第4-11話 瞑目する魔王

 謁見の間に通されて、私たちは正面の玉座に座る魔王と対峙する。魔王は瞑目して、頬杖をついていた。こうして見ると、いかにも魔王らしいような気がしてくる。


「──来たか」


 頬杖と反対の手を玉座のひじ掛けに置き、指でとんとんと叩く。いかにも、機嫌が悪そうだ。


 私はまなの後ろに立ち、そっと、彼女を抱きしめる。それを見た魔王は、隠す様子もなく、顔をしかめる。だが、不安がるまなを支えてやらなければ、倒れてしまうような気がして、怖かった。


「ねえねえ、角ってどうなってるの?」

「消えた。きれいさっぱりとな。尻尾は落ちた。そこのかごに入っている」


 あかねに問われて、指した方を見ると、虫かごのような物があった。その中に一本、尻尾が入っていて、うねうねと動いている。一見すると、チンアナゴや、蛇のようにも見えなくもない。


 角、尻尾と来れば、次は瞳の色だが。


「──なんで目開けないのよ?」


 魔王は目を瞑ったままだった。私たちがこの部屋に入ったときからずっと。


「瞳の色が変わったからだ」

「何色なの?」

「言わぬ。目も開けぬ」

「別に、目の色なんて何色でも一緒じゃない。早く娘の顔を見なさいよ」


 やはり、赤い瞳に誇りを持っていたのだろうか。


 まなに諭されて、魔王はゆっくりと開眼する。そこには──、黒い瞳孔だけが見えた。どうやら、瞳は白色になってしまったらしい。


「いや、怖っ! 怖すぎるんだけど! え、何、ホラー映画にでも出るの?」


 すると、魔王はすぐさま目を閉じ、あかねの顔スレスレに火炎を飛ばしてきた。それを、あかねは余裕で消滅させる。怖い怖いと、ぼやきながら。


「二度と人前で目は開けぬ」


 この様子だと、使用人たちや部下たちにも散々言われた後だったのだろう。それにしても、白い瞳とは、彼も運がない。


「え、なんで? 可愛いじゃない」

「可愛い……? いや、まなちゃん、ちゃんと見えてる?」

「少なくとも、あんたよりは見えてるわ」


 あかねは魔王の顔を見るためだけに眼鏡をかけていた。それをまなにかけると、まなはすぐに外して首を横に振った。度が強くて、頭痛が起きたらしい。一瞬とはいえ、貴重なまなの眼鏡姿を、私はしかと記憶に刻んだ。


「可愛いと言われるのは不愉快だが、そんなに見たいと申すなら、目を開けてやろう」

「別に見たいとは言ってないわよ」


 その一言で、魔王は開きかけた目を閉じた。おそらく、同時に心も閉ざしたことだろう。ちょっと可哀想。


「カラコンつければいいじゃん? 魔王だから、やっぱり強そうな赤がいいんじゃない?」

「誰のせいでこうなったと思っている。恥を知れ」


 あかねに向けて再び飛来する火炎を、彼は水で包み込み、消滅させる。ただ、バサイによる奇襲の際の、度重なる魔法の行使で、私の分を分け与えたとしても、魔力はそんなに残っていない。帰りに橋を直すなど、不可能だ。


「戦争でも起こすの? なら、受けて立つけど」

「余は戦を好まぬ。……だが、ヘントセレナの民たちが許可もなく蜂起するのは目に見えている。加えて、ヘントセレナにはバサイがいるのだ。あやつ一人でも十分、脅威となりうる」

「ああ、バサイ、会ってきたよ。めっちゃ怒ってた」

「やはりな──」


 頭を抱える魔王は、どうにかして、内戦を未然に防ぎたい様子だが、今から動いていては、完全に手遅れだ。


 昨日、一昨日であれば、種族の変化に伴う体調の変化により、ろくに動ける者などいなかっただろうが、バサイがあの調子なのだ。他の魔族も同様だろう。


 そして、彼女、バサイが率いるとなれば、間違いなく、内戦──戦争と呼んでも差し支えのないほどの大きな争いが起こる。元々、この世界には魔法があるのだから、いつでも蜂起できるのだ。心理的にも、いつ起こってもおかしくはない。


「魔力を失った我々に勝ち目はない。無用な争いは避けたいのだが、相変わらず、やつは余の言うことをまったく聞かぬ」

「ん? どゆこと?」

「知らぬのか? バサイは、魔王幹部四天王の一人だ。本来はやつが魔王になっていてもおかしくはない。だが、本人が嫌がるせいで、万年四天王という扱いになっている。それすらも、ほぼ名前だけだかな」

「さすがバッサイね」


 私は咳払い一つで、それた話を元に戻す。


「争いを避けるために、何か行動はされましたか?」

「人間たちに非はなく、詳細は追って伝えるため、無用な戦は起こさぬようにと、説明した」

「何の説明にもなっていませんね。それだけで抑えられるとお思いですか?」

「思わぬが、それ以外の方法など……」


 私はため息をつく。平和な国の王であれば務まった可能性はあるが、彼は大国ルスファの政府に反旗を掲げる、魔族たちの王なのだ。とてもじゃないが、見ていられない。


「本当にあなたは魔王に向きませんね。──もし、氷像の契約を破棄してくださるのなら、知恵をお貸ししましょう」

「……それは、対価なしでということか?」

「当然です。蜂起されたところで、魔力を失った今、あなたたちなど取るに足りない存在です。人間たちの無血勝利も夢ではないのですから、破棄した上に、なんでも一つ言うことを聞いてくださってもいいくらいです。しかし、養子とはいえ一応、私はあなたの子どもであり、今まで散々お世話になってきたので。私は対価を無理に求めたりはしません」

「──良かろう。契約破棄に応じる」

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