第3-3話 VS次期魔王
──卑怯ではあるが、時を止めてしまおう。そうすれば、確実に勝てる。
開戦と同時に時を止め、一瞬で勝負をつけるつもりで踏み込んだ──が、目の前にユタはいない。
背後だと判断し、跳躍。同時に時間停止を解除。直後、真下の大地が割れた。
──奇襲でもダメか。
着地と同時に、背後から迫り来る水刃を、振り向き様の火球で相殺し、風で火力を増幅させて業火とする。
が、風を纏った横凪ぎの手刀で消滅させられる。
ユタを中心とした球状に、無数の氷柱を顕現させ、ユタを取り囲むようにして逃げ場を封じる。
それらを、一気に、差し向ける。
「やったか……あー、言っちゃったっ!」
咄嗟に跳んで後退。先ほど作った氷柱が地面から連続して突き出る。バックステップ。前進できない。後、後、後、にわかに左──前方に加速。
土でユタを捕捉し、地面から蔦を伸ばして締めつける。が、一瞬で燃やされる。
──しかし、まだ土の拘束は解けていない。
動きの封じられたユタに向けて、上から滝を降らせると、それが空中で止められ、一つの水球に集約された。
「嘘ぉ……!?」
滝の水量を持った水球が、風の勢いで迫り来る。回避は不可能と判断し、こちらからも、水球を操り返して動きを止める。
単純な魔力比べだ。強い方が相手に水を被せられる。
「やあああっ!!」
「まなああああっ!!!!」
──なんでも。
なんでも、聞いてくれる。なんでも。え、なんでもだよ? なんでもとか、何お願いするのが正解? いや、分かんないけど、でも、なんでもなんて、こんなチャンス絶対にもう来ないじゃん。愛の、なんでも、のために、勝つしかないじゃん。負けたら一生後悔するじゃん。ここで勝たなくていつ勝つの? いや、今でしょ。今しかないでしょ。むしろ今でしょ。もう勝つ。絶対勝つ。死んでも勝つ!
──そんな想いが通じたのか、水球は少しずつユタの方へと向かっていき、やがて小躯を包み込む。が、ユタの魔法で蒸発していく。それを、外側から凍らせ、包み込み、完全に氷で覆う。
それでもなお、意識があるらしい。負けを認めず、ひび割れんとする氷を、さらに分厚く、内側へと浸透させていく。
そして魔力探知を発動し、内側に向けて無数の氷針を突き刺す。が、気配が消えた。
──瞬間移動で逃げたのか。
気配がどこにもないことから、地面と判断し、氷の巨木を空から振らせて大地を殴る。それを丸ごと持ち上げて、土が溶ける温度で燃やし、生肉を焼くように回転させる。
魔力探知にかける魔力を高めれば、土の中にユタがいるのが、なんとか確認できた。軟土を固め、逃げ場を塞ぐ。
──だが、おかしい。動く気配がない。
慌てて火を消し、土を解しながら駆け寄る。
魔力を頼りにユタを探し、魔法で引き抜くと──完全に気絶しており、蒸し焼きになっていた。
「うわあごめん、やり過ぎたっ!」
審判の判断を仰ぐと、もちろん、僕の勝ちということになった。
水で洗い流し、乾燥させて、冷気を送る。
土に逃げるときは、土中の酸素を取り込む必要がある。そのため、燃やして酸素を追い出すのが有効だ。まあ、普通の人にできるかどうかは知らないが。とはいえ、やりすぎたらしい。
水からの土で窒息。挙げ句、熱せられて、皮膚も真っ赤になっている。この様子だと、地面を殴ったときには、すでに気絶していたのかもしれない。
「ちょっ、死なないでよ!? 慰謝料とか請求されたら払えないから! 愛に怒られるから!」
──戦いの様子とともに、情けない叫び声が全国に中継された。
***
「いくら魔力が強いと言えど、ユタザバンエは子どもだ。そのため、戦闘経験を積ませる良い機会だと考え、わざわざ大会を主催し、参加させたのだ」
「はい……」
「それを、子ども相手に本気で戦う勇者が一体どこにいる? 己の実力を過小評価することが、いかに危険だと思っているんだ!?」
「すみません! 僕が馬鹿でした!」
あかりはその後、賞金を魔王から手渡しで受けとると、その殺気から逃げるようにして宿舎へ舞い戻った。そうして、私の部屋へと逃げ込んだが、そこにも魔王が乗り込んできた。というわけで、現在に至る。
主催者が魔王だというのは、後から気づいた。貼り紙の端の方に小さく、しかし、しっかりと書かれていた。あのときは急いでいたため、すっかり見落としていたらしい。
そもそも、開催時間が遅い時点で気づくべきだったのだ。──魔族は夜型が多いため、魔族が主催する大会は夜に開かれることが多いと、ちゃんと知っていたのに。
結果、勝てたのはよかったが、まさか魔王が乗り込んでくるとは、思っていなかった。
