第2-8話 海辺の静寂
「あ、釣れました」
「秒で終わったわね……」
「え、僕、エサすらつけれてないんだけど」
エサもつけずに、試しに竿を垂らしてみたら、釣れてしまった。私の運の良さは今に始まったことではなく、トンビアイスの当たりも、もう一本食べたい、と願えば、わりと、いつでも引けるくらいだ。最近は節約のために当たりを引くことが多い。
そうして、体を揺らし、針から逃れようとするシーティリアを、素手で掴み、バケツに入れて泳がせる。
「釣ったシーティリアって、どうするんだっけ?」
「あとは、ギルドに持って行くだけですね。もしくは、ここで討伐して、ギルドで確認してもらうかのどちらかです。ギルドに持って行けば、水族館で展示されるのではないかと思います」
「じゃあ、実質、依頼達成みたいなもんだね」
「ええ、そういうことになります」
──静寂を打ち消すように、波がさざめく。すると、燃焼不足そうなあかりが口を開いた。
「でもさ、シーティリアってモンスターだよね? 何か危険とか、そういうことはないの?」
「産卵時に非常に強く放電するので、最悪の場合、海の生物が全滅する、ということくらいですね。とはいえ、それは最悪の想定なので、実際は数匹が巻き込まれる程度でしょうが」
「え、それだけ? いや、それも怖いけど」
「そうですね。シーバス──スズキに類似していて、増えすぎると在来種との繁殖競争、要は、元々ルスファ海に住んでいる魚の数が、大きく減ってしまう可能性があるというくらいですね。子どもがモンスターになるという点も問題視されてはいますが、産卵期は一月頃なので、今すぐに対処する必要はないかと。だからこうして、ギルドに依頼が出されているのでしょうね」
「ほうほう、よく分かんないけど、じゃあ、なんでこんなに報酬もらえるの?」
「これでも一応、知能のあるモンスターですから。釣り上げることだけは、大変難しいとされています。その上、一匹でも残したら大変なことになりますから」
「へえ、ほんとに? 一瞬で釣ってたけど」
疑いたくなる気持ちは分かるが、それが事実だ。
「あたしも何度か受けたことがあるけれど、一ヶ月あっても釣れないなんて、よくある話よ。繁殖期が近づいてきてもまだ釣れてないときは、冒険者に一斉召集がかかって、報酬も底上げされるから、みんな海に殺到するのよ。巷じゃ、シーティリア祭なんて呼ばれてたわね」
やけに詳しいな、と思う。いつから彼女が魔王に追われているのかは知らないが、その間はこうして、冒険者として生きてきたのかもしれない。
何をして追われているのかは知らないし、魔法が使えない彼女がどれほど苦労してきたかも、想像することしかできないが、大変だったのだろう。
──こうやって、彼女のことを考えるフリをすることで、罪悪感を誤魔化す。
「それでも釣れなかったらどうするの?」
「そこまでいけば、だいたい釣れると思うけれど、考えたこともなかったわね。ゴールスファさんは知ってる?」
「はい。もし、産卵のため外海の方に向かってしまい、釣りにくくなった場合、産卵前に私が捕獲することになっていました。今となっては、王女でもない私に頼むわけにもいかないでしょうけどね」
そう言って、再び、エサもつけずに竿を振ると、竿が大きくしなった。──ルアーを回し、魚の動きに合わせて竿を倒せば、どうやら弱っていたらしく、すぐに釣れた。
「あかりさん、網をお願いします」
「……
「相変わらず、王女使いの荒い国ね」
そうして、釣り上げると巨大なカツオ──それも、旬の初ガツオが現れた。バケツには入らなそうだったので、シーティリアとともに、無限収納にいれておく。
「……は? 待ちなさい、カツオがこんなところで釣れるわけないでしょ? 船で沖まで出て釣るものなんだから。それも、こんな大きいの──」
「たまたま、泳ぎ疲れて浅瀬に流れ着いたみたいですね」
「よっ、さすが
はしゃぎながら、下手な拍手をするあかりとは対照的に、まなは受け入れがたい現実に半ば放心し、しばらくしてから、諦めたようにため息をついた。
「食べる? 食べちゃう? 食べるなら捌くけど」
「そうですね。食べちゃいましょうか」
「へえ。あかりって、魚捌けるのね」
「まあねえ」
