いたい」

「会えないの?」

「うん。そうだね。お空の上の、遠いところに行っちゃったから」

「そーなんだ」


 マナが遠回しな表現を選んだのは、なぜだろうと、ギルデルドは疑問に思った。ロロはこう見えても、大量殺戮を行った殺人鬼であり、そこを誤魔化す必要はないと思うのだが。


「ろろちゃん、お城に行きたい? それとも、ここで遊びたい?」

「お城! おーきい?」

「うん。とっても大きいよ。私たちの住んでるところに比べたら、小さいけどね」

「マナちゃんのお城、広すぎて疲れる」

「ふふっ。私もそう思う。でも、大きいと、凄いなあって思うでしょ?」

「ん! 最初だけそー思った!」

「正直でよろしい。可愛いね、ろろちゃんは」


 マナに頭を撫でられて、ロロははにかんだ笑みを浮かべる。──マナは絶えず笑顔を浮かべている。朱音が死んでからずっと。きっと、彼女の中では、あの瞬間から、時が止まったままなのだろう。


 一番混乱しているはずの彼女を気遣うことを、誰もが忘れ。彼女ならなんとかしてくれると、甘えて縋り。自分たちでなんとかしようとは一切せず。


 そうして彼女は、壊れた。混乱を収める必要があったとはいえ、一番心の支えが必要なときに、片時でも彼女の側を離れた自分自身を、今日まで責めなかった日はない。


「じゃあ、お城に行こうか!」

「ん! 行こー!」

「誰かさんも、早く早く!」

「──はい、只今」


 だから、彼女が離してくれない以上に、ギルデルドは彼女の側を離れることを恐れていた。


 そして、それ以上に、彼女の側で仕えることに喜びを感じてもいた。


***


 急に城を訪ねるなど、無礼でしかないが、彼女だから許されている暴挙だ。それに対する、国王の反応は、


「おー! 皇帝陛下、自らお越しいただけるとは! 感激じゃ!」


 と、この喜びようである。ユースリア王国国王、ミハナは、継承権に従い、幼くして即位した人物だ。ギルデルドが勝手に抱いているイメージでは、天真爛漫、思い立ったら即行動、そして、贈り物好きといった感じだ。


「ミハナちゃん、久しぶり。即位したとき以来だね?」

「おー、そーじゃのー! 元気にしておったか? 我はそちに会いとうて仕方なかったのじゃ!」

「そうなんだ。じゃあ、なんで私がここに来たか、分かる?」

「先日の贈り物の件か? 気に入らんかったか?」

「そういうわけじゃないけど、私、とっても怒ってるの」


 ミハナの家来たちが警戒を強める。マナの前に警戒など無駄だと理解していても、それが場を弛緩させる理由にはならない。


「なぬ!? わ、我が何をしでかしたというのじゃ……!?」

「本当はね、殺しちゃおうと思ってたの」

「陛下。おたわむれが過ぎます」

「そう? ごめんね。でも、事実だから」


 小国とはいえ、一国の王に向かって殺害を計画していた事実を暴露するのがどういうことか、分かっているのだろうか。そうでなくても、殺す、などと、目の前の相手に面と向かって言っていいことではない。


「それは、殺すのをやめたということか?」

「うん。そうだよ。今はね」

「なぬう!? あの、快楽殺人マシーンみたいなそちが、殺すのをやめたと、そう申したのか!?」

「そんな風に思ってたんだあ。もらったログハウス全部燃やしちゃおうかな?」

「なあああ!? わ、我が悪かったのじゃ! 謝る、この通りじゃ! じゃから、許してくれえええ……!!」


 マナにこんなことを言えるのは、ある意味すごいかもしれない。マナがこの島を侵略しない理由の一端が見える。


「しょうがないなあ」

「許してくれるのか!?」

「三日、待ってあげる」

「三日?」

「うん。この赤い髪の人を貸してあげるから、何が悪かったか、反省文にして三日目の日付が変わるまでに渡して。内容次第では許してあげる」

「は、反省文?」

「うん。じゃあ、誰かさん。私はろろちゃんと遊んでるから、ミハナちゃんの面倒見てあげて」

「帝国の管理はいかがいたしますか?」

「レイに任せておけばいいでしょ?」

「──承知いたしました。少しお時間をいただきたいのですが」

「分かった。それまでここで待ってるね」

「ありがとうございます」


 そうして、瞬間移動を繰り返してノアに戻り、裸で塩漬けにされているレイを救出し、事情を話す。物分りのいい彼女はもちろん、すぐに事態を把握して、動き始めた。


 ついでに、今回の件についての答えを尋ねようかとも思ったが、それは卑怯な気がしたし、何より、こんなことでさえも頼るのは、あまりにも酷だと感じたため、やめておいた。

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