第1-3話 今の私の目標

「……なんか、怪しい団体の勧誘みたいだね」


 内心で同意しながら、私はまなに声をかける。


「──クレイアさん、何をされているんですか?」

「あんたたち、さっきの──は? ──ち、違う、違うわよ? あたし、全然、怪しくないから! 勧誘とかじゃないから!」


 誰も何も言っていないのに、慌てっぷりがすごい。それを見たあかりが、ここぞとばかりに攻めていく。


「ええ? ほんとお? 怪しいなあ?」

「ほ、本当よ! ただ、ちょっと、道を聞きたくて……あ、そこのあんた、止まりなさい! ──また逃げられたわ……」


 ものすごい剣幕だった。本人に自覚がないところがすごい。このままだと、誰にも止まってもらえないだろう。急いでいると言っていたので、ここで素通りするのはさすがに良心が痛む。


「よろしければ、ご案内いたしましょうか?」

「え、本当に? それは助かるけれど……あたし、お金とかそんなに持ってないわよ?」

「いえ、特に見返りは求めていませんよ」

「……いいえ。タダより高い物はないって言うわ。善意だけで教えてくれるなんて、そんなにいい話、あるわけないもの」


 それなら、なぜ声をかけていたのだろうか。──まさか、お金を払って道を尋ねる気だったのだろうか。


 この都市の治安は決して悪くない。むしろ、国で一番栄えているくらいだ。道案内程度でお金を支払うなどと申し出れば、十中八九、受け取りを断られるだろう。


「どちらに行かれるんですか?」

「食材の買い出し。特にどこがいいとかはないわ」

「奇遇ですね。私たちも、ちょうどスーパーに向かうところだったんですよ。一緒に行きませんか?」


 咄嗟に嘘をつくと、まなは瞳を少し細めた。気づかれただろうかとも思ったが、まなにそれを言及する気配はない。


「……この借りはいつか返すわ」

「いえ、お礼なんて受け取れません。すぐそこですし。ついでですし」

「そういう問題じゃないの。気持ちの問題なわけ。分かる?」

「いえいえ、本当に、結構です」

「そういうわけにはいかないわ。それに、あたしが勝手に言ってるんだから、別にいいでしょ?」


 なんと身勝手な子なのだろうか。れなから聞いた話だと、素直じゃないけど優しいだとか、繊細で傷つきやすいだとか、真面目だけどちょっと抜けてるとのことだったが。何か、微妙に違う気がする。


 いや、私の想像していたものと違っただけで、間違ってはいないのかもしれない。


「まあまあ、そこまで言うなら受け取ってあげようよ、アイちゃん」

「あんたには何のお礼もしないわよ?」

「え??」

「だって、あんた、この子のくっつき虫でしょ? お礼が欲しいなら、あんた個人があたしの役に立ちなさい」

「うっおぉ、ぁぐ……っ」


 あのあかりでさえ、何も言い返せなかった。いい気味だ。もっと言ってやれ。


 とまあ、私からすれば、あかりの歪んだ顔が見られただけでも、十分な報酬になりうるのだが、まなはそれでは満足しないだろう。


 とはいえ、これ以上食い下がるのも、逆に申し訳ない。ここは、あかりの言う通り、素直にお礼を受け取るしかなさそうだ。


「──分かりました。その条件で、ご案内させていただきます」

「あんたは素直なのね。じゃあ、道案内、お願いします」


 頼むときには頭を下げ、しっかりと敬語を使う。


 実にできた娘だ。


 そんな、よく分からない視点からの印象を抱いた。


 ──これが、私とマナ・クレイアとの出会いだった。


 帰宅して気がついたのだが、どうやら、私たちは同じ宿舎と契約しているらしい。宿舎選びに関してはあかりに一任しており、隣同士の部屋を借りたのだが、彼の様子を見るに、まなに合わせてあの場所にしたのだろう。最大収容人数八人、六部屋のシェアハウスのようなところで、名前はメティス。


 一方、買い物帰りの荷物はあかりに持たせた。日頃のお返しだ。


 また、まなは背が低く華奢きゃしゃで、細い腕で重い荷物を健気けなげに運ぶ姿がとても見ていられなかったので、私と私に押しつけられたあかりで、頑固なまなから半ば取り上げるようにして運んだ。


 そうして大量の荷物を持たされたあかりは、死にそうな顔をしていたが──まあ、おおかた演技だろう。あの細腕はそんなに弱くない。


 その上、彼には無限収納、または空間収納とも呼ばれる、時空の歪みを利用した魔法も使える。無限収納には何でも入る上、時をゆがめれば長期保存も効く。私も使えるが、彼ほどは多用しない。なぜなら、魔力の消費が大きいからだ。


 消費する魔力は、歪みの大きさに比例し、ビー玉を入れておくくらいならそこまで問題にはならないが、買い物袋を入れるとなると、歪みを広げる必要があるため、効果に対して消費が大きすぎる。


 ──つまり、彼においては、本当は鞄ですら持ち歩く必要はないのだ。それでもわざわざ手で持っているということは、がんばってます、というアピールなのだろう。誰に対する何のアピールかは知らないが。


 ちなみに、私は食材をあかりと共用で使っており、基本的にはあかりが私の朝食と弁当、それから夕食を作ってくれる。つまり全部だが、食費を割り勘すると経済的負担が減るため、こういう手法を取っている。まあ、私たち二人とも、一年ほど前に城からもらった給付金を切り崩して生活しているので、贅沢はできない。


