第1-16話 見慣れた天井

「ルスファは死刑が禁止されてるからねん。極悪人は、対処しておかないと。あの子たちってば、捕まえて魔法封じておいたって、飛行機乗っ取って自爆テロ起こすんだから」


 どれだけ魔法を使えるかには、個人差がある。生活していくのに必要な最低限の魔力はだいたいの人が持っているが、上下の差は激しい。


 膨大な魔力が良い方に活用される分には問題ないが、悪い方に向けば、想像もつかないことをする危険性も十分ある。


 とはいえ、魔法を封じる腕輪が素手で破壊された試しはまだない──いや、壊せることは私が証明しているが。それは例外として。


 また、百年以上前の話になるが、外部からの魔法を防ぐ障壁が破壊され、死刑囚数名の脱走を許したケースもあるらしい。どれだけセキュリティを強化しようとも、敵も同じように知恵をつけるのだから、そう簡単に平和は訪れないだろう。しかし、


「──なぜ、私なんですか?」


 私が知っていて、本当の王が知らないなんてことがあっていいとは思えない。それでも私を選んだのは何故かと、れなに尋ねる。


「エトスは真面目すぎるし、モノカちゃんはショック受けちゃうだろうし、トイスくんは正義感強いし、その下はまだちっちゃすぎるでしょ?」

「私がその事実を知ったのは、まだ六つの頃でしたよ」

「その頃からお姫ちゃん、賢かったからねー。すでに政界のおじさんたち操ってたじゃんじゃん?」

「さあ、記憶にありませんね」


 そう答えて、最後の一口を食べ終える。城の料理と同じくらいの満足感だ。このままころんと眠りたい。


「ふぁあ……」

「あれ、お姫ちゃん眠いの? そのまま寝たらモーファローになっちゃうよ?」

「いいんです。動くと痩せてしまうので」

「ぐぬぬ、羨ましいぜ……」


 私は食器を魔法で洗うと、行儀が悪いと思いつつ、れなの布団を敷いて、くるまり、横になる。すると、途端に静かになった。その静寂に当てられたからか、私はなんとなく、れなに会うのはこれが最後になるだろうと感じた。


 私には少しだけ、未来が見える。予知夢で見ることもあるが、大体の場合、勘が教えてくれる。そして、それが外れた試しはほとんどない。


「──遠いところとやらには、いつまで滞在される予定なんですか?」

「しばらく。きっと、お姫ちゃんが思ってるよりも、長ーい旅になるよ」

「何の目的で行かれるのでしょう?」

「観光だよん。行き先はねー、夢のカルジャス! カルジャスだよ? あのカルジャスだよ!? きっと、ルスファに帰ってくるのがやんなっちゃうね!」


 本当の目的は観光ではないだろうに。その興奮がまったくの嘘でもなさそうだから、思わず笑ってしまう。


「お土産は温かいカルジャスバーガーでお願いしますね」

「分かった! れな、頑張る!」


 ちなみに、れなは時空の歪みを利用した収納方法の発案者なので、当然、空間収納が使える。そのため、食べ物も温かいまま、保存の効いた状態で持ち運べるのだ。


 だが、胎児を抱える今、わざわざ向こうに行くとなると、急ぎの用である可能性が高い。加えて、出産前にこちらに戻ってくるわけでもなさそうだ。


 かなり嫌な予感がしたが、引き留めるわけにもいかず、聞き入れてくれそうもないので、お土産を頼んだ。無事に帰ってくるという約束の代わりに。


 そうして、私は、深い眠りに落ちて──。


***


 はっと、目を覚ますと、そこは見覚えのある天井だった。だが、先刻まで寝ていたはずの、れなの小屋の天井ではない。城の天井でもない。そこは、


「宿舎──」


 辺りを見渡せば、そこが見覚えのある部屋であることはすぐに分かった。以前、空間収納を用いて運んできた段ボールをすべて開封し、すべてのものを然るべき場所に置いた、紛れもない私の部屋だ。これが私物のすべてというわけではないが、それでも、大変な作業だった。まあ、魔法を使ったのだが。


 ともあれ、今は事情の把握が先だ。開いたままのカーテンの方を見れば、窓の外には夜空が広がっている。私は隣の部屋──あかりの部屋の扉をノックし、勝手に鍵を開け、部屋に踏み入る。


「ねえ──」


 そして、問い詰めようとして、私は口をつぐむ。


 あかりは静かにベッドで寝ていた。そんなに寝ていた自覚はないのだが、もう、寝静まるような真夜中なのだろうか──、


「起きたのね」


 代わりに背後からかけられた声に、振り向くと、白いサイドテールが目に入った。


「クレイアさん……わざわざ、王都から連れ帰ってくださったんですか?」

「あたしは特別なことはしてないわ。あかりがあたしとあんたを連れて、瞬間移動でここまで帰ってきたってわけ」


 まなには魔法が効かないが、それは限りなく効きづらいという意味であり、全く効果がないわけではない。加えて、瞬間移動は距離に比例して、魔力の消費が大きくなる。王都と宿舎を往復するとなれば、それ相応の魔力が必要だ。


