第1-20話 そんなことのために?

「──それが、お前の選択ならば、私はそれを肯定しよう」

「いや、待って待って、ストップ!」

「あなたが口を挟む場面ではありませんよ、あかりさん」


 エトスの返答に、あかりが異を唱える。彼が何か言ってくるのは想定していた。そして、私が何かを言ったところで、大人しく聞いてくれるはずもない。


「いいや、黙ってるわけにはいかないね! 一体、どういうつもりなの? あ、今までみたいに、宰相として国を実質動かすとか?」

「将来、宰相を任命するのであれば、関係の良好な、ルーバン家がよいかと。あそこのご息女は、ノア学園に通っており、私も何度かお話ししましたが、期待できる人材です」

「そうか。参考にさせてもらおう」

「いや、だから待って──」

「今後の政治に、私は関与しないと誓います。王都へ足を踏み入れることも、金輪際こんりんざいいたしません。その他、何か問題が発生した際にも、ゴールスファ家の手は借りません。また、私が国からたまわった財産は、可能な限り、返上させていただきます」


 何か言いたげなあかりを黙殺し、さらに続ける。


「魔族との内戦や、他国との戦争が起こった際には、私をどのように使ってくださっても構いません。戦時においては、すべて、王の意向に従います。また、反乱を指揮したり、建国してこの国を脅かすようなこともいたしません。もちろん、私個人が国に危害を加えることもいたしません」


 口約束とはいえ、丁寧すぎるくらいに、誓いを立てる。何もないのが一番だが、そうとも言い切れないので、保険をかけておくに越したことはない。もちろん、後から正式に話を詰めてはいくが、すべてを放棄するつもりなので、詰めるような話もないというのが本音だ。


「国民への説明はどうする?」

「私自ら行います。陛下のお手をわずらわせることはいたしません。ただ、許されるのであれば、蜂歌祭ほうかさいでは歌わせていただけると幸いです。周囲への説明にも、その場をお借りできたらと、考えております」

「許可する。そして、今一度問おう。これが最後だ。……その選択に誤りはないな?」

「──はい。今まで、大変、お世話になりました」


 それを最後に、エトスはきびすを返して部屋を出る。そこに母が続き、モノカが続き、最後にトイスが少し振り返りながら、迷うように足を前後させる。


「トイス王子様、どうかされましたか?」


 あえて、突き放すように、そう告げるとトイスの顔に激震が走った。彼はまだ十四歳だ。それに、私が知る人の中で、きっと一番、優しい。身内びいきはあるかもしれないが。


 仲の良い姉が勘当されることを、簡単に受け入れられるような歳ではなかったし、優しさ故に、まだどうにかなるのではないかという、淡い期待を抱いていたことだろう。


 全部、私が自分から言ったことで、この場で取り消すと言えば、まだ取り返しのつくことだったから。


 しかし、私はそれが決して叶わないのだということを、トイスにこの場で伝えなければならなかった。


「弟と妹たちのこと、お願いしますね」

「姉さん──」

「王位継承権第一位であるあなたに、願いの祝福があらんことを。第二王子様」


 ひざまずき、深く頭を垂れる。それから、トイスが扉を閉めるまで、私は顔を上げなかった。


 ──そうして、彼と私の二人だけが、部屋に残された。


 やっと、肩の荷が降りたような心地がして、私は思いきり、伸びをする。何も背負わなくていいというのは、こんなにも楽だったのかと。


「んー! すっきりしたっ!」


 そんな、晴れ晴れとした私とは対照的に、彼は深刻そうな、暗い顔をしていた。


「……僕、そんなつもりじゃ」

「これが私の選択です。元々、息苦しい空気は好きではありませんでしたから」

「マナ……どうして、そこまで……」

「すべてと引き換えにしても、私はあなたと共にいたい。私はあなたが、好きです」


 今にも泣き出しそうな彼を抱きしめて、その顔を肩に乗せ、頭をでる。


「カッコいいところを、見せられましたか?」

「めちゃくちゃカッコいい」

れ直しましたか?」

「うん──うん……大好き」


 彼は私の分まで泣いてくれた。やっと、素直に思いを口にしてくれた。そして、ちゃんと、私を見ていてくれた。それだけで、私にとっては十分すぎるくらいだ。


「たまには、少しくらいカッコつけたらどうですか?」

「マナがイケメンすぎるから、僕なんて何してもかすんじゃうよ」

「それは仕方ないですね。私ですから」


 物品の整理、各所への説明、実際の手続きから今後の生活に至るまで、やることは山積みだが。


「話してください。何があったのか、全部」

「でも……」


 私の覚悟は決まっても、彼はまだ、踏ん切りをつけられないでいる。私の独断とはいえ、彼が後押ししてくれたのだから、今度は私が彼を受け入れる努力をする番だ。


「私にはもう、あなたしかいないんです。何があっても受け止める覚悟はできています。──だから、それが、たとえ、どんなに重い罪だったとしても、全部、一緒に背負わせて。私を本当に思っているのなら、すべて打ち明けて。私が一番怖いのは、あなたを失うことだから」


 彼は、本当に臆病な人だった。だから、こうでもしないと、きっと、何も話してはくれなかっただろう。何も知らないようなフリをしていたけれど、本当は賢い人だったから。


「あなたは、あかねと私と、どっちを選ぶの?」


***


 ──その問いかけからしばらくして、彼は語り始めた。


「あかねに、復讐してやろうと、そう思って」


 あかね──榎下朱音。その人物について語るとなると、そこには少し、ややこしい事情が存在するのだが、それを抜きにすれば、あかねは、彼の妹だ。


 だが、一年前に亡くなっている。


「どうしても、許せなくてさ。本当に馬鹿な話なんだけど……」

「続けてください」

「うん。──まなちゃんが、願いの魔法を持ってるのは知ってるよね」

「はい」

「僕、魔王と契約してさ、それで、まなちゃん──彼の娘のことを教えてもらったんだ。実は、願いを狙う代わりに、あの子を監視するように命令されてるんだよね。なんで監視するかは聞いてないし、幹部たちに追わせてる理由も知らないんだけど」


