第6-4話 どうして?

 点在する教会の一つ。その中にロロの妹は捕らえられている。


 そして、私たちは今、その教会が見える位置で、コソコソしていた。魔力探知を使っても、魔法が使えない妹の正確な居場所までは分からない。


 ただ、教団は地下室に魔法陣を描いているらしく、そこに彼女がいるであろうことは容易に想像がつく。


「ロロちゃんの妹ちゃんのお名前は?」

「ピピちゃん」

「ピピちゃんって言うの、素敵な名前だね」

「そー? 変な名前としか思わないけど?」

「可愛いよ! とっても可愛い! ろろちゃんと同じくらい可愛い!」

「そ、そー……?」

「うん! そうだよ!」


 正直、名前に対して感情など抱かない。あの忌まわしき、主神マナの名前以外は、全部一緒に聞こえる。


「それで、いつ乗り込むの?」

「その前に、お約束。一つだけ、守ってほしいの」

「一つでいーの?」

「うん。一つ。とっても大事な一つ。守ってくれる?」

「いーよ」

「うん、ごめんね。──この先、何があっても、私が言うこと以外は、全部、気にしないこと。私の言葉が絶対。私だけを信じて。分かった?」

「ん、分かった」

「いい子いい子」


 そうして頭を撫でると、ロロは照れたように顔を背けた。洗脳完了だ。


「それじゃあ、行こう?」

「ん」


 手を差し出すと、ロロは素直に繋いでくれた。その小さな感触を離さないようにして進み、中に入る。これは、彼女の実力を試すための初陣でもあるのだ。


 だから、口出しは極力しない。


「どこにいるんだろ……」

「大丈夫。私がついてるから」

「うん……」


 ロロの握る手に少し力が入った。私はそれを握り返す。


「あっちかな、こっちかな……」


 キョロキョロと不安そうに辺りを見渡しながらも、私の手を引いて、扉を開けて中を確認していく。


「ねー、マナちゃんはどー思う?」

「教団は、ろろちゃんが集めたゾンビを使って、大きな魔法を行使しようとしてるんじゃないかな」

「大きな魔法……もし、大きな魔法陣がいるとしたら、広い場所が必要。つまり、こんな狭いとこじゃなくて、もっと何もないとこに集まってるはず」


 ロロはそう推理すると、一度、教会の外に出て、外観を見る。上の階はなさそうだと判断したようだ。


「地下か何か、あるのかな」

「探してみよっか」


 気配を辿る限り、今のところ、ピピに変化はないようだが、ロロに急いでもらわないと、それもいつまで続くか分からない。


 ロロは気に入ったが、ピピまで気に入るとは限らない。だから、助ける義理はない。だが、ピピを助けるとロロが喜びそうなので、何か起こる直前で助ける気ではいる。今のところは。


「あ、ここ、隠し扉になってる!」


 ロロがベッドの下を覗き、指を指す。やっと、探し当てたようだ。


「さすがろろちゃん、いい子いい子」


 そうして、手を伸ばすと、ロロが水色の頭を差し出してきた。可愛い。


 ──そのとき、握っていた妹の気配が、激しく揺れた。ピピに何かあったのだろう。


「ろろちゃん、急ごう」

「ん、じゃあ、ベッドをどかして……ふーっ! んはっ、全然、動かない……」


 見ると、足が床に固定されていて、そこに鍵穴のようなものが見えた。鍵を探している時間はない。


「ろろちゃん、ちょっと離れてて」

「ん……」


 試しに、風の刃で切り裂こうと試みるが──弾かれた。


「魔法が効かない……!? ど、どうしよう、マナちゃん……」

「んー、まあ、時間もないから、強硬突破しよっか。今回は特別ってことで」


 作戦変更だ。私はロロに背中に乗るよう指示する。


「ろろちゃん、しっかり掴まっててね」

「んっ!」


 肩を少し回して、拳を思いきり床めがけて振り下ろす。すると、床が割れ、その衝撃が地下にも伝わり、魔法陣を描いていた床も割れた。一石二鳥だ。


 そこから飛び降りて、見渡し──、ピピちゃんらしき、青髪の少女を発見した。


「ろろちゃんはぴぴちゃんをお願い」

「ん!」


 ロロの動きに対応しようとする教団を、内側から氷で突き破り、四散させる。それに気づいた教団が、揃って動きを止める。まあ、氷の四散は自己紹介のようなものだ。


「初めまして。私は榎下愛。みんなは正教会の人かな?」

「──おお、マナ様!」


 話しかけてきた無礼者を四散させる。いやしい笑みだった。私を崇めるフリをして、この場を許してもらおうと命乞いをする、下劣で卑賎ひせん矮小わいしょうな小者だ。


「質問にはちゃんと答えようね。あなたたち、正教会の人かな?」

「だ、だったらなんだ! お前は、私たちを見捨てたんだ! この、偽物め!」


 私を非難する声が膨らんでいく。こうなることは予想していた。だから、これを聞いたロロが、答えを見失うのを恐れて、私は彼女の心を縛りつけた。


 彼らの言い分は正しい。だが、私が彼らにそうまで言われるほどの何をしたというのか。そもそも、身勝手に信じて縋ってきたのは、そちらだというのに。


 ──まあ、本当に身勝手なのは、私なんだけど。


 あまりにも静かな私を見て、教団は罵声の勢いを弱めていく。


「ごめんね、みんな。──でも、それと今回のこととは関係ないよね?」

「それがどうした! どうせお前も、榎下朱音に──」


 四散する。なんと言葉を続けるつもりだったのかは知らない。だが、良いことを言うつもりがなかったことは分かる。


「彼を悪く言わないで。私は何を言われてもいい。……でも、あの人のことを悪く言うのは、やめて」

「お前も、あいつが偽物の勇者だと知っていたんだろう!」


 四散する。知っていた。だが、偽物という言い方は良くない。事実だけど。


「彼は確かに、偽物だった。──でもね。その分、一番頑張ってた。頑張って、努力して、なんとか、力を手に入れようとして、それでも、届かなかった。それだけなの」

「やっぱり偽物なんじゃない! 私たちを騙して!」


 四散する。一体、何を聞いていたのだろうか。脳が死んでいたのだろうか。


「何がダメなの? あの人は、ちゃんと、魔王を倒したよ? それに、その次の魔王だって、封印したでしょ?」

「何をしたかなんて関係ない! そいつが嘘をついて」


 四散する。


「どうして? どうして、誰もあの人に、頑張ったねって、ありがとうって、伝えてあげないの?」

「思ってもないのに言え」


 四散。四散。四散。四散。四散。四散。四散。──。


「じゃあ、魔王を殺さなければ良かった? 封印せずに、ルスファを全部、魔族にとられちゃえば良かったの? 勇者が何か、どうして偽物なのか、ちゃんと、知らないくせに」


 ──その言葉を伝える相手は、一人たりとも残っていなかった。

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