第2-3話 懸念材料

 メリテルとして活動するに当たって、報酬の高い依頼を受けようと思えば、それなりに成果を上げる必要がある。つまり、難易度の高い依頼をたくさん受ける必要があるということだが、それ以前にやることがある。


「パーティーの登録ですね。では初めに、冒険者としての登録をお願いします」


 受付の女性はそう言って水晶を差し出した。愛想のいい笑顔と、丁寧な対応が印象的だ。


「魔法が使えないから、紙でお願いできる?」

「はい。では、こちらの紙にお願いします」

「お姉ちゃんは? ──そ、分かったわ。じゃあ、一枚、よろしくね」


 私たちはギルドに来ていた。そして、私とあかりは、相変わらず、霊的な何かと話している様子の、まなの後ろに隠れていた。


「……あんたたち、何やってんの?」

「かくれんぼです」

「まあ、ちょっと、思うところがあってねえ」

「いいから、早く登録しなさいよ」


 隠れていても無意味だとは知りながらも、紙に必要事項を記載していくまなの後ろで、私たちは息を潜めていた。


「姫様、あかり様、お久しぶりですね」


 が、やはり、無駄だったらしい。まなの対応をしているギルド長から話しかけられた私たちは、背筋を弾かれたようにピンと伸ばし、まなの影からこっそり顔を出す。


「わ、私はもう、姫ではありません──」

「私の中では、いつまで経っても姫様は姫様ですよ。どうぞ、こちらに来て、よく顔を見せてください」


 そう優しい声と笑顔で言われて、私は恐る恐る彼女に近づき、顔を見つめる。──瞬間、額に衝撃が走った。


「へなんっ!? うぅ、痛いです……」


 おでこを指で弾かれたのだ。すると、再び、同じところを弾かれる。


「へなんっ」

「まったくもう! どれだけ心配をかけたら気が済むんですか!?」

「も、申し訳ありませ──」

「謝って済むとお思いですか? ご自分がなされたことを、きちんと自覚なさっているんですか!?」

「はい……」

「だいたい姫様は──」


 これだから、顔を合わせづらかったのだ。怒られると分かっていたから。彼女──レイにだけは、さすがの私も頭が上がらない。


 最も信頼していた彼女にさえ、私は何も告げず、あかりと二人で城を抜け出した。だというのに、彼女は脱走を手伝ったと濡れ衣を着せられ、王都を追われ、職を失った。


 そして、どういうわけか、今はノアでギルド長を勤めていると、風の噂で聞いていた。ただの宮廷使用人であった彼女が、なぜ、と疑問は尽きないが、ともかく、噂は本当だったらしい。


「ちゃんと聞いているんですか!?」

「は、はい」

「もう一度、初めから申し上げる必要がありそうですね。だいたい、姫様はいつも勝手に城を抜け出しては、城下町を見て回り、あまつさえ、王都から出て森に行かれることもしばしば、くどくどくどくど──」

「書けたわよ」

「はい。確認いたしますので、少し、お待ちください」


 切り替えの早さに、私は目を剥く。このタイミングで割り込んでこれるまなもまなだが、ひとまず、助かったと考えていいだろうか。


「まさか、助かった、なんて、お考えになられてはいませんよね?」

「うきゅっ……」


 図星を突かれた。相変わらず、レイには考えが筒抜けだ。腹いせに、後ろで笑っているあかりにひじ打ちしておく。


「クレイアさん、確認が終わりました。登録しておきますね」

「ええ、ありがとう」


 そうして、まなに向けられていたレイの営業スマイルが、ゆっくりとこちらに向けられる。


「それで、お二人はどうされますか?」

「登録って、この水晶でやるの?」

「登録されるのですね。では、こちらに手を置いていただけますか?」


 宙に浮かぶ透明な水晶。そこにあかりが手を置くと、水晶は目映い光を放った。私は思わず、目を瞑る。


「はい、登録が完了しました」

「おお、めっちゃ光った!」

「魔法の適正や魔力に応じて、光り方が変わるようにしてあります。その方が面白いかと思いまして」

「今のは、どんな感じ?」

「白は、火または氷、それから、水、風、土の中で、すべてに適正がある場合にのみ見られる色です。光の強さは魔力の強さ、つまり、魔法を使える回数や威力などを示しています」

「えっ、僕、めっちゃすごくない!?」


 レイの説明を受け、同意を求めてくる彼に、私は少しだけ、不機嫌になる。簡単に言えば嫉妬というやつだが、醜いと分かっていても素直に称賛することは、やはり難しい。


「城でより詳しい検査を受けたこともあるはずですよ」

「それはそうだけどさ、やっぱ、改めてすごいなあって、実感した? 的な?」

「何が、的な、ですか。私も登録するので、どいてください」


 私も当然、白く光るのだろうと思っていたら、今度は虹色に光った。眩しさはあかりよりは控えめだ。


「あの、これはどういう──」

「なんとなく、虹色の方が綺麗かと思ったので、姫様だけ虹色に光る仕様になっています」

「おお、綺麗だねえ」

「誰得ですか……」


 レイの、まるで子どものようなおふざけに、私は脱力感を覚える。確かに綺麗ではあったが、これでは彼との比較ができない。


「ちなみに、まなちゃんが触るとどうなるの?」

「あたし? そんなの、粉々に砕けるに決まってるじゃない。これは魔力で結合してる結晶なんだから。怪我するかもしれないし、やらないわよ」

「ええ、見たいなあ」

「やめてください。ただでさえ、生活に困窮しているんですから。これ一つで、トンビアイスが一生分買えるんですよ」

「やっぱりやめよう、うん」


 ある意味、まなが一番強いかもしれない。


 ──そんなこんなで、パーティー登録を済ませた私たちは、早速、最初の依頼を受けるため、依頼が貼り出されている掲示板とにらめっこする。実は、スマホからも受注可能なのだが、せっかくギルドにいるのだから、雰囲気を味わっておきたい。


 掲示板に張り出された依頼の紙は、達成されれば自ら燃え尽き、受注されれば自ら丸まり、途中で放棄されれば、再び、依頼内容を提示する。新しいものはレイの元から飛んできて、板に貼りつく。


「雑草抜きなんていいんじゃないかしら?」

「いや、これもはや、昼ご飯付きのボランティアじゃん。報酬、昼食って書いてあるし」

「雑草抜きは大事な依頼の一つよ。あたしもこれに、何回助けられたか分からないわ」

「いや、どんな暮らししてきたの?」


「薬草採集も知識があるなら、やってみてもいいかもしれないわね。お礼に少し分けてもらえたりするし」

「分けてもらってどうするのさ?」

「薬の調合に使ったり、素揚げにして食べたり──」

「いや、もういい。この話は止めよう。うん」


「高給となると、やはりモンスター関連が多いですね──」

「受けるのは自由だけれど、あたし、何の役にも立てないわよ?」

「クレイアさんは癒し担当なので、応援していてください」

「それ、役立たずって言ってるのと同じなんだけど」

「いやいや、癒し枠って、結構大事だよ?」

「どっちにしろ、あたしが癒しなわけないでしょ」

「でも可愛いですよ」

「あんたの方が可愛いわよ」

「僕も含めて、三人とも可愛いって」


「すみませんが、他の方もいらっしゃるので、掲示板の前で話し込むのはやめていただけますか?」


 レイに注意されて、私たちは先の実りのない会話を思い出し、各々、気まずく思いながら、その場を離れた。

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