第2-4話 カルカル

 結局、一台のスマホを三人で覗きながら考えることになった。


「どれにしようか」

「指名手配されている人を探しに行くのはどうでしょう」

「そういう危険なのは、切羽詰まったときにしてくれる? てか、警察に任せなさいよ」

「ゾンビ退治に、古代遺跡の調査、ドラゴンの暇潰しに、カルカルの集団移動──まあ、一応、全部できそうではあるけど」

「あんたたちには、常識ってもんがないのね……」


 新米冒険者向けに、依頼の難易度が数値化して示されているのだが、これらはほとんどが高難易度を示しており、今の私たちでは手の届かないものも少なからず存在する。とはいえ、報酬を狙うなら、命の危険を伴うものにも積極的に挑戦しなくてはならない。


「まなちゃん魔法使えないしね」

「それなら、まずは草抜きに行きましょうか」

「いや、だからそれ、お昼つきのボランティアじゃん。報酬もらえないじゃん。それなら、その辺でアルバイト探した方が絶対いいって」

「──あんたたち、結構強いんでしょ? 別に、あたしに合わせなくてもいいわよ」


 それを聞いて、私は内心でほくそ笑む。言質が取れたからには、遠慮する必要はない。


「クレイアさんがそう仰るのでしたら、仕方ないですね」

「そうだねえ。じゃあ、報酬が高くて、新人パーティーでも受けられるのは……」


 条件付きで検索すると、すぐに検索結果が表示される。


「カルカルの群れの誘導ですね」

「よし決まりだね」

「げっ。カルカルはちょっと……」


 まなが露骨に嫌そうな顔をするが、異論は認めない。


「先ほど、仰いましたよね。合わせる必要はないと」

「言ったけど……いいえ、言ったわ。行けばいいんでしょ行けば……」

「よし、受注っと」


 あかりが、タップ一つで受注を済ませる。


「……ところでさ、カルカルって、何?」


 そして、彼の空っぽな頭が透けて見えそうな顔に、私とまなは顔を見合せて、ため息をついた。


***


 丘から見下ろすと、辺り一面に黄色と紫のモコモコしたモンスターが密集していた。千、二千はゆうに超える群れだ。顔が黄色くて、毛が紫。


「目がチカチカするわね……。だから嫌だったのよ」

「うわあ、気持ち悪っ……」

「カルカルは、羊に類似したモンスターです。ああやって、敵を遠ざけているんですよ」


 私は丘を降りて、一番近くにいる個体の毛を撫でる。ふわふわとしていて、極上の触り心地だ。


 カルカルの毛は高級品として扱われており、城でも使われている。断熱性に優れており、カルカルのマフラーや手袋は、冬場の必須アイテムだ。まあ、トンビアイス一つですら躊躇する今の私には、到底、手の届くものではないのだが。


「クレイアさんも、触ってみてください」


 丘の上から見ていたまなが、恐る恐る近づいてきて、カルカルに触る。──瞬間、モコモコしていた毛は水をかけられたように縮む。


「毛がショボショボになった……!?」

「魔法の毛ですから。クレイアさんが触ったら縮みますよ」

「じゃあなんで触れって言ったのよ」

「ぺちゃんとなったカルカルを見てみたかったので」


 毛を縮められたカルカルが、寂しそうにルーと鳴く。


「可哀想ですよ、クレイアさん」

「あんたが触れって言ったんじゃない」

「はいはい。元に戻しておきます」


 私は魔力を込め、毛を元の状態に戻す。魔力を込めれば傷んでも元通りにできるため、半永久的に使えるというのも、高級な理由の一つだ。


「この子たちを移動させるのよね」

「はい。都市に入るのを防ぐのが目的です。カルカルたちは前進することしか知らないので」


 見ての通りの大群であり、カルカルが通った後には、草一本残らない。そうして、彼らはエサを求めて移動するのだが、基本的に真っ直ぐしか進もうとしない。そして、今年はこのまま進むと、学園都市ノア──つまり、私たちが住んでいる都市に直撃する。


