第3-5話 青髪天然?湯沸し器

「あなた、まなさんを監視しているんですよね? 二人はいつの間にあんなに仲良くなったんですか?」

「──ま、色々とね。最近はあんまり監視してないからよく知らないけど、ちょっと前から、まなちゃんによくしてくれてて」


 あかりの監視が行き届いていないのは、私のためだと十分、分かっているので、そこに文句はつけられない。はぐらかしているところは気に入らないが。ともあれ、ハイガルに関して言えば、まなによくしてくれるのだから、感謝すべきだ。


 だが、しかし、そうなのだが、


「近すぎませんか……??  もっと離れてもいいと思うんですが」

「ハイガルくん、目が見えないから、魔力探知で景色を見てるんだって。でも、魔法が使えないまなちゃんの姿は、少しも見えないらしいよ」

「……そうなんですか」


 そう言われると、頭ごなしに責めることもできない。


「まなちゃんはまなちゃんで、人との距離感ってやつが分かってないみたいだし、まあ、仕方ないんじゃない?」

「それなら、仕方ありませ──」


「クレイア、遠くないか?」

「そう? いつも通りだと思うけど」

「あんまり広がると、通行の邪魔になるぞ」

「それもそうね」


「ねえ、あれ! 絶対分かってやってる!」

「愛、落ち着いて、どうどう」

「うぅー……っ!!」


 怒りを露にする私を彼がなだめていると、何となしに青髪が振り返った。その茶色の瞳がこちらを捉えたような気がして、私たちは咄嗟に物陰に隠れる。


「よく考えたら、魔力探知って自分の後ろも見えるから、これ、ハイガルくんには気づかれてるねえ。しかも、反応的にこっちの声も聞こえてそう」


 ──それなら、隠れてても無駄だよね。隠れなくてもいいよね。むしろ、何言ってもいいよね。返事できないんだし。


「馬鹿! この、タラシ! その子は私のまなさんなのに!!」

「いや、愛のものではないよ」


「クレイア」

「何?」

「いや、呼んだだけだ」

「……あははっ、何それ」


 ──やり返されたっ!! きーっ!!


「まなさんもまなさんです! なんですか、あの反応は! いつもだったら、『──は? 気安く呼ばないでくれる?』とか言うくせに!」

「うわ、言いそう。でも、愛が同じことやっても、ハイガルくんのときと同じような反応が帰ってくる気がするけど?」

「そんなこと分かってます! 後から出てきたぽっと出の青髪のくせに、なんで私と同じくらい、まなさんと仲良くしてるんですか! 許せません!」

「はははっ、愛はほんとに、まなちゃんが好きだねえ。僕の方がやきもち焼いちゃうよ」


 やきもち──。そうか、私はあの青髪に嫉妬しているのか。今まで、こんな感情を抱いたことは、あまりなかったから、気づかなかった。


 そもそも、嫉妬は、自分より恵まれている誰かがいないと成り立たない。私の場合、あるとしても、せいぜい、魔法の才に関してあかりに嫉妬するくらいだ。彼の気持ちが私以外の誰かに向きはしないかと疑ったことですら、一度もない。──そうであったらいいのに、と思ったことならあるが。


