第4-12話 犯人

 氷像の契約を破棄したのを確認して、私は口を開く。


「正直、あなたの魔王としての功績を考慮すると、蜂起が押さえられる確率はかなり低いです。こんなことなら、もっと前から対策しておくべきでした。説明を先延ばしにしたのも、あまり良い策とは言えません。私の力があっても確実とは言えませんが、それでもいいですよね?」

「ああ、構わぬ。やれる限りのことをやらせてくれ」

「ではまず、以前から、こうなることを知っていたということにしてください」

「……それは、嘘をつけということか? 嘘が露見したらどうする?」

「混乱が収まってからであればたいした騒ぎにはなりません。そうですね、他の権力者への説明は、霊解放の際、時計塔の記述により情報を得たことにしましょう。れなさんはともかく、エトスには辻褄を合わせるよう、書状を送ってください」


 今回の件は、人間の側には直接の被害がない。労働力に関しても、元々、人間の土地には魔族が少ない。ただ、魔族の社員が体調不良でそろって二日会社を休んだというのはどこも同じだ。


 そして、エトスはこの二日、黙秘の姿勢を貫いている。つまり、遠回しに魔王への説明を求めているわけだ。


 この約半年の間に、エトスの言葉はさらに高い信憑性を持つようになった。エトスが発する言葉は、少なくとも国民たちには、すべて真実だと思われている。まあ、間違いなく、ばか正直に真実だけを述べているのだが。


「ただ辻褄を合わせろ、というのでは、エトスが納得しない可能性が高いので、エトスには以前から認知していた、とだけ説明してください」

「また嘘か──」

「これは嘘ではありません。いつか、こうなるかもしれないということは、知っていたではありませんか。それを認知しながらも放置していたのですよね? エトスも同じです。国王となったわけですから、そのくらいは知っていたはずですよ」


 魔王は口をつむぐ。エトスの協力さえ得られれば、これで混乱は収まる。そうして、元魔族たちの怒りの矛先が人間ではなく、ルスファという国自体へと向くことになる。そうすれば、ひとまず、無用な戦争は避けられるだろう。


「決して安易に、いつか元に戻る、とか、直す方法を探している、とは言わないように。絶対ですよ。それから、元に戻すことは不可能だとも、言い切らないようにしてください」

「それって、言っちゃったらどうなるの?」


 あかねが面白がって首を突っ込んでくる。


「今後一切、魔王を名乗れなくなると思ってください。あなたには説明など不要だとは思いますが、あかねに聞かれたので説明します。前者を言えば、解決法の見つからないまま、信頼を落とし続け、最終的に、いかなる解決法も存在しないとなった際には、見せしめに首をさらされるとでも思ってください。後者は、戦争を煽っているのと同じです。被害があなた一人で済めばいいですが、最悪、あなたの血縁に及ぶ可能性もあります。その場合、より多くの血が流れることになりますよ」

「では、何を説明すればいい?」

「人間と魔族の違いについて、事細かに説明してください。今、元魔族の方々を覆っているのは、人間という、まったく別の生物になってしまったこと、その原因が分からないこと、それから、血を穢されたこと。この三つから湧いてくる、不安と怒りです。そして、今対応すべきなのは、前者の二つです。説明した後で、もし反応が良ければ、まあ、この血が魔族でなくなろうとも、魔族としての誇りがある限り、我々は魔族であり続ける、とでも言ってください。この辺りの精神論はあなたの得意分野でしょうから、任せます」

「仮に、今後の対応について聞かれた場合はどうする?」


 ──はあ。それくらい自分で考えてよ。まあ、協力するって言ったから、協力するけど。


「何を聞かれても、検討中だと答えてください。先ほども申し上げましたが、決して、元に戻す方法を探しているとは言わないように。それから、今回の説明は早めに切り上げるようにしてください。国民の方々も頭が冷えきっていないでしょうから、ひとまず、相対する人間という生物が、決して恐ろしいものではないことを伝え、時間をおいて考えさせるようにしてください。ただし、人間は弱いから攻めこんでも大丈夫、などとは思われないよう、気をつけてくださいね。かと言って、人間になったことにより、魔族が弱くなっているということも、前面には押し出さないように」

「そこまで説明されずとも、分かっている」

「……検討中って、便利な言葉ね」


 まなが嫌悪を示す。とはいえ、今の段階で、このポンコツ魔王が何か言ったところで、効果があるとは思えない。嘘も下手そうなので、何も言わせないのが一番だ。


「あなたの強みは、魔族に害をなす人間を片っ端から処刑してきたことによる、魔族への深い愛情と、人間に対する容赦のなさ、この二点に対する信頼だけです。本当に人間に非がある場合、あなたは躊躇いなく戦争を起こすだろうと思われていることでしょう。魔族のことを第一に考えているという信頼もあります。となれば、多くを語らずとも、勝手に脳内や報道内で補完してくれることでしょう」

「そ、そうなのか……。ちなみに、お前が魔王だとしたら、どう対応する?」


 この程度のことで困惑する魔王に、ため息をつきつつも、私は答える。


「私が魔王であったなら、戦争を起こすつもりはないということを、最初に明言します。その後で、今回の件がどういった経緯で起こったものなのか、事細かに説明し、氷像を盗んだ犯人に感情が向くよう誘導します。もちろん、まなさんの名前は伏せますが。それから、戦争の愚かさを訴え、しばらくこのまま過ごしてみましょうと投げかけ、最後に、私がついているから大丈夫だ、ということを知らしめて終わりです」

