第3-2話 ミーザス魔術大会

 それから、まなと何でもない話で小一時間ほど盛り上がった。


 まなは勉学以外に趣味を持たないが、意外と何に対しても興味を示す。工事中の建物が何になるのかとか、タマゴが明日の昼セールだとか、美味しいパンの話とか。


 そんな、どこにでもある、他愛ない会話を交わしていた。たまに、魔法学の話で意見をぶつけ合ったりもしたが。


 ともあれ今は、駒を取り合うボードゲーム──通称、トンビーズをまなに教えていた。元々宿舎に置いてあったものの一つで、トンビアイスでお馴染みトンビニ社が開発した、歴史あるボードゲームだ。かなり有名なので、まさか、知らない人がいるとは思わなかったが、それがあの、まなだと考えると、妙に納得もした。


 トンビーズは、昔、人間と魔族の間で停戦を結んだ際、双方に親しみを持ってもらう目的で作られた、ルスファ発祥のボードゲームだ。今ではトンビーズの世界大会まで開催されている。


 ちなみに、私は幼い頃に三連覇して、殿堂入りした。このように、殿堂入りと称して、出禁になった大会の数は数えきれない。


「えっと、この駒は──」

「バサイですね。縦横に一マス、そこから斜め前にもう一マス動きます」

「こうからのこうね」

「はい。バサイの得意な戦闘スタイルからこの動きになりました」


 ルールを覚えながらだというのに、なかなか、賢い選択をしている。さすがまなだ。と考えつつ、私も駒を動かす。


「これは確か、ショウカよね。だから、斜めに二つっと」

「はい、さすがです、まなさん。ショウカはバサイの天敵なので、バサイで取ることができない駒ですね」

「それで、これが主神マナね」

「はい。縦横斜めであれば自由に動かせます」

「こっちのが取られちゃダメなやつ」

「勇者の駒ですね。これが取られる状態になったら、負けです。取った駒の数で動けるマスの数が変わります」

「このたくさんあるのがピュットカで、前に一マスずつ進むわけね。でこっちが、砦のヘントセレナ」

「砦は縦横自由に動くことができます。また、バサイで相手の砦を取ったときに、そのマスの縦横列にあるすべての駒が、敵味方関係なく消滅します。他にも色々とルールはありますが、基本的にはこんなところですね」

「なるほどね」

「はい、チェックメイトです」

「えっ!」


 まなは盤をじっと見つめて、数分悩んでから、脱力したように床に寝そべった。


「あー、負けたーっ!」

「まだルールを覚えている段階でここまでできるなんて、さすがまなさんです。才能はあると思いますよ」

「そう? じゃあ、もう一回、お願いしてもいいかしら?」

「はい、もちろんです」


 そうして、しばらく戦っていたが、全勝してしまった。手を抜こうなんて考えていると負けそうだったので、久々に本気でやってしまった。何度か危うい局面もあったくらいだ。


「さすがマナ。なんでもできるのね」

「なんでも、というわけにはいきませんが、ありがとうございます」

「あー、悔しいーっ!」


 そう言いつつも、まなは楽しそうだった。そうこうしているうちに、暗くなってきたので、カーテンを閉めて、電気をつける。


 ──魔術大会が、ミーザスで開かれているということは、人間も魔族も参加しているはずだ。


 その理由は、大きく二つある。


 ミーザスは歴史的に扱いづらい土地であること。そして何より、ミーザスのドラゴンであるチアリターナが、人間側でも魔族側でもなく、中立姿勢を保持していること。この二つだ。


 そのため、ミーザス周辺の土地はすべて人間側の土地だが、ミーザスだけは人間と魔族、どちらでもない、無所属の特殊な地となっている。つまり、誰でも参加しやすいということだ。


