第3-13話 時計塔の秘密

「それで、勇者の秘密とはなんだ?」


 魔王はそれが気になって仕方ないらしい。尋ねられた彼は──やっと、悪い笑みを浮かべた。


「実は僕、勇者じゃないんだよねえ」


 魔王はそれを聞き終え、しばらくの後、


「くっくっくっくっくっ……ふっ、ふはははははは!」


 高笑いを始めた。まながドン引きしている。


「まんまと騙されたぞ、榎下朱里。──いや、貴様は榎下朱里ではないのか」

「実はそう。騙してごめーんっ。てへっ」


 普通なら怒りそうなものだが、ここまで騙されると怒りも湧いてこないのか、魔王は愉快そうに笑いながら足を組み直した。


「本当の名はなんと申すのだ?」

「榎下朱音。あかねって可愛くない? ──ま、でも、『あのこと』知ってたでしょ? なんで僕が勇者だと思ってたの?」

「……ああ、レナが手違いだと申すものだから、てっきり、そうなのだとばかり」

「ははは! 君、ほんとーに魔王向いてないね」


 『あのこと』とは、時計塔の記述のことだろうか。ともかく、私も彼と同意見だ。おそらく、歴代の中で最も向いていないのではないだろうか。主に、人を愛しすぎているところが。


「では、ヘントセレナの氷像はどうする? あれは、勇者にしか壊せぬはずだが」

「勇者、ここにいるじゃん」


 私たちの視線は自然と、ある一点に集まる。


 そう。勇者はここにいるのだ。確かに、ここに。


 注目の的になった白髪の少女は、自分を指差して、目をぱちくりさせる。


「え、あたし? 何? 何も分かってないわよ」


 まなには分からない話だろうが、それは別に、まなが悪いわけではない。


「霊解放も過ぎてしまったしな。機会を逃した」

「ああ、あの、お盆みたいなやつね」


 霊解放とは、八月の下旬に、亡くなった人々が霊となって地上に返ってくると言われている期間のことだ。そのときには、時計塔で霊を降ろす儀式が行われる。それを魔王はいい機会だと思っていたのだろう。だが、別に、そのとき以外は話せない、というわけでもない。──まあ、つまり、なんやかんやと理由をつけて、まなに真実を話すことを躊躇っているのだろう。情けない。


「この際、はっきり仰ってはいかがですか?」

「だが、本当に手違いという可能性も──」

「ないですね。ルスファの総力を上げて、調べ上げたそうですから。確証がないとしても、まなさんには不確定要素も含めて、初めから説明すべきかと」


 私の刺が刺さったのか、魔王は何やら決心した様子で、喉を鳴らし、声の調子を確認する。


 勇者とは、魔王を殺す存在だ。


 魔王とは、勇者を殺す存在だ。


 強さに関わらず、それがたとえ、不意討ちでも、暗殺でも、不可抗力でも、どんな方法でも、魔王を倒せば勇者となる。逆も然り。


 ──不意に、魔王が立ちあがり、まなに近づく。自然と、私とも距離が近くなるため、妊娠がバレないよう、私は毛布を引き寄せる。


「時計塔というものがある。原則として、魔王と人の王と大賢者しか立ち入れぬその場所に、勇者や魔王、それから、人の王など、歴史に名を残す人物の誕生や逝去などが刻まれる」


 国家機密であり、勘当された私も口外が禁じられているのだが、話し始めたのは魔王なので、まあ仕方ない。


 基本的に、魔王と国王、それから大賢者は、時計塔の記述について知る権利を持っている。


 それならば、なぜ私がそんなことを知っているかという話になるが、塔の記述自体は会議で共有されるものだからというのがまず一つ。あくまで、原則として、直接見ることができるのは三人だという話である。


 とはいえ、当然、その三人が隠すと決めたことについては隠されてしまうので、正しい記述を知るのは三人だけなのだが。


 実は、父の他界した後、私が未来の女王として、魔王とれなとともに記述を見る役割を担っていた。そのため、私は本当の記述を知る、数少ない一人なのだ。


「そして、その記述は、『神の言葉』だとされている。当然、この世界で神といえば、この世界を創造したとされる、『主神マナ』のことに他ならない」

「主神マナね……。まあ、要は、神のお告げだから逆らえないってことでしょ?」


 魔王が首の動きで肯定の意を示し、腕を組み変えて続ける。


「それにより、次期魔王や次期人王が決定されることになっている。例えば、塔にはこのように記される。『二〇七八年四月二日 魔王ユタザバンエ・チア・クレイア誕生』のようにな」

「日付と役割、名前、出来事が示されるわけね」

「理解が早いな」

「そう? つまり、マナだったら、『二〇七〇年四月二日 女王マナ・クラン・ゴールスファ誕生』ってなるわけでしょ? ……女王誕生?」


 まなは自分の発言に首をひねる。


 そんなことより、誕生日を覚えていてくれたことが、最高に嬉しすぎるのだが、その喜びを表す隙はなさそうだ。


「女王になってないじゃない。時計塔には勇者と魔王のことしか書かれないとか?」

「いえ。女王もそのように書かれますよ。──ただ、歴史上のすべて勇者と魔王が功績を残しているわけではないと、ご存知ですよね?」


 まなは眉間に寄ったシワを指で伸ばしながら思考を整理する。


「確かに、勇者が勝ち続けた時代の魔王たちは、勇者を殺せてないかもしれないわね。ってことは、なる可能性がある人物ってこと?」

「というよりも、魂の形がそうであるということですね。勇者は魔王を倒すために生まれた者のことであり、魔王とぶつかる運命にあります。もちろん、物事には例外がつきものなので、運命に従わないケースも、稀にではありますが存在します」

「それがあんたってわけね」


 私は静かに頷く。そして、あまり魔王の説明を取ってしまってはいけないと、その後を譲る。


「彼女が、女王になるべくしてこの世に生を授かった存在だということは、見て分かるだろう?」

「まあ、すごく向いてそうだとは思うわ。お姫様、って感じではないけれど」

「同じく、ユタザバンエも選ばれし者だということは、先の大会で見た通りだ」

「なるほどね。じゃあ、あんたは選ばれし者じゃないのね?」


 魔王は顔をしかめて、しかし、ゆっくりと頷く。


「先代魔王が勇者の手にかかり、次の魔王が誕生するまでの間、長男だった余が、魔王の座を継ぐことになったのだ。あれは余がまだ十ばかりの頃だったか」

「誰があんたなんか選んだのよ?」


 魔王からグサッ、という音が聞こえた。


「先代だ。崩御した際、遺書という置き土産を残していった。余は拒否したのだぞ? 世話になっている側近も、様々な方法で余に継がせないよう取り計らってくれた。……だが、魔王の遺書を無視するわけにもいかなくてな」

「だから、ユタには継がせないわけね」


 魔王は首肯する。


「本当は、今すぐに継がせて、補佐をつけてもよいのだが──」

「さすがにまだ幼すぎるわよね」

「余も同意見だ。そのため、十六までは決してユタに王位を継がせぬよう、すでに遺書を書いてある。そして、それまでに余に何かあれば、四天王の一人を王として立てることにしている」

「生きてるときから死んだあとの心配しなきゃいけないなんて、魔王も大変ね」


 まなの他人事のような発言に、魔王はなんとも言えない顔をした。おそらく、私と同じ気持ちだ。


 まあ、分かっているのは私と魔王だけであり、あかり、いや、あかねは知る由などないだろうが──。


 そういえば、あかねはなぜ、魔王が勇者の秘密を知っていると思ったのだろう。時計塔については、あかねに話したことなどないはずだが。

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