第6-6話 サンキューキル

「ねえ、誰かさん。今日は何をしたらいいと思う?」

「そうですね。たまには、レイ様とお二人で、お茶会など開かれてはいかがでしょうか?」

「レイと? うーん……うん、それはいいかも!」


 城内を歩き回り、レイの姿を探すが、なかなか見つからない。


「あれ? レイはどこ?」

「……地下にいらっしゃるかと」

「地下? なんでそんなところに?」

「マナ様。彼女は私が連れてきます。少々、こちらでお待ちいただけますか?」

「うん。早く戻ってきてね」


 そう言って、私は彼に抱きつく。一人になる前には、こうしてしっかりと人の温もりを感じておかないと、寂しくて寂しくて、堪らなくなってしまう。


「はい。すぐに戻って参ります」


 その温もりに思いを馳せながら、私は気を紛らわすため、茶会の用意に取りかかった。


***


 赤髪の青年──ギルデルド・マッドスタは、地下へと続く最短ルートを全力で駆け抜けていた。


 今の不安定な彼女を一人きりにすると、何が起こるか分からない。数年前、同じような状況におかれた際、大量殺戮を起こし、町を一つ、滅ぼしたことがある。


 なぜそんなことをしたのかと尋ねると、彼女は大変に可愛らしい笑顔で、「血液や内臓が温かいから」と言った。


 制御不能な程の、寂しい、という感情に苛まれ、人を捕まえて体を裂き、そこに触れて、温もりを感じる。──正直、その思考が自分にも理解できるとは思えないが、事実としてそれは起こり得ることなのだ。


「レイ様!」


 この城の地下には、牢獄と拷問部屋しかない。そして、彼女、レイ・クラン・ウィリアーナは、後者に入れられていた。


 天井から吊るした縄を首にかけられ、手足を拘束された上、魔法を封じられている。つま先立ちをしていないと首が締まる、ギリギリの長さにまで縄は短く保たれていた。


「ギル、デルド……」

「今、拘束を解きます」

「ありがとう──」

「……いえ。感謝される謂れはありません」


 ──三日間。彼女はこの状態でここに吊るされていた。レイでなければ、体力か精神が尽きて、とっくに死んでいるところだ。


 ただ、先の通り、マナを一人にするわけにはいかず、ギルデルドは彼女に付きっきりになっていた。睡眠時にすら、席を立てない。彼女は気配に敏感で、立ち去ろうとしても、ここで寝るようにと、引き留められてしまう。


 そうして、少しでも気をそらせば、勘づかれ、疑われ、機嫌を損ねる。その八つ当たりが使用人たちに向けられるため、下手に助けにも来られない。


 食事や排泄の世話は使用人が行っていたようだが、マナの目を盗み、命懸けで行っているため、十分ではない。下手に拘束を外せば、彼女の逆鱗に触れる可能性もある。


 その上、こんな風に、自分で拘束したことを、すっかり忘れていることも、ままあった。


「はあ、はあ……水を……」

「どうぞ、こちらを」


 拘束を解き、魔法が使えるようになれば、衛生面は解決できる。ただ、三日間の拘束で落ちた体力や、不足した水分をすぐに取り戻すことはできない。


「それで、姫様は、なんと?」

「二人でお茶会をと。……今のレイ様に、このようなことをお願いするのは、忍びないのですが」

「──心配には及ばない。すぐに向かう」


 それでも、レイはマナに名前を覚えられている、数少ない人物の一人だ。そして、マナに殺されない唯一の人物でもある。マナの機嫌を損ねれば、十中八九、その場で処刑される。しかし、レイだけは拷問という形を取られている。決して、よい待遇とは言えないが、そこには埋めがたい大きな差があるとギルデルドは感じていた。


 地下を出て、マナの元へと向かえば、すでに、茶会の用意がされていた。


「姫様、ご自分でご用意なされたのですか?」

「うん、そうなの! どう、嬉しい?」

「はい。大変嬉しく思います」

「えへへ」


 レイが頭を撫でると、マナは子どものように無邪気に笑い、それから、二つ用意した椅子の片方にレイを座らせると、わざわざ、その膝の上に座る。


「あらあら、姫様。甘えたがりですね」

「甘えちゃ、ダメ?」

「いえ、どれだけ甘えてくださっても構いませんよ」

「えへへ。──レイ、温かいね」

「そうですね」


 レイのやつれた顔に、マナは気づかない。このまま、理不尽な扱いを続けていれば、レイはいつか必ず、死に至る。


 だが、それでも、ダメなことをダメだと叱るのが、レイという女性なのだ。彼女は決して、マナのご機嫌取りなどしない。それ故、拷問にかけられる。


 それでも彼女はまだ、以前のマナに期待し、何より心の底から、マナを信じているのだろう。


 その高潔な在り方は、ギルデルドには決して、真似できないものだと、常々思い知らされていた。


「すぅ──」

「あら、お休みになられてしまいましたか?」

「本日も魔法を酷使されていましたから、お疲れになられていたのでしょう。すぐに寝室をご用意します。どうぞ、そのままマナ様を連れて、レイ様もご一緒に、お休みになられてください。国政は他の者たちで回しております。今のところ、どこの国にも目立った動きはありません」

「ありがとう。──それで、今日、姫様は何人殺した?」

「……三十九人です」

「そうか──」


 レイはため息をつき、すやすやと眠るマナの頬を、少し強めに引っ張る。


「んー……」

「無闇に人を殺してはなりませんよ、姫様」

「──起きられる前に参りましょうか」

「ああ」


 レイ・クラン・ウィリアーナ。ルスファ大陸の中心であり、かつての学園都市──現在のノア王国の国王に指名され、クランの称号を与えられた彼女は、マナと居城を共にしながらも、この五年、優秀な部下の力を借りてなんとか耐え抜いていた。


 そして、ギルデルド・マッドスタ。──名前すら忘れられたが、マナの逆鱗に触れないことで、今日まで彼女の側近を務めている。


 帝国メリーテルツェット──血の帝国と呼ばれるこの国の皇帝による被害を、なんとか最小限に抑えようと、二人は苦心していた。


***


「ユースリアの国王から、贈り物が届いております」

「えー、またあ?」

「前回は指輪、前々回はネックレス、その前は髪留め、その前は確か──」

「宝石のオブジェ。あのキラキラした木のやつでしょ?」

「よく覚えておいでですね」

「そう簡単に忘れないよ」


 そう返すと、赤髪の彼は複雑そうな表情を浮かべた。何かおかしなことを言っただろうか。


「お返しはどうされますか?」

「えー、お返しいる?」

「毎回贈っていただくばかりでは、さすがに失礼ではありませんか?」

「そうだけどー。んー、あそこの国、確か、森林が足りないんだよね?」

「はい。典型的な森林不足の国だったかと存じております」

「じゃあ、森、あげる」

「マナ様、それはいかがなものかと──」

「ハルシアス大森林の権利書と一緒に、手紙を送っておいて」

「……書状ですね。なんとお書きしましょう?」

「もう二度と、贈り物をしてこないで」

「マナ様、それは──」

「分かった?」

「……はい。承りました」


 そうして紅茶のカップを回して香りを楽しみ、宝石のような、色とりどりのフルーツを頬ばった。

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