 他に理由を挙げるなら、蝶よ花よと育てられた私には、料理の経験が少ないからだ。とはいえ、レシピは一度見ればだいたい覚えるし、味音痴というわけでもない。


 ただ、味覚が敏感すぎて、市場に出回っている食材で作る自分の料理では、どうにも満足できない。食べた瞬間、いつもの味と何が違って、何が足りないか、分かってしまうのだ。


 そのため、料理はあかりに一任していた。不思議と、あかりが作ったと思うと美味しく感じる。また、彼が忙しくて作る暇がない日には、わざわざ、何か買ってきて食べるくらいに、私は料理をしなかった。


***


 道中、まなが地図を買うならどこがいいかと尋ねてきたので、私はコンビニなら売っているのではないかと答えた。付け加えて、大手コンビニチェーン、トンビニトラレル、通称トンビニがおすすめだとも言った。


 そういうわけで。


「クレイアさんは本日、地図を買いに行かれるそうですが、一人で大丈夫でしょうか」

「いや、あの子しっかりしてそうだし、大丈夫じゃない?」

「と言いつつも、いつでも出掛けられるように準備していますよね」

「ま、一応ね」


 私たちはそれぞれの部屋から念話で会話していた。念話とは、魔法を使った連絡手段のことであり、思念伝達とも言われる。


 声でも文字でもなく、相手の考えていることをそのままやり取りする魔法であり、相手のことを理解しているほど内容も理解しやすくなる。また、言語の壁があったとしても、特性上、問題はない。


 念話可能な距離は双方の魔力に比例する。自慢するようで気が引けるが、私は現在、世界で二番目に魔力が高い人間なので、相手の魔力に関係なく、世界の裏とでも連絡がとれる。


 ちなみに、魔族と人間を含めた人類最強の魔法使いは誰なのかと言えば、


「……はあ」

「ため息なんてついてどうしたの? アイちゃんらしくもない」

「切りますね」

「え、あ、ちょっ!?」


 そう、色々と残念なこの彼だ。ちなみに、彼をこの世界に召喚したのは私だが、何度後悔したか分からない。


「ねえ、切らないでよ!」


 そんな件の彼が、部屋をノックもせず開け放ち、直接文句を言いに来た。これでも一応、年頃の乙女なのだが、そういった配慮は感じられない。


「なぜ切ってはならないのでしょうか」

「なぜって、それはその……」

「私との婚約を一方的に破棄したのはあなたですよね」

「いや、それには事情が──」

「では、その事情とは何ですか?」

「それは、言えない」


 本気で殴ってやりたいところだが、やめておく。


 彼は私に、分かってほしいとも、分からなくていいとも言わない。ただ、私が望んだときに、私が欲しい言葉をくれる。しかし、それは本心ではない。


 だから、彼の本音はなかなか見えない。私にどうしてほしいのか、言ってくれさえすれば、可能な限り、それに応えるつもりなのだが。


「本当に頑固ですね」

「意志が強いって言ってよ」

「変える勇気がないの間違いでは?」

「うーん、否定できない。でも、それでもいいってついてきたのは、マナの方でしょ?」


 そう、私の方が負けたのだ。これでも実は、私はどうしようもなく、彼にかれている。目をじっと見られると、思わず顔をそらしてしまうくらいには、負けている。悔しい限りだが。


「でもさ、念話しないでとは言われてるけど、通話もメッセージも全部ブロックされてたら、念話以外連絡の取りようがないじゃん?」

「こうして直接伝えに来てはどうでしょう?」

「そんなに僕の顔が見てたいの?」

「いりません」


 そう言うと、彼は笑った。どうして分かるのかとは聞かない。顔が見たくて念話を切ったと、認めることになるから。


「いやあ、僕もマナの国宝級に可愛い顔はいつまでも見てたいんだけど、まだちょっと、緊張するっていうかさ」

「出会って二年。交際期間は一年もあったというのに、今さら何を緊張することがあるんですか?」

「日に日に可愛くなってくからさ」

「死ねばいいのに」

「おっと、照れ隠し? 可愛いねえ、マナは」


 これで、向こうには内心が筒抜けなので、救えない。だが、手放しに喜ぶこともできない。


 ──別れてまだ一ヶ月も経っていないのだ。それなのに、今までと変わらない対応をされる上、それでもなぜ別れたか教えてもらえていない。


「クズですね、本当に」

「ごめんね、マナ」

「絶対に、許しません」

「──ごめん」


 ──いつの日か、絶対に、彼を妄執から解き放ち、再び、私の元に戻って来させる。それが、今の私の目標だ。彼が少しでもこちらを向いている限り、それは叶うはずなのだから。


 私には彼以外の選択肢など、初めから眼中にない。そうしていつも、私は自分がいかに愚かであるか気づかされる。


 ──そして、そんな彼の今、一番の興味が、マナ・クレイアに向けられているというわけだ。だが、見たところ、恋、という感じでもない。そもそも、まなは彼を知らないようだった。


「それにしても、まなちゃん、まだ地図買いに行かないのかなあ?」

「部屋にいる気配はしますが、動く様子はありませんね。おおかた、勉強でもしているのでしょう」

「いや、気配って何?」

「心臓の鼓動や、呼吸の音が聞こえます。この壁は薄いですから。それくらい分かるでしょうに」

「いや、普通、聞こえないから……」


 今は、こうして、チクチクといじめるのが精一杯だった。

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