 また、ミーザス平原と呼ばれる、時空がねじれた大平原があり、ここではどれだけ暴れても、周りに影響が出ない。基本的には、だが。


 そういう理由から、人間も魔族も関係なく参加できる戦闘系の大会は、ミーザス平原で開かれることが多い。


 とはいえ、種族的に魔族の方が魔法が得意な者が多いため、魔族が中心に集まるだろうことが予想される。


 過去の事例から考えると、参加人数はおよそ千人といったところか。通例で行くと、最初はおそらく、百人ずつに分けて、そこから一人を選出するのだろう。


 となると、最初の勝ち残りと、後のトーナメント式の九試合の時間を計算して──そろそろ、ちょうど最終戦が始まる頃だろうか。


「やっぱり、あかりが気になる?」


 必ず勝ってくれるという、自信は、ある。が。


「……まあ、一応、少しだけ」

「あはは、本当に素直じゃないわね。大きな大会なら、ネットで中継されてるんじゃないかしら」


 言われてみると、その可能性は高い。そう考えて、私はスマホを取り出し──その名義が母のものであることが頭を過り、少しだけ、複雑な気持ちになる。それはともかく。


 基本的に、スマホは使っている本人にしか見えないよう、透明化されているので、それを解いて画面を壁に投影し、まなに見えるようにしながら、それらしい魔術大会がないか探す。


「あ、これですね」


 タップして全画面にし、調節する。現在の魔法技術はかなり進歩しており、上下左右、三百六十度の光景を映し出すこともできる。すると、立体音響も組み合わさって、まるで、本当に会場にいるかのような臨場感が楽しめるのだ。


「うわあ、すごい! 初めて見たわ──っと、ごめんなさい……あ、映像だったわね」


 まながすれ違う人の映像を思わず避けて、恥ずかしそうにする。初々しい感じが可愛い。


 また、画面を拡大すると、最前列の席にいるかのような映像も見られるのだ。そうして、私はスマホを机に設置し、椅子に腰かける。


「うわあ、近いわね……って、ん?」

「どうかされましたか──あ」


 ちょうど、決勝戦の準備時間のようだ。当然、あかりは勝ち残っていたが、まなの視線は彼ではなく、対戦相手に向いている。


 それは、黒髪に赤い瞳の年端もいかない少年だった。


「ユタ!?」


 まなが大声を上げる。それもそのはず。ユタ──ユタザバンエ・チア・クレイアは、次期魔王と目される魔族だ。


 この宿舎の一階に、魔王の正妻でもある母親と二人で暮らしており、その母親には、私も、まなを介してではあるが、何度もお世話になっている。


「ユタさんですね。観覧席に魔王もいらっしゃいますよ」

「なんで次期魔王が出てんのよ……」


 私が次期女王であることは知らなかったまなだが、ユタが次期魔王であることは知っているのだろう。なにせ、魔王の娘なのだから。──あれ。


「勇者と呼ばれる方が出ているのも、どうかとは思いますが」

「確かに、そうだけど」


 重大なことが頭をよぎったが、ひとまず置いておくとする。


 まなが言いたいことも、分からなくはない。これは一大事である。というのも、国民にとって、魔王と勇者のどちらが強いかは、とても大事な問題なのだ。


 もし、勇者が負けたなんてことになれば、魔族が活気づいて蜂起してもおかしくはない。


 つまり、結果次第では最悪、戦争が起こる可能性もあるということ。実質、戦争を小規模にしたようなものだし。


「あかりさんを出したのは迂闊でした……」

「うわ、視聴者数、二十億超えてるわよ」

「ルスファの人口のおよそ四十パーセントですか……。後で、お兄──国王様に怒られそうですね」


 時間帯的にも、ちょうど視聴率が集まりやすいのだろう。そんなことを考えていると、スマホの着信音が鳴る。案の定、あかりからの電話だった。動画を再生したまま、スピーカーにして出る。


「もしもし、愛!? なんか決勝でユタくんと戦うことになっちゃったんだけど、どうしよう!?」

「はい、見ているので分かっていますよ。私も頭を悩ませていたところです」


 さすがの彼でも、これがヤバい状況だということには、気がついているらしい。


「そんなの、勝つしかないでしょ?」

「勝てる確証があればいいんだけどね! そもそも、勝てるかどうか分かんないんだって!」


 まなの丸っきり他人事な発言に、あかりが悲鳴を上げる。ユタはまだ八歳と幼いのだが、すでにその魔力は、現魔王カムザゲスを超えると評されることもある。カムザゲスより上には私とあかりしかいないので、どちらが上かは、比べようがない。