 人間にむやみに襲いかかったりしないという点では、比較的大人しいモンスターだが、実害は大きい。


「都市と平原の間に柵でも作ればいいんじゃないの?」

「依頼にもありましたが、この辺りには、ドラゴンが住んでいるので、柵を作ったとしてもすぐに壊されてしまうんです」

「この都市って、そんなに危険だったの……!?」


 安全だから柵がないのではなく、日常的に壊されるから、柵がないのだ。そう考えると危険だと考えられなくもないが、決して、危険ではない。


「危険ではありませんよ。ただ、柵を作られると、仲間外れにされたような気がするそうで、建設されると、すぐに壊していますね」

「はた迷惑なドラゴンね……」


 とにかく、カルカルを都市にぶつからないよう移動させるのが、今回の依頼だ。まだ都市からは少し離れているので、ここで失敗したとしても、他がなんとかしてくれる。


 まあ、失敗する気は少しもないのだが。


「どうやって誘導するのー?」


 丘の上から、遠く、あかりの声が聞こえる。カルカルが怖くて、降りてこられないらしい。


「いつまでそこにいるのよ。早く降りてきなさい」

「いや、無理。僕、動物にとことん嫌われる体質だから」

「あかりさん。私がついていますから、降りてきてください」

「……仕方ないなあ」


 そうして、これでもかというくらい怯えながら、彼は恐る恐る降りてきて、少し離れたところで振り返ったカルカルと目が合い、立ち止まった。


 まだ少し遠いが、仕方ない。


「基本的には、進行方向に火をつけることで方向を変えます」

「これ、どっちに進んでるわけ?」

「ノアに向かっているので、こちらが先頭ですね。後ろに草を食べた跡もありますし」


 密集しすぎており、まなが少し見ただけでは進行方向が分からないというのも頷ける。全部がバラバラの方向を向き、草を食べながらのんびり移動しているからだ。


「どのくらいの規模の炎が必要なの?」

「そうですね……ざっと、五百メートルは欲しいところです」

「ふーん……?」

「ピンと来ませんか?」


 私の問いかけにまなが頷くと、あかりが答える。


「五百メートル焼けたら、魔王城の犬小屋は全焼してるね」

「え、魔王って、犬、飼ってるの?」


 あかりの戯言を信じるなんて、まなはちょっと心配になるくらい素直だ。疑うことを覚えた方がいい。


「それが事実かはさておき。今年は群れも大きいですから、火で追い払うのは得策ではありませんね」

「じゃあ……どうするわけ?」


 まなの問いかけに答える代わりに、私はあかりに念話で指示を出す。


 カルカルたちは賢く、私たちの言葉を、まるで理解しているかのように行動を起こすことがあるからだ。


「え、なんか、嫌な予感がするんだけど」

「早くしてください」

「はいはい……」


 あかりは怯えながら、そして嫌そうにしながらも、私たちの近くで休んでいたカルカルを抱き抱え、そのまま空へとさらう。


 ──刹那、カルカルたちの目の色が変わり、その注意がすべてあかりに向く。


「え、何……?」

「カルカルたちは仲間意識がかなり強いんです。ですから、一匹でも危害を加えられると、とても、怒ります」


 空を飛んで離れていくあかりを、カルカルたちは猛スピードで追いかけていく。


「ちょおおおっ!? それ先に言ってえ!?」


 あかりが悲鳴を上げて必死に逃げる。彼にはカルカルを抱えて飛ぶように、としか指示していない。


 そうして、あかりがカルカルたちに追われて飛んでいくのを見届けて、すぐに私は気がついた。


「困りましたね」

「何が?」

「あかりさんが方向音痴だということを、忘れていました」


 見れば分かることだが、あかりは、どちらに進めばいいか分かっていない。なぜなら、彼が向かう先には、


「──あっちって、ノアの方向じゃない?」

「そうですね」

「……あかりー!! ちがーう!!」


 まなが叫ぶが、カルカルたちの足音にかき消されて、聞こえそうにない。ならば、叫ぶよりも念話の方が確実だ。


「もしもし、方向が違います。戻ってきてください」


 私は困惑するまなを、断りも入れずに抱き抱え、全速力で丘に向けて走り始める。走るというよりもむしろ、低空飛行だ。一度、踏み込んでから、次に足がつくまでの間にかなり移動できるので、こちらの方が速い。いちいち足をつけて走っていては、遅いのだ。


