第1-15話 秘密の大穴

 フードを深く被り、小屋を出て散策する。特に見たいものがあったわけではなかったが、私は数時間かけてゆっくりと、王都を一周していた。変わっているものも、そうでないものもあるが、大きな変化は見られない。ここは昔からずっと田舎だ。


 なぜ都会のように発達しないのかといえば、それはここ、王都トレリアンの周辺に危険なモンスターが多く、孤立しているからだ。


 この辺りの土地は、元々、魔力が豊富なルスファの中でも、随一の魔力を誇っている。魔力が豊富な場所では魔法が扱いやすいが、それは、モンスターたちにも同じことが言える。だから、この辺りのモンスターはノアに比べて遥かに強いのだ。


 そんな王都の役目の一つとして、周囲の凶暴なモンスターを引き寄せる、言わば、囮の役割がある。モンスターたちの、魔力の多いところと王族の血に引き寄せられる習性を生かした策だ。


 つまり、王族を囮にして、強いモンスターを引き寄せ、周囲の安全を保っているというわけなので、批判は絶えない。


 それでも、このような仕組みがとられている理由は様々だ。大前提として、私たちがモンスターに負けることなど、まずない。


 そして、何より、私たち自身が、囮として利用されることについて、あまり気にしていないのだ。なにせ、魔族からこの壁を略奪してから百年、一度も壁は破られていないのだから。


 一方、敵対勢力である魔族が攻めてきたとしても、王都の周りには分厚い壁と強固な門、それから結界があるため、侵入は容易くはない。


 そのため、今やトレリアンは、その性質に反して、世界一安全な場所、と呼ばれることすらある。


 このような理由から、王都トレリアンは、人口五万人程度の小規模な城郭都市であり、発達もしないというわけだ。また、豊富な魔力を生かして自給自足をしていることもあり、周囲との交流も少ない、孤立した場所となっている。


 とはいえ、自然が多いので、危険を冒してまで観光に来る物好きも多い。だが、王都での暮らしは豊かとは言いがたい。発電所からの電力供給はなく、城で使う最低限の分だけ、発電している形だ。今は、王であるエトスの意向で娯楽施設も少ない。


 こんな辺鄙な土地に誰が住んでいるのかといえば、隠居した冒険者や、修行を目的とした旅人、様々な事情で俗世を離れることを決意した方々など、事情がある人が多い。


 教育施設も分校が一つあるだけで、高校生以上ともなれば、王都を出て行かざるを得ない。私は城で教育を受けていたため、分校のことはよく知らないのだが。


「ともあれ、皆さん変わりないようですね」


 一通り回って満足した私は、小屋に帰る直前、先の大きな穴のことを思い出す。そして、大穴のある通りに入り、ギリギリのところから中を覗き込む。底は見えない。


 試しに、手頃な石を底に向かって投げてみる。──すると、しばらくして、音が帰ってきた。どうやら、底はあるらしい。


「降りてみますか」


 魔法で生み出した風で浮遊し、私は穴の中へとゆっくり降りていく。囲われた空間の中では、風がまとまっていて、扱いやすい。


 ただ、底に近づくほどに、腐ったような嫌な臭いが鼻を突くようになってきた。それでも、下へ下へと進む。


 ──そして、私は、見た。


 まだ表情の分かるもの、皮膚が腐り溶けているもの、そして、白骨化したもの。


 そこは、死体の捨て場だった。


「っ……」


 私は口を押さえて、吐き気を堪える。──一体、この死体の山は何なのだろうか。


「あーらら。見ちゃったんだ」


 遠い地上を見上げても、逆行になっていて、その顔はよく見えない。


 ただ、声は間違いなく、れなのものだ。


「ほら、上がっておいで。説明したげる」


 いつもの調子で手招きする、そのフードの奥の表情は、のぞけない。


***


 一転して、私はれなのところで晩御飯をいただいていた。朝、昼は寝ていて食べ損なったので、昨日の昼食以来のまともな食事となる。チョコレートも、お腹が空いていたため、余計に美味しく感じられたのかもしれない。


 そうして出されたのは、これまた高そうなステーキだった。先ほど、死体を見たばかりなのだが、やはり、食欲には勝てない。


「お姫ちゃん、メンタル強くなったねー」

「全然そんなことはないと思いますが、ありがとうございます。これからも精進しますね」


 それかられなは、瞳の奥を覗くようにして、肉に夢中な私の顔を覗き込んできた。が、黙殺もくさつする。


 今はとにかく、肉だ。カルジャス産ユルプ牛──最高級の牛肉で間違いない。ユルプ牛といえば、まだ十歳ばかりの頃、城で暮らしていた私は、一時期、毎日、朝から晩までユルプ牛を注文していた。