「だいたい、貴様はいつも頭が足りぬのだ。ちょっと心配になるレベルだぞ? よくその程度の矮小な脳ミソで生命維持ができているな。生きるよりも先に考える脳を増やせ、そして死ね」
「そんな殺生な。てかさ、なんか、機嫌悪くない?」
「くっくっく……誰のせいだ!!」
「ひえええっ」
「──お父さん」
怖がる素振りを見せるあかりを横目に、まなが一言、そう言うと、魔王は口をつぐむ。自分が魔王の娘だという自覚はあったのだなと思いつつ。
「戦闘の大会なんだから、怪我させるなって方が馬鹿な話よ」
「しかし、程度というものが──」
「ユタは強いんだから、手加減なんてできるわけないでしょ」
「だが、何もあそこまで──」
「勝利条件が相手の戦闘不能か降参しかないんだから、気絶させて何が悪いの? まだ八歳のユタをあんな大会に出したあんたが悪いわ」
まなに正論で攻められると、魔王も何も言い返せないようだった。私としては、こうして普通に話していることが不服で仕方ないのだが。あかりに監視させていることも、幹部が彼女を追っていることも、その目的が見えてこないあたりも、すべて、気に入らない。
──というか、なぜまなは普通に魔王と話しているのだろうか。わけが分からない。
「まさか、魔王が慰謝料を請求するなんて、小さい真似はしないでしょうね?」
「……決して小さくはないと思うのだが」
「しないわよね? それに、本当の戦いで手心なんて加えられたら恥でしかないでしょ? むしろ、手加減なしでやってくれて良かったじゃない」
「それはそうだが──」
とはいえ、こうしていると、魔王が小さく見えてきて、少し面白い。私の不満はともかく、想像よりも関係は良好なようだし、私が口を出すことでないのも、分かってはいる。
ただ、分かっていることと、理解して、納得して、呑み込むまでの間には、大きな溝があるのではないかとも思う。
「そうまでしてユタを勝たせたい理由でもあったの? 権威を知らしめるため? 自信をつけさせるため? それとも、ただ子どもが優勝するところを見て優越感に浸りたかったとか?」
最後の問いかけに、魔王が少しだけ反応した。非常に分かりやすい。
「自分の子どもを勝たせてストレス発散って……あんた、本当に親バカね。もういいから、早く帰るなり、ユタのところに行くなりしてくれる? お父さんがいると空気が不味くなるわ」
「マズッ──くっくっく……相変わらず、可愛いげのない娘だなぁ?」
「何その気持ち悪い笑い方……父親として、ないわ。さっさと帰りなさい」
魔王は酷く傷ついた様子で去っていった。父親心などどうでもいいのか、まなに気にした様子はない。私は生前、父と仲が良かったが、案外、父娘というのは、こんなものなのかもしれない。
「──やったよ、愛! お金! 見て、この分厚さ! ヤバくない!?」
扉が閉まったのを確認すると、あかりは私に抱きついて、札束をひらひらと見せつけてくる。とはいえ、城にあった分や、今まで取引してきた数字の桁に慣れているため、彼ほどの感動はない。だが、彼の喜びを削がないように、ニコッと笑って答える。
「そうですね」
「ね! ヤバいよね! ね、まなちゃん!」
「ええ、見たことのない分厚さね。一枚くらい抜かれたり、偽札だったとしても気づかないわね」
「なんか、嬉しさ半減……」
まなの正直さが少し羨ましい。ともかく、私の頭は、嬉しさよりも、今後の生活にどう役立てていくかとか、あといくら稼げば足りるかとか、あかりの小遣いに回す分があるかとか、そういうことでいっぱいだった。
だが、それより先にやることがある。あかりの黒瞳が、夜の海のようにキラキラと輝き、褒めろとうるさく訴えてくるのだ。
「よく頑張りましたね、あかりさん」
「そうかな……ふふん」
仕方なく、短く整えられた琥珀の髪に指を通すと、あかりは、はにかんだような笑みを浮かべる。この笑顔は、無垢で純粋で、混じりけがなくて、好きだ。いつもこうして笑ってくれればいいのに──。
「バダアアアガアガアア!!!!」
そのとき、まなが面白がって再生した声に、あかりがさっと振り向く。
まなにスマホを渡すと、魔法がなくても使える範囲ではあるが、すぐに使いこなしていた。動画の読みこみには魔力が必要だが、記録や保存をしたものの再生はタップだけでできる。
「……ちょっと待って、何その汚い声」
「さっきのあんたの叫び声よ。あ、なんか……ねっとにゅーす? になってるわね」
あかりが目をぱちくりさせて私の顔を見つめてくる。これは、無自覚なパターンだなと思い、私は生暖かい眼差しを向ける。
まなはそのニュースを読み上げ始める。
「謎の叫び声、バダーが──」
「違うじゃん!