「なになになになに!?」


 私は黙って、後ろを指さす。まなはそちらを振り返り、さらに驚きを露にする。


 見なくても、音で分かる。カルカルの群れがこちらに向かってきているのだろう。つまり、あかりが私たちを追いかけているのだ。特に何も考えず。


 戻ってくるよう言ったのは私だが、それは、ついてこいという意味ではない。今すぐ念話をしたいが、まなを抱えていては無理だ。


 加えて、カルカルは空を飛ぶあかりに向けて、魔法を放っている。つまり、その進行方向にいる私たちに、流れ弾が当たる可能性があるということだ。まあ、まなに魔法は効かないので、そこはあまり心配していないが。


「カルカルってあんなに魔法が使えるのね」


 モンスターなのだから、魔法が使えるのは確かなのだが、火や氷、水、風、土など、あそこまで多種多様な魔法を使うモンスターは珍しい。適正で言えば、水晶は白く光るだろう。などと、考えていると、氷の刃が後ろから飛来する気配がし──、まなが腰につけている剣を借りて、弾く。


「何が──」


 状況の飲み込めない彼女をしっかりと抱えると、カルカルたちが、次から次へと魔法を放ちながら、カルカルたちが土埃を上げ、追いかけてくる。


「うわああっ!?」


 炎を切り、氷を弾き、風を打ち消し、土を砕く。とはいえ、まなを抱えている間は魔法が使えないため、この剣しか使えない。それも、折れたら終わりだ。


 となると、遠距離への反撃の手段がない。まあ、実は、手刀の余波で吹き飛ばせるのだが、それをやると全滅させてしまう恐れがある上、今回の依頼では、カルカルに危害を加えることは禁止されている。


 そのため、仕方なく、私はまなを、手放す選択をする。


「失礼します」

「え──」


 そして、まなを思い切り上に投げ飛ばした。


「あ、マナ! やっと繋がった──」

「なんで追ってくるんですか! この、馬鹿! 殺す気ですか!?」

「……はっ!」


 今、気がついたとでも言いたげなあかりに、ため息をつきたい気持ちをぐっと堪えて、要点だけを伝える。


「花火を打ち上げるので、そちらに先導してください」


 火の花火では、カルカルたちが逃げてしまう。彼らは火を恐れるからだ。


 そのため、私は氷の花を空中に顕現させ、割っていく。先の水晶の件を思い出し、色もつけていく。なかなかに綺麗だ。


 そうして、上空から、まなが落ちてきたのを確認し、私は彼女を受け止める。この間とは違い、どうやって落ちてくるかある程度分かっているため、対処可能だ。


「楽しかったですか?」


 簡易な空の旅だ。安全装置なしのジェットコースターのようなものなので、鳥になった気分になれたことだろう。


 ちなみに、氷の花火にこだわったのは、実は、まなを楽しませるためだったりする。というのも、先の水晶のときに、なんとなく、まなが楽しんでいるように見えたのだ。


「あんたたち、なんでもありね……」


 しかし、まなは疲れた様子でそう呟いただけだった。少し、残念だ。勝手に期待したのは私だが。──なぜ、こんなにもがっかりしているのだろうか。


 きっと、仲が良くなれば、願いを聞いてもらえる確率も上がるからだろう。まあ、利用するためだけに一緒にいるのだから、その邪な気持ちが彼女に、それとなく伝わっていてもおかしくはないが。


 見れば、カルカルはちゃんと誘導されており、都市にぶつかることは回避できたらしい。あかりは抱えていたカルカルを群れに返して、嬉しそうにしながら戻ってきた。


 カルカルの群れの誘導、依頼完了だ。


 報酬は三等分しても、一ヶ月は暮らしていける額だった。そのため、三等分したのだが、まなが、なかなか受け取ろうとしなくて大変だった。自分が何もできなかったと、そう思っているのかもしれない。


 今後はその辺りのケアもしていかなくてはならない。一つ、課題が増えた。

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