第2-10話 無粋な推測
先制攻撃を仕掛けようと、間合いに入る──相手も同じ思考だ。
地上が封じられているため、強制的に空中戦を強いられている。本物の鳥と風で浮いているだけの人間では、どちらが有利か、比べるまでもない。
──やはり、わずかに、相手の方が速い。
「っ──」
横凪ぎの爪を咄嗟に腕で受けると、姿勢が崩れたところに追撃が来る。攻めに転じる隙を狙うが、回避するので精一杯だ。
わずかに上からの攻撃に、地面へ向かうよう誘導されているのを感じ、位置を移動しないよう、身を捻って回避し、背後を取る──瞬間、頭から翼で叩き落とされた。柔らかそうな翼だが、重量も威力も見た目の比ではない。
「──はあっ! ……!?」
地面に風を送り、勢いを殺そうとして──魔法が黒い砂浜に吸い込まれるのを視界に捉える。
咄嗟に、ローウェルへと水を放出し、推進力で方向を変え、闇のない海を凍らせて、その上に立つ。
「水、冷たっ! ……でも、凄いっすね! 帳の中でこれだけオレとやり合える人、初めて見たっす!」
若干、上からの言い方に、悪気はないのだろうと分かってはいても、少し苛立つ。
「なんですかその砂浜は」
「これっすか? 魔法を取り込む闇っす」
「そんなことは分かって──っ!?」
敵に聞いた私が愚かだった。
直後、吸い込まれた風が闇の中から飛来する。その威力は放った自分が一番よく理解している。まともに食らえば、ただでは済まない。速い。相殺している暇がない。
爪の傷が残る腕で受け、衝撃を足へと受け流して、風にさらわれないようにする。
その様子に違和感を覚えたのか、ローウェルが片眉を上げて──何かに気がついたように、目を見開く。
「無粋な推測は失礼ですよ」
「これはこれは、失礼いたしましたっす。……でも、なんだか戦いづらいっすね」
「気遣いは無用です」
「休んだらどうっすか? 停戦するって言うなら、オレも攻撃はしないっすよ」
「あかりさんを助けに行かなければならないので。休んでいる暇はありません」
「いや、戦略とかじゃなくて、本当に嫌なんすけど」
「それなら、大人しく助けに行かせてください」
「んー……やっぱり、ダメっすね。オレにも、守りたいものがあるので」
「でしたら、手加減は不要です──」
氷の足場を蹴り、ローウェルの元へ飛ぼうとすると、足を何かに絡めとられて、引き戻される。見ると、闇でできた蛇が巻きついていた。
そして、砂浜をよく見、それが単なる闇ではなく、闇蛇で埋め尽くされて、そう見えているのだということに気がつく。
そのとき、蛇によって足下の氷が消され、海水に引き込まれる。直後、上から降ってきた氷柱をなんとかかわし、海面に上がる。
「は──」
顔を出すと、次から次へと蛇が降ってきて、私に触れた側から、どんどん魔力を吸いとっていく。それを取り返そうとするが、取り返せる気配は少しもない。
魔力切れになれば、結界が消え、まなが連れ去られてしまう。それ以前に、あかりを助けにも行けない。
私は蛇たちを、引きちぎって、噛みきって、握りつぶして。ありとあらゆる手段で、素早く蛇を消滅させていく。魔法は効かないのだから、物理で破るしかない。
しかし、キリがない。となれば、上空から高みの見物をしている、増える原因の方を止めるしかないが、蛇に触れられているだけで、魔力は吸収されていく。
──これ以上は、むやみに魔法を使わない方がいい。
私は深呼吸をして、考える。これだけの魔法を本当に使っていれば、疲れが出てきてもよい頃合いだと。
あの翼は、魔法を使わず空を飛べるものであり、飛んでいるだけでは魔力を消耗しない。ただ、昼夜を逆転させた上に、砂浜を埋め尽くすほどの蛇を出せば私でも魔力切れになる可能性がある。あかりなら、平然とやってのけるだろうが、あいにく、ローウェルからはそれほどの魔力を感じない。
何か、からくりがあるはずだ。例えば、あの蛇がほぼすべて、幻であるとか。
試しに、私は先ほど釣り上げた、活きのいいシーティリアを歪みから取り出し、先に心の中で謝ってから砂浜に向かって優しく投げる。
モンスターの原動力は魔力であるため、魔力を失ったモンスターは動きが鈍くなるはずなのだが──そうはならなかった。砂の上に投げ出され、ピチピチと跳ねている。となれば、少なくとも、あそこには蛇がいないことになる。
「あちゃー、ばれたっすか」
砂の上に立てる──つまり、無理に飛行している必要がないとなれば、無駄に魔力を消費しなくて済む。だが、どういう仕組みか、蛇たちは魔力探知に引っ掛からないため、どこにいて、どこにいないのか分からない。
先ほど、風の魔法が跳ね返ってきたので、少なくとも、一匹はいるはずなのだが──。
とにかく、今は、シーティリアを目印にして、地上戦に持ち込みたいところだ。しかし、海面から上がろうとすると上から、容赦ない爪の攻撃がやってくる。まなの結界の維持や、後のあかりへの援護を考えると、これ以上、魔力は使いたくない。