「どちらにせよ、賞金が目的なので、勝っていただくしかないですね」

「……棄権しちゃダメ?」

「賞金分、別のところで稼いできてくださるのならいいですよ。その代わり、無一文で帰ってきたら容赦なく追い出します」

「嘘でしょ!?」


 わーわーと騒ぎ立てるあかりに、私は心の火花をチリチリと熱していく。


「だいたい、あなたが顔を出したまま、しかも本名で参加しているなんて思いもしませんでした」

「本名──」

「本当に、今、そういう話を、していると、お思いですか?」

「ごめんなさいっ!」


 色々と怒鳴りつけたい気持ちを、ぐっと堪え、憤怒をため息に変えて、ベッドに背を預ける。──本当にどうしようか。


 そうは思えど、考える気力も起きず、ただぼんやりと天井を見つめていると、動画の方から音声が聞こえてくる。


「ユタザバンエよ。敵はあの、榎下朱里だ。容赦はいらぬ。応援しているぞ」

「ユタさん、頑張ってくださいまし」

「は、はい! 全力で戦います!」


 そんな声が電話越しに聞こえてくる。応援する声の片方は魔王、そして、もう片方は──誰だろうか。おっとりとした雰囲気の老女だが、見覚えはない。


「ねえ、めっちゃ戦いづらいんだけど……」

「何、気持ち負けしてんのよ。あんなの、あんたに対する嫌がらせに決まってんでしょ?」

「いや、分かってはいるんだけどさ、ユタくんは知らないわけじゃん? てか、君のお父さんは一体、どういうつもりなの?」


 まなに責められて、あかりがしれっと論をすり替える。


「あたしに聞かないでくれる? まあ、多分、余興の一つくらいにしか考えてないでしょうね。負けても勝っても、失うものがないんだから」

「あ、確かに! なるほどね!」


 気持ちですら負けているようでは、ますます心配だ。エトスや女王に相談したいところだが、都合のいいときだけ連絡するわけにもいかない。いや、国の存亡に関わることではあるのだが、個人の問題と捉えられなくもないということだ。


 ──とはいえ、これだけの注目度だ。きっと、城でも何かしら考えてくれてはいるだろう。だが、期待しすぎはよくない。


 まあ、勝てばいいだけの話なのだが、あかりは魔力がすごいというだけで、戦闘が強いわけではない。なにせ、頭が足りないので、基本的に、魔法のごり押ししかできないのだ。


 唯一、魔力以外で、私に勝る部分があるとすれば、それは──反射神経。先の爆破事件のときも、爆発に対して私より素早く反応していたが、要は、回避だけは無駄に上手いのだ。とはいえ、回避だけでは勝つことはできない。


 だが、負けることは、まずないだろう、とも思うのだが。


「ど、どうしよう、もう行かないと……」

「あかり」

「何、まなちゃん?」

「──もし勝ったら、マナがなんでもお願いを聞いてくれるそうよ」

「……え」

「マジで!? なんでも!? よっしゃあ、絶対勝つ」


 画面越しに見えるあかりの顔つきが変わった。


 いやいやいや、私はなんでも聞くなんて、一言も言っていないのだが──いや、待った。これは、予知夢で聞いた台詞だ。はっきりと覚えている。


 それだけに、ことさら、嫌な予感がするのだが──、


「ほら、応援してあげなさいよ。あんたの応援が一番効くわ」


 まなが小声でそう告げる。果たして、本当にそんなことくらいで勝てるのだろうか。──まあ、とりあえず、勝たせることだけを考えて、後のことは、後で考えよう。うん。


「あかりさん、頑張ってください。応援してます」

「──ありがとう。絶対に勝って、賞金、持って帰るから」


 通話が切れ、あかりとユタが周りに被害を出さないよう場所を移動して、何もない平原の真ん中で構える。時空が歪んでいても、魔力による動画配信への影響はない。


「あんなので良かったんでしょうか」

「いいのよ。あかりは馬鹿なんだから、あんたに応援されれば意地でも勝つわよ」

「……というか、まなさん、何勝手に約束してるんですか。ぺちこん」

「いたっ!?」


 私はまなの額を優しく叩く。あくまで、優しく。手を振り下ろしただけで海が割れる私の手加減が手加減になっているかどうかは微妙だが。少なくとも、額が割れるようなことにはなっていない。


「……まあ、勝ったらそれくらい、聞いてあげてもいいんじゃない? だって、トンビアイス五千個よ?」

「正当化しないでください。……別にいいですけど」


 それくらいとは言うが、果たして、何をさせられることやら。


 そんなこんなで話していると、観客の注意が二人に向き、だんだんと空気が静まっていく。私たちも、それに釣られて、口を閉じる。


「──始め!」


 ──そしてここに、戦いの火蓋が切られた。

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