「──私の一番はあなたです。そこが揺らぐことはありませんから」

「僕もだよ、愛」


 そんな本心かどうかも分からない一言に、思わず顔がニヤニヤするのを抑えられずにいると、やっと、周囲の視線が集まっているのに気がつく。


 私とあかりが一緒にいるのだから、注目されないはずがないのだ。その上、先ほどまで大声で叫び散らしていたし。──とても恥ずかしい。


「落ち着いた?」

「はい。これからは静かにつけていきましょう」

「うん、そうしようね」


 あかりにぽんぽんと頭を撫でられて、心がやっと落ち着くのを感じる。そして、やっと、ストーカーに対する罪悪感を取り戻した頃、再び後をつけ始める。


「クレイア、今日の天気は?」


 と、まるで機械に話しかけるかのような青髪に、私は鎮まりかけていた先の怒りを、突沸させる。アスファルトの地面にヒビが入った。


「今日は……快晴ね。空も見えないの?」

「いや。雲と太陽と雨と雪くらいは、見える」

「じゃあなんで聞いたのよ?」

「聞いたらダメだったか?」

「いいえ。別にいいけれど」

「──見てるものが、違うかもしれないからな」

「変なこと言うのね。見え方なんて、人それぞれでしょ? 同じかどうかなんて、確かめようがないんだから」

「……それもそうか」


「私は、何を見せられているんでしょうか」

「なんだろうね、あの、世間話の成り損ないみたいなやつ。一周回って面白いんだけど」

「天気以外にも、もっと話題があるでしょうに……!」


「天気以外の話題か──」

「どうかしたの?」

「クレイア。何か面白い話をしてくれ」


「お前が話せぇ……」

「めり込んでる! 愛、壁に指がめり込んでるから!」


「面白い話とか急に言われても。そうね……あ、昨日読んだ本が面白かったわ」

「そうなのか」

「魔法生命学の誕生と神秘っていうタイトルで、てっきり、モンスターについて書かれてるのかと思ったんだけど、これが、普通の動物について書かれた本だったの。普通は動物を起源として後から産み出されたモンスターの進化について考えたりするんだけど、この本はそれとは真逆で、モンスターが動物に及ぼす影響とか、生存競争による進化とか、そういう観点から、現在の生態系にまで話を発展させていく珍しいタイプの本だったの。そういう学問があってもいいんじゃないかとは思ってたんだけど、やっぱり、やってるとこではやってるのね」