「余も、その方が良いのではないか?」


 いや、あなたには無理。


「あなたの場合、経緯と氷像に関して説明した段階で、氷像の管理の杜撰さが露見し、説明義務を放棄したことによる不満は高まり、犯人をいまだ見つけられていないことに対する不信感が募り、結果、国民に葬られることになるでしょう。先の話は、私が十分、信頼されており、無条件に愛される星の元に生まれたからこそできることなんです。そもそも、初日の時点でこの説明をしていないのですから、国民の感情を抑えることはほぼ不可能でしょうね。今はただ、認知していながらも隠していたこと、説明が遅れたこと、それから、いまだ、具体的な天望が提示できないことを、誠意を込めて謝ってください。それしかできないんですから」

「……一つ、良いか?」


 遠慮がちに聞いてくる魔王に、私は首をかしげる。


「お前が、魔王になるというのは、どうだ? 今や、世界に魔族などほとんど存在せぬ。その上、貴様は養子であり人間だが、元より、魔族の間でも非常に評判がよい。養子でもあるため、この混乱に乗じて即位すれば、素早く、平和的な解決ができると思うのだが?」


 ──もちろん、それが一番早いことは分かっている。確実に争いを避けたいのなら、方法はそれしかないと。魔王を逃がしてやるしかないのだと。


 魔王になることは、人間に対する裏切りではないかと、そう言われてもおかしくはない。魔族にとっても、人間を魔王にするなど、魔族に対する冒涜だと思われてもおかしくはない。──本来ならば。


 だが、内戦を防ぐためとなれば、間違いなく、国民は私を許し、あまつさえ、祝福するだろう。それは、私だからそうなるのであって、他の人が同じことをやっても、同じように祝福されるわけではない。


 そもそも、人間である私が魔王になることを、他でもない魔王に推奨される時点でおかしな話だ。まあ、世界はそういう風にできているのだから、仕方がないのだが。


 ただ、


「──それはできません。もう、大切な人たちを巻き込みたくないんです」


 まなの後ろで腹を擦り、あかねを横目で見た後でまなに、ぎゅっと抱きつく。


 一歩間違えば、粛清される。それに、魔王となった暁には、魔族に害をなす者を、すべて処刑する義務が生じる。魔王というのは、代々、血も涙もないキャラクターであり、即位するのが私であったとしても、それを変えてしまうのは良くない。時代が変われば考え方も変わるだろうが、今、急に変えれば、国民がいたずらに戸惑うことになる。私は別に構わないが、それでも私について来ようとする健気な国民を振り回すのは、忍びない。そして、何より、この手を汚したいとは、決して思わない。


「……この演説で、蜂起を防ぐことができる確率はいかほどだ」


 演説、なんて、そんなにいいものじゃない。私でもこの程度しか思いつかないのだから、すでに詰んでいる。


「エトスが協力する確率が半分、エトスの協力があって、元魔族たちが信じる確率が六割、エトスなしであなたの演説に心が動かされる確率は、高く見積もっても、二割程度ですね」

「余の信頼は、それほどのものか……」

「傲岸不遜を装いつつも、根が小心者なのがバレバレです。仮にも魔王なんですから、もっと堂々とするべきですよ」

「堂々と、か……」


 魔王が閉口すると、あかねがこう言った。


「てか、魔王サマって、なんで自分に不利だって分かってるのに、契約破棄したり、契約結んだりするの? 別に、そこまで考えてないってわけじゃないよね?」


 そう。魔王は何も、私たちに騙されて契約をしているわけではない。それによって生じる利益、不利益を正しく理解し、その上で、行動しているのだ。頼りなさそうに見えるが、これで、意外としっかり考えている。


「決まっている。──余にとって、この世のすべては娯楽なのだ。どう行動し、何が起ころうとも、余にはそれを楽しんでみせる自信がある」


 そんな、魔王らしい言葉にあかねが目を輝かせていると、まなが、


「これでも、あんたたちを実の子どもみたいに思ってるのよ。二人が可愛くて仕方ないから、何かしてあげたいって、そう思ってるんでしょ?」

「……なぜバレた」

「分からないわけないじゃない。娘なんだから」


 と、驚くべき内心を暴露したのだった。


 それから、魔王はエトスの返事を待って、元魔族に向けて、思念伝達による、一斉演説を行った。


***


 ──結果、エトスの協力を得ることは叶わなかった。


 エトスは正直に、氷像の件を隠していたことを国民に謝罪し、その上で、犯人の素性を特定したとし、公に晒した。


 氷像を盗み、その封印を解いたのは──モノカ・ゴールスファ。第二位王位継承権を持つ第一王女であり、私の実の姉にあたる人だった。


 彼女は、エトス自らの手によって処刑され、それは、世界中の知るところとなった。


 それとともに、彼女の、アルタカショッピングモール爆破事件、蜂歌祭でのテロ計画、そして、霊解放の襲撃などへの関与が判明した。余罪は湧いて出るほどだとか。


 爆破事件で見たフードの人物はモノカだったのだ。蜂歌祭でも、私が歌うことになっていれば、テロを起こす予定だったらしい。また、霊解放の襲撃は、時計塔の記述を盗み知るためのものとされており、この一件で、警備に当たっていた、私の弟でもあるトイスの片眼が失われている。


 そんなモノカに、身勝手に手を下したエトスへの不満と、血を穢されたことに対する怒りは高まるばかり。そこに、バサイという強力な存在が現れたことにより、ここに、人間同士の争いが開始した。


 ──なんとか、止められたのではないかと、後悔が募る。


 もし、氷像を盗んだのがモノカでなければ……いや、今さら、過ぎた話をしても仕方がないか。

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