──いや、何か、引っかかる。先ほどまで、ローウェルは蛇を降らせていたはずだ。それがぱたりと止んでいる。
「もしかして、あなた、魔力を使い果たしているのではありませんか? 私がこれだけ不利な状況にいるのに、魔法を出し惜しみするのは不自然です」
「それに答えてあげる優しさは持ってないっす!」
息継ぎに、頭を水面から出したことで、休む間もなく浴びせられる鋭爪の攻撃を、水中に潜ることでかわし、熟考する。翼が濡れては飛べないからか、海の中までは追ってこない。
今までに発動している魔法から考えても、残りの魔力が少ないことに間違いはない。とはいえ、ローウェルは自身の周りにも蛇たちを纏わせており、それが邪魔をして、魔力の残量が確認しづらい。ローウェルに触れている蛇たちは砂浜の蛇とは違い、わずかに魔力の反応が見られるのだ。
しかし、蛇たちは吸いとった魔力を、一体、どこに内蔵しているのだろう。探知しているため分かるのだが、私から魔力を吸ったからといって、蛇たちの魔力が上がっているわけでもない。むしろ、わずかにしか、魔力を感じられない。
とはいえ、吸収できないのであれば、魔法を跳ね返すことだってできるはずがない──。
推測が正しいかどうかを確認するため、再び、海面に上がり、攻撃に備える姿勢を見せると、ローウェルが手のひらをこちらに向けてきた。
「タンマっす。……お魚さんが可哀想っす。オレが海に還す間だけ待つっす」
「あ、待って!」
「っす?」
私は単なる善意からか、何か作為があってのことか、シーティリアに向かうローウェルを声で引き留める。変な口調だなと思いつつ。
「この辺りでは外来種の扱いを受けている魚なので、リリースはやめてください」
「なら、討伐してもいいっすか?」
「ギルドからの依頼で来ているので、ご遠慮いただけると助かります。こちらへ投げていただければ対処しますので」
「投げるのも可哀想っすけど……仕方ないっすね。投げるっすよー」
手を振るローウェルに私は振り返し、なけなしの魔力を振り絞ってシーティリアを歪みに収納する。これで目印はなくなったわけだが、命を粗末にするわけにはいかないので、仕方がない。
「お魚さんの命を救ってもらったっすから、ワンアクションだけ待つっすよ」
魔王直属の幹部ともあろう存在が、ずいぶんとお優しいことだ。その発言ですら一つの行動として捉えられかねないため、私は黙る。
ワンアクションもらえるならと、私は海から飛び出し──、海の上を走って砂浜へと向かう。仕組みは至って簡単で、沈む前に次の足を出す。以上だ。
こうなると、身体能力での勝負に持ち込むしかない。
「ちょっ! マナさん、本当に人間っすか!?」
「一番、言われ慣れている言葉です」
ローウェルが砂浜付近の水面付近を熱湯へと変え、私に走って来させないようにするのを見て、確信する。
闇蛇たちは、水が苦手なのではない。──砂が苦手なのだ。最初に砂浜が闇に覆われていたのは、フェイク。
そして、海が熱湯に変わったときの対処法は、こうだ。
手を振り上げて、下ろす。すると、海が割れる。
「まじっすか!?」
割れた海を駆け抜けて、闇で覆われた砂浜に足を踏み入れる。そして、蛇たちを引き剥がし、砂に転がすと、──一瞬で蒸発して消えた。間違いない。今、砂浜に闇蛇は一匹もいない。
最初から避けずに堂々と踏んでおけば良かったのかもしれない。まあ、もっとも、そのときには何か罠が仕掛けられていて、踏めば何か起こった可能性が高いが。
となると、風の魔法が吸収されたからくりが気になるところだが、こちらは至ってシンプルに考えられる。
「闇蛇が吸収した魔力はあなたに送られるというわけですね。そして、あなたはそれを使って私が作り出したものとそっくりの魔法を発動させた。さも、蛇たちが魔法を跳ね返しているかのように」
飛行するローウェルに向けて、手刀を振り下ろし、距離など関係なしの斬撃をお見舞いする。かわしきれずに、羽毛が舞う。
「……やっぱり、賢いっすね。ちなみに、最初は、砂浜にホールを仕掛けておいたんっすよ。素直に踏んでくれればなーって」
「急に正直になりましたね」
「本当に魔力切れっす。蛇さんたちから吸収した魔力は、少ししか還元されないっすから」
そうして、ローウェルは全身に纏わせていた蛇たちを砂に落として消滅させる。蛇といっても、生き物ではなく魔法の類であり、そこに魂はない。
「降参、というわけではなさそうですね」
「勇者くんが負けてくれればいいんすけど、なかなか頑張ってるみたいなんで。──オレも、第二形態突入っす」
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