 まあ、そんなことをしていたために、誕生日とお祝いの日以外禁止になったのだが。それくらい美味しいということだ。トンビアイスに匹敵するくらい、と言うと、例えが庶民的すぎるかもしれないが。


「あれ、なんだと思う?」

「ん。人の死体ですね」


 突然のれなの問いかけに、飲み込んでから、そう答える。そしてすぐさま次を口に入れる。シニャックが調理したのだろう。焼き加減がプロレベルだ。この技術なら、城で雇える。


「じゃあ、なんで死んでると思う?」

「ん。そうですね。表沙汰にはできない事件の犯人だからでしょうか」

「さすがお姫ちゃん、天才だねー」

「ん。そういったものが存在することは、以前から知っていましたから」


 食事時に話さなくても、と言いたいところだが、ご馳走になっているわけなので、あまり贅沢も言えない。まあ、それで食欲がなくなるということもないのだが。


 ──どこにでも後ろ暗い部分というものは存在する。現在は王であるエトスが実権を握っているため、基本的にはどんな不利な情報も、隠さず公開している。


 とはいえ、エトスの場合、公開しなくてもいいようなことまで包み隠さず公開してしまうのが問題だ。その度に私は、背筋が凍る思いをする。この政治家の給料はいくらでボーナスはいくらだとか。自分はあの国の王が嫌いだとか。そこまではまだしも、他国との取引でだまされて不利益をこうむった、なんて話まで暴露するのだから、本当に救えない。


 直近では、こんなことがあった。まあ、たいした話ではないのだが。


 ──王族の新婚旅行は世界一周旅行であり、その旅費は国民の税金で賄われている、と発言したのだ。当たり前と言えば、当たり前のことなのだが、言い方がものすごく悪い。


 王族の新婚旅行なんて、響きほど素敵なものではなく、他国との国交のためという部分が大きい。なぜ新婚旅行という言い方を選んだのかは知らないが、さすがにぶん殴ってやろうかと思った。


 新婚旅行と言ってはいるが、単に他国へ新女王、ないしは、新国王を連れて挨拶に行くという話であり、れっきとした政治に関する公務だ。決して遊んでいるわけではない。


 とはいえ、世界一周という響きは、国民にとっては羨ましい限りだろう。こちらからしてみれば、遊んでいるわけではないので、必要経費だと主張するほかないのだが。


 ちなみに、税金以外では、経費はどこから出ているのかというと、実は私が他国との取引や投資、不動産などに着手することで稼いでいたりする。他にも稼ぎようなどいくらでもあるのだが、どれだけ稼いでもそれらはすべて王家の財産であり、私の個人資産にはならない。


 そんな、真面目を極めているエトスと、私の自慢の話はともかく。


「死体は燃やした方がよいのではありませんか?」

「それがさー? ルスファって、基本土葬じゃん? 燃やすってなると、親族とかの合意が必要になるんだけど、あーゆー人たちって、身寄りがないんだよねん。おかげでこっちは、衛生管理が大変大変。まー、勝手に燃やしてもどこからも文句は出ないんだけどさ?」


 れながステーキを大きめに切って、ばくっと口に入れる。幸せそうな顔だ。


「それにしても、王がエトスに変わったというのに、死体の数が多いですね?」

「ん? あー、あれね。まー、エトスに余計な手間取らせるわけにもいかないから」

「……つまり、エトスは知らない可能性があると?」

「てゆーか、フツーに知らないよん。あんな処刑場があるってことまで公表されちゃあ、さすがに、国の信用がなくなっちゃうからねー。あーゆーのは、何かの混乱に乗じてなかったことにするのよん」

「ちなみに、手を下しているのは──」

「それは普通に死刑執行をする人たちがやってくれてる。まー、誰を殺すか決めてるのは、あたしだけどねん」


 私はやっと、ナイフとフォークから手を離し、水道の水を飲む。魔力を込めると地下水が汲み上げられる、旧式の水道だ。宿舎なら蛇口をひねるだけで水が出る。ちなみに、魔法で水を作ることもできるがそれをそのまま飲むことは、ルスファではしない。

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