第2-11話 優しさの毒

 そうして構えるローウェルの、重心の位置に打撃を叩き込もうとすると、腕で受け止められる。だが、骨が折れた感触はあった。


「ちょっと! 変身中に殴るなんて卑怯っす!」

「戦いに卑怯も何もありません。勝った方が正義です」

「さっきと言ってること真逆っす! それじゃあクロスタくんと一緒じゃないっすか!」


 まるで痛みを感じていないかのようなローウェルに、私はわずかに焦燥を覚える。


 今でこそ、私が圧倒している形だが、第二形態──つまり、完全にモンスターの姿になられては、いよいよ、負けを視野に入れる必要が出てくる。──どちらにせよ、あかりを助けるのが、間に合わなくなってしまうかもしれない。


 私は腕の傷あとをなぞり、ローウェルに意識を集中させる。


 今の私に世界を昼にするような力は残っていない。唯一、ローウェルから空に打ち上げるような攻撃を食らい、天体まで飛ばされれば、押して元に戻せるかもしれないが、ローウェルが天体まで私を飛ばせるとは思えない。──つまり、魔法はもう使えない。


 そこに、相手が有利な帳、体調不良、魔法の不調ときて、結界による弱体化まである。──いや、そんなのは、ただの言い訳にしかならない。


「仕方ないっすねっ!」


 すると、ローウェルは翼で天高く飛び上がった。私もそれを追いかけるようにして、ジャンプで飛び上がるが、やはり、空では彼に勝てない。仮に魔力が残っていたとしても、追いつくことはできなかっただろう。


「大人しく地上で見てるっすよ」


 ローウェルは翼を広げ、全身を包み込むと、数秒の後に、再び翼を広げた。


 ──そこには、小さな白いフクロウがいた。あれが、彼の本当の姿だ。


「可愛いですね」

「お褒めに預かり光栄っす。──覚悟してくださいっす!」


 光の速度でローウェルは飛来する。当たれば首が飛ぶと判断し、身を屈めて避け──通過する足を掴む。目で追えるような速さではなく、掴めるかどうかは、完全にけだったが、偶然、上手くいった形だ。


 もし、掴めなければ──。


 そんな仮定の話は置いておく。


「嘘っすよね!? ファーストアタックっすよ!?」

「鳥の足は基本的に折れやすいと決まっています。先ほどの折った腕がどの部分かは知りませんが、このまま戦い続けるというのなら、二度と飛べなくして差し上げますよ」


 ローウェルは私を振り落とそうと、旋回し、遠心力をかけ、上下左右に飛び回る。が、やがて、私が手を離す様子がないと悟ると、今度は上空に向けて飛び始めた。


「高いところから落とす作戦ですか」

「っす。対処法は考えておいてくださいっす。まあ、でも、対処法くらい思いついてるっすよね。オレの単なる悪あがきっすから」

「──試してみますか」


 ローウェルが落下を始める直前、私はローウェルから手を離し、地上へと自由落下する。驚いた素振りを見せるローウェルだが、次の瞬間には、この機を逃すまいと、私を追ってくる。


 彼の飛翔速度は人型のときの数十倍に達しており、直撃すれば即死だ。


 その速さを逆手に取り、私はまなから借りてきたナイフを、衝突直前で投擲とうてきする。ナイフに吸い込まれるようにして向かってくるローウェルを見て、私は勝利を確信した。


「──いける」


 とはいえ、彼はモンスターだ。このナイフであれば、痛みはないし、死にもしない。


 急には方向を変えられないと言わんばかりに、ローウェルは真っ直ぐ頭からナイフに衝突し──弾けるようにして、消滅した。


「私の勝ち──ですが」


 直後、血肉は光の粒子となり、魔王城の方角へと還っていく。これで、しばらくはやってこれないだろう。


 さあ、あかりを助けなくては──。


 その瞬間、結界と闇蛇たちが消え、氷漬けにされたクロスタと、分身した二人のあかり、そして、頬に青いダイヤ模様のついた青髪の女性が現れる。私はそれを、落下しながら確認する。結界は解けたようだが、帳は降りたままだ。


「愛!」

「──ローウェルがやられましたか。ここは一旦、引いた方が懸命ですね」


 小柄な女性は氷を殴りつけて割り、中からクロスタを取り出してひょいと小脇に抱えると、背中からコウモリの羽を出した。


「逃げるとかズルじゃん!」

「この場であなた方二人を相手にしても勝てるとは思えませんので」

「いやあ、誉められると照れるなあ」

「失礼いたします」


 調子に乗るあかりを置き去りにして、女性はその場を飛び去る。遅れてあかりが気づくが、もう遅い。


 逃げられてしまうと、なんとも勝った実感が湧いてこないが、ひとまず、砂浜に着地し、その後で降ってきたナイフをキャッチする。


「ま、なんとかなったって感じかな」

「……みたいですね」


 あかりが分身を解き、一人に戻る。そして、私は結界からまなを連れ出し、かかえる。白髪の少女は、寝息を立てて、ぐっすり眠っていた。その愛らしい顔に私は頬ずりをする。


「よかった──」

「こうしてれば可愛いんだけどねえ」

「クレイアさんは普段から可愛いです」

「そうかなあ? なんか、僕、嫌味ばっかり言われてる気がするんだけど?」

「それはあなたが悪いのでは」

「んー否定できない」


 再び、砂浜に彼女を横たえて、私はその横に寝転がる。


 そうして、まなの鬱陶うっとうしそうな前髪をどけてやり、サイドテールに手櫛てぐしを通した後、子どもみたいに眠る頬をつつく。なぜこうも愛らしいのだろうと、自分でも不思議なくらいに、彼女は特別な存在だ。