「……へー」


「反応が薄い……っ!!」

「いや、さっぱり分かんないんだけど。急に何が始まったの?」

「ノラニャーが二足歩行だから、ネコは二足歩行にはなれないとか、そういう話です」

「んー、分かるような分からないような……?」


「ああ、悪いわね。こんな話、あんたにしても、つまらないわよね」

「いや、たまには、そういう話も、聞きたい」

「退屈だったら、正直に言いなさいよ?」

「そうなったら、歩きながらでも、寝ると、思う」

「正直すぎるわよ」


 そうして、トンビニにつく頃には、ハイガルの代わりにあかりが寝ていた。歩きながら寝るなんて、ある種の才能だな、などと思いつつ、私は頬をつついてあかりを起こす。


「……悪い、クレイア。先に中で買っててくれないか?」

「ええ、そうさせてもらうわ」


 そうして、まなを先に中に入らせると、ハイガルは私たちが隠れる壁を見つめ、


「出てこい」


 と一言告げた。仕方なく、私たちは彼の前に姿を見せる。


「勝手についてきてごめんね。邪魔だった?」

「いや、構わない。──だが、笑いを堪えるのに、ふっ……必死、だったっ」


 肩を震わせるハイガルは、面白くて仕方ないというように私の方を見つめる。私はその憎たらしい顔を睨みつける。


「人を見て笑うのはどうかと思いますが」

「いや、何。思っていたよりも、ずいぶんと、可愛いお姫様だと、思ってな」

「だよね、愛ちゃん可愛いよねえ、めっちゃ分かるー」

「あなたは黙っていてください。……馬鹿にしてるんですか?」

「いや、まったく、そんなつもりはない」

「そんなつもりが少しでもあれば、すでにぶちのめしています」

「やめてくれ。クレイアが、心配してくれる」


 ──。


「うぅー……ばうっ、ばうっ!!」

「愛ちゃん、人間に戻ってえ?」

「……ホーホー?」

「君も乗らないで!?」

「ばうわう! ううーっ!!」

「ホーホー、ホホホーホー」

「あー……。他人のフリして帰ろ。ハイガル・ウーベルデンくん、愛とまなちゃんのこと、よろしくね」

「ホー」


 そう言って、あかりは瞬間移動で帰って行った。そうして、私が声だけで噛みついていると、


「にゃー」


 そう、割り込んでくる声が聞こえて、私とハイガルはそろって首を向ける。すると、そこには、白髪の愛らしい少女の姿があった。


「わんっ!」

「ホーホー」

「えっと、適当に混ざってみたんだけど、何の遊び?」

「戦争です」

「ただの悪ふざけだ」

「まあ、どっちでもいいけど。ついでにトンカラ買ってきたから、はい、財布」

「ああ、助かる」


 目の見えないハイガルに代わり、まなが彼の財布からお金を取り出す。そうして、当然のようにお金のやり取りをしているまなと青髪を見ているだけで、とても嫌な気持ちになる。


 それから、ハイガルがトンカラを開封すると、自然な流れで、まなはそのうちの一つをつまんで食べた。それをじっと見つめていると、まなが視線に気づいて首を傾げる。


「マナ、どうかしたの?」

「なんでもありません!」

「絶対、何かあったわね。言ってみなさい、力になれるかどうかは分からないけれど。あたしじゃなくて、ハイガルでもいいし」

「クレイア、無自覚のうちに、煽ってるぞ」

「え?」


 私がマナと呼ばれるまでに、一体どれだけの労力を費やしたと思っているのだろうか。それを、馴れ馴れしく、ハイガルなどと。


 その上、責任が自分にあることには気づかず、頼れとか、一番の原因に相談しろとか言ってくる辺り、本当に、彼女は、何も分かってない。


「まなさん!」

「はいっ! ……思わず返事しちゃったじゃない」

「帰りますよっ!」

「え? あんたも、何か用事あったんじゃないの?」


 さすがに、つけてきた、とは言えないので、私は誤魔化すようにして、ハイガルのトンカラを一つ盗んで食べる。


「あ」

「あふっ!?」


 どちらかの制止の声が聞こえたが、時すでに遅し。トンカラの肉汁で口内を火傷し、慌てて冷たい大気を口から取り込む。


「あーもう、変な意地悪するから……」

「もう一個、食べるか?」

「んっ……いりません! そんなもの!」

「トンビアイスあるわよ。あんたにと思って」

「食べます! ──後で代金は払いますからっ!」


 二人に苦笑される私は、行儀悪く、トンビアイスで口内を冷やしながら、地面を踏み鳴らして帰路に着いた。


***


 それから、数日と経たないうちの出来事だった。


「──ハイガルが命を落とした。魔法を封じられ、盲目の中、乗っていたルナンティアを撃たれて海に落ちた。落ちたときは意識があったと思われる。死因は溺死だ」


 いつもと雰囲気の異なるル爺がそう言った。ハイガルといえば、まなと親しくしていた青髪の盲目の男だ。目が見えないため、魔法で視界を得ていた彼は、魔法を封じられて、本当の意味で盲目になっていたのだろう。


「何の、冗談だい?」

「わそはつまらん冗談は言わん」

「会わせてくれ」

「やめておけ。一生、後悔するぞ」

「……それでも、会わせてくれ」


 会わせてくれと頼むのは、赤髪に緑瞳のギルデルドだ。剣神レックスの息子でもある彼のことは、物心ついたときから知っているが、聞いた話によると、ハイガルとは幼なじみらしい。


「他はどうする?」


 私を含め、誰も何も言おうとしないのを見て、あかりが言う。


「僕はやめておく。悪いけど」


 溺死となれば、遺体は酷い有り様だろう。見たらきっと、一生、記憶に残る。そんな情をかけられるほど、ハイガルに対しての思い入れはない。


「私も、遠慮させていただきます」


 ちらと、横目でまなを見ると、どこか遠くを見つめているようで、何か考えているらしかった。


「まなさん?」

「──あたしも、行かないわ。合わせる顔がないから」


 不気味なくらいに、彼女は、いつもの調子でそう言った。

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