 願いの魔法──一生に一度、なんでも願いが叶う魔法。全員に等しく与えられており、八歳になれば、誰でも使うことができる。


 ただし、その時点で魔法の存在を心から信じている場合には、その力は魔法へと変化する。この世界で魔法と関わらずに生きていくことなど、ほぼ不可能。つまり、願いの魔法とは実質、魔法を使えるようになるためのものなのだ。


 しかし、まなには魔法が使えない。つまり、八歳になるまで魔法と関わらずに生きてきたということになる。そして、おそらく、彼女はまだ、その願いを持っている。


 魔王の娘であるというのに。


「だから、あの子に近づいた。あの子ともっと仲良くなったら、あかねを生き返らせてほしいって、そう頼むつもりでね。つまり、まなちゃん自身のことはなんとも思ってないし、別に思い入れがあるわけでもないってこと。どう、僕って最低じゃない?」

「今に始まったことではありません。それで、どのように復讐するつもりなんですか?」

「それはねえ……これだよ」


 彼は私の部屋の棚に陳列されている宝石のうち、一つを魔法で引き寄せる。


 その青い石は波打つように脈動していた。これが何であるか、私はよく知っている。


「命の石、ですか」


 命の石があれば、対象を不老不死にすることができる。伝説級の秘宝だが、だからこそ、私の元にある。


「うん。これで、願いで生き返ったあかねを不老不死にして、それから、思いつく限りの酷いこと──僕がされたことを、全部やり返して。最後に、誰にも愛されなくなる呪いをかけて、永遠の孤独に置き去りにする。それが、君との婚約を捨ててまで、僕のしたいこと。……どう? 酷いやつだって、そう思う?」

「──私は、あなたの願いが叶うことを心から望んでいます。あなたが酷いやつだというのなら、私もあなたと同じだけ、酷いやつですよ」

「……ごめん、マナ。こんなことに、君を、巻き込みたくなかったんだ」

「私が望んだことです。私の方こそ、あなたの巻き込みたくないという気持ちを台無しにしてしまって、申し訳ありません」

「ううん。マナの方が大切だから」

「──ありがとう、私を選んでくれて」

「お礼を言うのは僕の方だよ。……ありがとう」


 家名と称号を失った私は、ただのマナとなった。


 だが、この日から私は、榎下えのしたまなを名乗り始めた。


 なぜと問われても、よく分からない。何か繋がりと呼べるものが欲しかったのかもしれないし、彼のために生きるという決意を忘れないためだったのかもしれないし、はたまた、早く、城と決別したかったのかもしれない。


 自分のことだというのに、本当のところは分からなかった。ただ、一つだけ、確実なことがある。


 彼の望みを聞いたとき、私は確かに、こう思ったのだ。


『──そんなことのために?』


 と。


***


 白い装丁の本に、私は、ひそかに日記をつけている。彼がこの世界に来たときからずっと。


 それを読み返して思い出に浸ることもしばしばあるが、最近は特に多い自覚がある。


 問題はそれを打ち明けるか打ち明けないかだ。日記なんて、人に読ませるものでもないし、今さらという気もしてくる。だが、元々、これは彼のために書き始めた日記だ。彼がここにいたという証拠を残しておくために。となると、やはり、そろそろ教えるべきだろうか。悩みどころだ。


 それはさておき、現在、すっかり目が覚めてしまった私は、隣で眠る彼を起こさないよう、そっと起き上がり、上着を羽織って椅子に座っていた。


 それから、スタンドライトの灯りを弱く設定してほんのり照らし、空間収納から本を取り出して、こうして昨日の日記をつけていた。日記を書きながらそう書くのは、なんだか不思議な心地だ。


 昨日は私にとっても忘れられない日となった。歴史にも刻まれることになるだろう。いや、そんな大きなスケールの話は、こんな本一冊にはいらないか。


 やっと、彼の願いを聞くことができた。だが、夢に一歩近づいた分、多くのものを捨てた。後悔はしていないが、まだ心の整理ができていない。だから、やっぱり、もう一度、眠ろうと思う。


 しかし、彼の隣に戻るのか……。なんだか、とても恥ずかしいのだが。ちょっと、戻れないかもしれない。熱でもあるんじゃないかと思うくらいに、顔が熱い。


 ならば、自分の部屋に戻るべきか……いや、それも彼が可哀想な気がする。何が正解なのかさっぱり分からない。分からないことだらけだ。でも、今はそれが、とても楽しい。


 ──ん? 隣から物音がしたような気がする。まなさんがベッドから落ちたのかな? あ、シーラさんかも。ちょっと見てこようかな。



 追記


 彼は寝たフリをしていたらしく、物音の正体を確認しようと立ち上がった瞬間、彼の隣に連れ戻された。そのときに、日記のことも話しておいた。


 彼が今度読みたいと言っていたが、よく考えると、人に日記を読まれるというのは、とても恥ずかしいことなのではないだろうか。


 ……もう少し、中身のあることを書いた方がいいかもしれない。うん、頑張ろう。


***


次回から第2話です。


貴重なモブがうんさか死んだ第1話は終了です。


やっと国を捨てたマナ様! 果たして、第2話は誰が死ぬのか! 誰か死ぬのか?


次回もきっとほのぼのしてるよ! お楽しみに!

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