 それを、まなを瞬間移動で連れ帰るなんてことになれば、一体、どれほどの魔力が必要になるのか。私が真似をすれば、間違いなく、魔力切れで意識を失う。彼の場合は気絶というよりも、単に疲れて寝ているだけだろう。


「ありがとうございました、クレイアさん。よく居場所が分かりましたね?」

「ええ。あかりが一晩考えて、あんたと戦ったのがレックスってやつだったって、思い出したのよ。──まあ、顔を見てるんだから、すぐに思い出しなさいよって話だけれど。とにかく、それで、脅迫して吐かせたってわけ。なのに、トイスに聞いたら、あんたは城から逃げたって言うし、エトスには人質にするとかで追われるし、もう散々だったわ」


 ──長っ。


「……すみませんでした」

「そもそも、あんたが王女だなんて話、聞いてないんだけど? 命を狙われるような心当たりはないとか言ってなかった?」

「それは、知らないクレイアさんが悪いと思います。以前、警察に取り調べを受けた際に、お気づきにならなかったんですか?」

「うぐっ、そ、それは……ええ、ええ。その通りね。まったくだわ」


 それから、まなは誤魔化すように、勢いよく人差し指を突き出す。


「とにかく! これで、借りは一つ、返したわよ」

「……どの借りですか?」

「木から落ちたときに助けてもらったお礼! それから、先日のお礼がまだだったわよね」

「先日?」

「スーパーまで道案内してくれたときのお礼よ」

「アルタカアイスを奢ってくださいませんでしたか?」

「あれは、トンビニまで着いてきてくれたお礼。もう忘れたの?」

「そんなの、忘れましたよ……」


 忘れたと言ってももちろん、覚えてはいる。私に忘却という機能は備わっていない。


 ──だが、心の底から、どうでもいい……。


 まな相手にお礼を受け取らないって選択肢はないから、受け取りはするけど。しますけど。とっても嬉しいんだけどね?


 と、そこまで考えて、さすがに素を出しすぎだと気がつき、えりを正す。まなの前だからと、咎められるようなことはないが、それにしても、気を抜きすぎだ。


「とにかく、受け取りなさい。あんまり嬉しくないかもしれないけれど」


 そう言って、ビニール袋差し出される。ちなみに、袋も有料だ。


「クレイアさんからいただけるなら、何でも嬉しいですよ。見てもいいですか?」

「ええ、ご自由に」


 受け取った袋を覗くと、中にはホイップクリーム鯖サンドが入っていた。もう一度言う。ホイップクリーム鯖サンドだ。


「これは、あの伝説の、ホイサバ……」

「ええ。あのホイサバよ。たまたま手に入ったの」


 ホイサバといえば、大手コンビニチェーン店、トンビニトラレルの商品だ。そして、


「あの、絶妙に美味しくないとうわさの、ホイサバですか?」

「ええ。そのホイサバよ」


 人気がなく、国内のトンビニで、わずか三店舗しか取り扱いがないとうわさの、あのホイサバだ。


 いつ販売停止になってもおかしくないと揶揄やゆされており、その三店舗でも週に一個しか仕入れないという、レア中のレア商品だ。むしろ、人気商品だとも言われている。


「本当にいただいてよろしいんですか?」

「ええ。そんなに喜んでもらえると、あたしも嬉しいわ」

「クレイアさん。……一緒に食べませんか?」


 しかし、いざ、食べるとなると、勇気が足りない。偶然にも、前々から食べてみたいとは思っていたのだが、ホイサバはお腹を満たすことを前提に、他のサンドイッチと同じように、二つ入っているのだ。誰も実用性など求めていないというのに。


「別に気を使わなくても──」

「真剣なお願いです」

「え、ええ……」


 それから、臭いを考慮し、庭に出て開封した。瞬間、ホイップクリームの甘ったるさと、さばの水煮を煮詰めたような臭いが周囲全体に蔓延まんえんする。──ちょっと、吐きそうなレベルだ。


「ん! これ、すっごく美味しいわ!」

「えぇ……本当ですか?」

「食べてみなさいよ」


 勧められるまま口にして、猛烈に後悔した。


 結局、一口でギブアップしたが、不思議と、また食べたくなる気がする味だった。いや、食べたくないけど。


 ちなみに、まなは一個完食して、もうお腹がいっぱいだからと、私の食べかけをあかりに食べさせるため、冷蔵庫に入れていた。色んな意味で恐ろしい。


 こんなことができるということは、先日、あかりがアルタカアイスをまなと取り替えた理由が、まるで分かっていないのだろう。

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