彼は海沿いの町で育ったそうだが、なんでも、食べるものすら、ろくにないほどに困窮していた時期があるらしい。その上、足も満足に使えないとあって、よく魚を釣り、それを捌いて食べていたとか。
そうして、黙々と進めていくあかりだが、生きるために身につけた技術とあっては、さすがに、手際がいい。
普段は悪いところばかりが目立つが、こうして、魚を捌いている、真剣な横顔と、捲られた袖から覗く、程よく鍛え上げられた腕を見ていると──、
「惚れ直した?」
「……別に。魚を見ていただけです」
「はいはい。そういうのは、二人きりのときにやって」
まながいることを思い出し、意識を現実に引き戻す。つい、見とれてしまっていた。恥ずかしい。
「……それにしても、飽きてきたわね。あかりには悪いけれど」
「ま、だよね。魚捌いてるだけだし。それじゃあ……この後どうする?」
「何か、別の依頼を受けてもいいんじゃないかしら」
「えー。せっかく来たのに」
私が珍しい口調で不満を表すと、二人はそろって苦笑する。
同じ都市内とはいえ、学園のある西側と、海のある東側では様相も大きく異なり、距離もかなり離れている。実は、ここまで来るのに、ギルド指定の深夜バスで数時間かかっている。その間は寝ることができたのだが、帰りは電車とバスを乗り継いで行くので、乗り過ごすことを考えると、おちおち、寝てもいられない。
──とはいえ、私は吐き気と酔いのダブルアタックで寝る暇もなかったのだが。普段は乗り物酔いなどしないのだが、体調が悪いからだろうか。あれは辛かった。それこそ、歩けないくらいに。まあ、あかりの前だったので、平然を装いはしたが、足が悲鳴を上げていた。
「ゴールスファさんはどうしたいわけ?」
「んー、食べ歩き?」
まなに問いかけられて、私はそう答える。あざといと言われようが、可愛い子ぶっていると言われようが、今はとにかく、甘えたい気分なのだ。
「あんたのお姫様はこう言ってるけど?」
「
「まあ、今日くらいは付き合ってあげてもいいわよ」
「クレイアさん、大好きーっ」
「ちょっ……!」
ぎゅっと抱きつくと、まなは照れたように硬直した。その可愛い反応を腕の中で堪能する。好き。
──そうしながらも、私は遠く離れた気配に意識を集中させる。
最初の違和感。どう考えても、人が少なすぎる。海岸沿いにすら人がいない。この辺りは観光名所のはずだ。戦渦に巻き込まれたとはいえ、この辺りの内乱はすでに収まっている。調査も終わり、仕掛けや罠がないことも確認済みのはずだ。
それに、いくら朝が寒いと言っても、釣り好きにとってはそれが普通だし、人が少ない朝を狙って観光にくる人もいるだろう。その上、今日は土曜日。子どもたちが遊びに来ていてもおかしくはない。
あかりも異変には気がついているようで、手を動かしながらも気配に集中している様子だ。気づいていないのは、まなだけだろう。
「ちょっと、そろそろ、離しなさいよ……っ」
人払いを済ませたということは、おそらく、敵の狙いは結界だ。結界は、魔法陣を使って発動させる大魔法だが、その内外で私たちとまなを分断するのが目的だろう。
結界にも種類があるが、たいていの場合、その効果は二つ。相手の魔力、身体能力を低下させる効果。そして、時空をずらし、内外の認識を阻害する効果だ。
つまり、隔てられれば、位相が同じであったとしても、触れることも、視認することもできなくなる。解除するには基本的に、結界を内側から破るか、術者を倒すしかない。
そう考えると、今、まなを離すわけにはいかない。本人に警戒心がないのは、初日の段階で秘密裏に対処してしまった私たちにも責任があるのかもしれないが。
しかし、義理堅い彼女に、あまり恩を感じさせたくはない。
敵の数は三。いずれも手練れ。体調不良の私だけでは、対処しきれない可能性が高い。あかりにしても、一人で戦わせるとなると、不安が残る。
「……どうかしたの?」
勘の鋭い彼女を誤魔化しきるのは、やはり、難しい。となれば、対策を講じる必要がある。私は気を引き締め、まなに問いかける。
「クレイアさん、睡眠導入剤のようなものは持ってますか? カツオを捌くのに使いたいので、魔力がない相手にも使えるものがいいんですが」
「ええ、持ってるわよ」
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