「先の魔術大会で優勝した、勇者榎下朱里について、次期魔王ユタザバンエ・チア・クレイアとの決勝戦での一幕が話題と──」
「話題にしないで!?
「はい、もちろんです。あかりさんが一生懸命なのは伝わってきましたよ。──ですが、もう二度と、あの声で私の名前を呼ぶのは止めてください」
「
止めろと言うとわざとやってきたので、撫でていたあかりの頭をはたいてやった。手加減なしで。
***
それから数日後、いつも通り、あかりと適当な会話をかわしていると、扉がノックされた。自分の部屋なので私が出ようとすると、あかりが代わりに出てくれる。
「ああ、まなちゃん──って、何、その荷物!?」
「ハイガルに手伝ってもらって運んだの。大きいのはベビーベッドね。他のはおもちゃとか服とか……。まあ、見れば分かると思うわ」
まなの背後には、廊下を埋め尽くすほどの、箱の山があった。
「ちょっと待って色々つっこみたいんだけど。まず、そのお金はどこから?」
「依頼で稼いだわ。他に使い道もなくて余っただけだから気にしないで。あたし個人からのプレゼントよ」
──いや。いやいやいや。いや。余るほどの経済的な余裕は、彼女にはないはずだ。特待生として奨学金を受け取って、やっとの生活だろうに。
「いや、気にするって! てか、気が早すぎない? 僕より待ちきれない感がすごいんだけど。え、何、孫でも生まれるの?」
「は? 何言ってんの? あたしに子どもなんているわけないでしょ?」
「そういうことじゃなくてね!?」
あかりと会話をしながらも、まなは背後の箱を開け、取り出しては、次々に差し出してくる。
「これとこれとこれとそれから──あ、これは、子ども乗っけて背負うやつね。つい買っちゃったわ」
「……まだ生まれてもないんだけど!?」
──一体、何歳児向けの道具なのだろうか。早く使ってみたい、ような気もする。あくまで、気がするというだけだ。あくまでも。浮かれてなんてない。決して。
「だって、あんたたち、全然はしゃいだりしないじゃない。だから、代わりにハイガルと楽しんできてあげたのよ。感謝してほしいくらいだわ。それに──いつまで二人の世界にいる気よ? いつ親の顔になるのか、心配で心配で、もう心配で仕方ないんだけど」
私は彼と視線を交わし、否定できずに、気まずい思いをする。が、それを誤魔化すようにして、彼はまなにツッコむ。
「やっぱり祖父母じゃん!」
「いいのよ。きっと、やり過ぎって思うくらいで、ちょうどいいわ。──それに、その子には、ちゃんと愛されてほしいの」
「まなちゃんの子どもじゃないからね!?」
「あんたがいつまでも親になれなかったら、あたしの子になる予定だけど?」
「嫌だよ! 僕の子どもだよ!」
私は思わず、吹き出す。──少しだけ、安心。
「まあ、荷物は多いけれど、魔法で収納しておけば、置く場所にも困らないでしょ? だったら、早いに越したことはないと思って」
「ああ、もう、ありがとうっ!」
「はっ。最初から素直にそう言っておきなさいよ。どういたしまして」
「まなちゃんにだけは言われたくない!」
私は久しぶりに、お腹を抱えて笑った。それを見たあかりが釣られて笑みを零し、まなはどことなく、すっきりしたような、満足そうな笑みを浮かべているように見えた。
窓から差し込む夕焼けを反射して、彼女の瞳はますます赤く、私がカーテンを閉める前に部屋に戻っていった。
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