 ──ああ、そうか。私は彼女が大好きなのだ。だから、素っ気ない対応に傷つき、仲良くなれないことを悩み、利用することに嫌悪しているのだろう。


「ほんと、マナってまなちゃんのこと好きだよねえ」

「嫉妬ですか?」

「嫉妬です」


 まなを挟んで座るあかりのふくれ面に苦笑しながら、私は星空を見上げる。まだ昼時のはずだが、空は闇に覆われたままだ。


「──月が綺麗ですね」

「それって、告白?」

「……どういう意味ですか?」

「あー、うん。通じないと思った。気にしないで」


 文化の違いというやつは難しい。


 ともかく、星空は綺麗だが、このままにしておけば、世界が混乱する。ローウェルも、夜にするなら、ちゃんと戻していってほしい。


「あかりさん、魔力は残っていますか?」

「昼にするくらいならできるけど、寝ちゃうかも」

「では、このまま、寝てしまいましょうか」

「でも、敵が来たらどうするの?」

「来ませんよ。今のところ、あれが最大戦力と考えていいでしょう。次に来るとしたら、魔王本人か、あるいは──」


 あるいは、それを上回る何か。


「てか、戦力投入するの早すぎない? まだ二回戦だよ?」

「それだけ、私たちを高く評価しているのでしょう。魔王と幹部の行動がすれ違っているのは、引っ掛かりますが」


 あかりがいれば、まなを取り返すことくらいいつでもできる。それを、わざわざ彼女を監視させ、彼女を取り戻そうとする幹部たちと私たちを、戦わせているのだ。そんなことをする魔王の狙いが一向に見えてこない。


「ま、今度聞いておくよ」

「聞いたら教えてくれるんですか?」

「そりゃあ、僕たち頑張ってるんだからさ、ちょっとくらい教えてもらわないと、ね?」

「それもそうですね」


 ──だが、彼は、まなを利用しようとしているだけだ。私が事情を知りたいというから聞いてくれるだけで。


 期待すれば、傷つくのは私だ。


「そういえば、あかりさんは勝てたんですか?」

「さっきの? クロスタくんはまあいいとして、ウーラちゃん──あのダイヤの子が強くてさあ? 一撃も与えられなかったんだよねえ。まあ、こっちも食らってないんだけど」

「そうでしたか──」

「でも、マナがこんなに苦戦するなんて、珍しいね? やっぱり、無理してる?」


 今のところ、あかりの前で嘔吐おうとしたことはない。そのため、彼は、一度早退して、その後、微熱が続いている、くらいに思っているはずだ。となれば、誤魔化せばいい。


「していませんよ。少し熱はありますが、多少だるいくらいです」

「でも、今まで熱なんて出したことないんだよね?」

「それはそうですが──」

「それに、熱が出てるってことは、ほんとは大人しくしてないといけないんだよ? 今日の依頼だって、マナがどうしてもって言うから、仕方なく連れてきたけど、ほんとはすっごく嫌だったんだからさ」


 ──イライラする。


「……うるさい。親のつもりですか?」

「うるさくして強がりが直るなら、どれだけでも──」

「強がってない!」


 私が叫んだことに対して、彼よりも、私自身が驚いた。直後、それが彼への八つ当たりだと気がつく。


 ──先手を打たれていたとはいえ、相手は確実に格下だった。だというのに、咄嗟とっさの判断に何度か悩み、適切に動けなかったのは事実だ。それさえなければ、もっと、簡単に倒せていただろう。


 そんな、言い訳ばかりしてしまうくらい、今回の戦闘は失敗だった。


 結果的に勝てたからいいものの、あかりの元にけつけることもできなかったし、分断することも許してしまった。思考にも時間がかかりすぎた。


 もしかしたら、敵から情けを受けただけという可能性もある。


「うっ……」


 ──吐き気がする。このタイミングは、非常に良くない。


マナ? どうかした?」


 口と腹を咄嗟に手で押さえるが、それで収まるようなものではない。気持ち悪い。


 なんとかして、その場を離れようとするが、想像以上に、足取りが覚束無おぼつかない。


 そんな最中、背中に手が添えられて、ふわっといい香りがただよってくる。この感じは、まなだ。先ほど叫んだせいで起こしてしまったのだろう。


「我慢しなくていいから。あかり、あっち向いてなさい」

「え? あ、うん……」


 そうして、あかりの視線が外れた瞬間、緊張の糸が切れ、私は先のトンビアイス共々、胃の中身を砂浜に戻した。

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