第6話 鉄道も、電波も止まった日曜日 2
JRの在来線がすべて停まっているにもかかわらず、イオンはすでに、客足が戻っていて、いつもの日曜日ほどではないだろうが、活気も戻ってきている。しかし、大雨の影響ということもあり、1回で行われるはずだったイベントは、中止となったという告知がなされている。
確かにこの地には、「晴れ間」が戻り、商業施設には、人出も活気も戻ってきた。
しかし、かの中年男が子どもの頃度々耳にした、「まだ戦後は終わっていない」という言葉ではないけれども、この「大雨」はまだ、「止んだ」とは言えない。
イベント中止の告知は、彼に、そんなことを考えさせた。
中年男は、イオン内の店にはどこにも立ち寄らず、地下をくぐって一番街へと足を運んだ。こちらも、在来線がすべて停まっているのに、すでに客足が戻っている。昨日「大雨のため休業」していた時の静けさが嘘のようだ。とはいえ、いつものような人出かというと、そうでもなく、幾分寂しさも感じるほどではある。
だが、こういう人出の中に身を寄せていると、なぜか、ほっとするのは、彼だけだろうか。
しかし、岡山駅の地下改札口は、昨日同様、閑散としていた。在来線はどこもストップしているのだから、当然かどうか論ずるまでもないことではあるが。
彼は再び一番街を歩き、たびたびカレーを食べに入る駅前のデパートの地下街を通り抜け、そこから、地上に出た。
もうすでに、晴れ間がしっかりのぞいている。それまでの雨のおかげで幾分涼しいが、暑さが戻るのは、時間の問題だろう。そんなことを考えつつ、彼は、金券ショップである商品券を買い込み、昨日も来た中華料理チェーン店に入り込み、今日初めての食事をとった。というより、ビールをひたすらあおった、というのが実態に近いところだろう。この日の彼は、野菜炒めと、冷やし中華を頼み、それをつまみに60分間、大ジョッキ4杯を飲み干した。
そのあと彼は、バスに乗って自宅近くのスーパーまで戻り、そこで買い物をして自宅に戻った。幾分汗ばんでいた。
彼は直ちに水シャワーを浴び、室内着に着替え、パソコンでメールチェックをした後、しばらくベッドに横たわった。
夕方17時過ぎ、彼は再び、起き上がった。
テレビの電波は、相も変わらず、受信不能。
やむなく彼は、少しの間、パソコンに向かって自分のするべき仕事をした。
ようやく日も暮れ始めた19時過ぎ。
彼は、一杯飲むことにした。
先日買ってあった赤ワインを開け、先ほどスーパーで買ってきた冷やし「白玉ぜんざい」と、メロンクリーム入りのパンをつまみに、中年男は、幾分飲んだ。
あんこものに、クリームもの。
酒飲みで辛いもの好きの彼にしては意外だが、彼は、そういうものも嫌いではない。むしろ、好きな方だ。
なんせ彼は、若い頃、体調があまりすぐれない日は、仕事場の近くの喫茶店で、ミルクセーキだけを頼み、それだけをすすって「昼食」にしたこともあるほど。
今でも彼は、時々、イオンに入店している喫茶店で「ミルクセーキフロート」を飲むことがある。その喫茶店は、彼が金曜日に立ち寄った喫茶店である、
もっともそんな注文をするのは、その店のポイントカードがたまって、ドリンク1杯無料になったときぐらいだが・・・。
もう少し、この中年男の「飲み合わせ」の話にお付き合いいただこう。
彼はよく「飲み放題」を利用して酒を飲むのはすでに述べた通りなのだが、若い頃は「飲み放題」だけでなく、「食べ放題」も利用していた。店によっては、その「食べ放題」の中にデザート類が入っていることもある。
そういう店に入った彼は、最初のうちこそビールを飲むが、そのうち、ビール以外の飲み物を飲み始めることもある。
彼はある時、途中から日本酒を飲み始めた。銘柄ものの飲み放題対象外を頼むほど、彼には金がない(と思い込んでいただけかもしれない)。そこで彼は、飲み放題になっている日本酒を、冷で頼んだ。季節は、夏だったか冬だったか、それとも春か秋か、一切覚えてはいないそうだが、その日彼は確かに、日本酒を飲んでいた。最初のうちこそ、ビールやウイスキーなどの洋酒に比べ、日本酒は苦手だったようだが、そのうち、日本酒も飲めるようになってきた矢先のことだった。
彼はふと、思い立った。先ほど述べた通り、彼は甘いものも嫌いではない。
何と若き日の中年男、冷の日本酒をおかわりで頼むと同時に、その店にあった「チョコレートパフェ」を頼み、それをつまみに、冷酒を飲んだという次第。
日本酒で、チョコレートパフェ!
よせばいいのに、彼はあちこちで、その組み合わせをしたことを話した。
それを聞いたある店の店長は、
「じゃあ、うちではイチゴパフェに挑戦したらどうだ」
と、かの男を「あおった」。あおられた彼、喜んで、
日本酒でイチゴパフェ
にチャレンジした次第。
人にあおられようがあおられまいがそういうことをするのが大好きな彼は、ある年の年末、神戸サウナの入っているビルの下に入っていたファミレスで、ついに、赤ワインを飲みながら、ぜんざいを頼んだ。
赤ワインでぜんざい
彼の話では、その組み合わせ、予想外に「合った」のだそうな。
ばかばかしさついでに、もう一つ。
ある時彼は、思うところあって、きび団子を買っていた。それをつまみに飲もうと思った。目の前に、たまたまバーボンウイスキーがあったので、彼は、バーボンのロックをすすりつつ、きび団子をつまんだとか。
バーボン(ウイスキー)できび団子
意外に、これなら「和洋折衷」的な感じで、合いそうだ。
デザート代わりのワインとパンと「白玉ぜんざい」で改めて飲み直した中年男は、仕事もネットサーフィンもほどほどにして、室内のすべての電気を消した。
時は、20時過ぎ。
こんな時間から寝るのは、小学校に入学する前の幼児か、朝が極度に早い仕事の人か、さもなければ、よほど疲れ切った人ぐらいだろう。彼がその日、どれだけ疲れていたのかはわからない。まあ、疲れていたとしても、「飲み疲れ」だろうが、それは、本人の名誉のために、指摘しないでおこう。
彼は、ベッドに横たわった。
ほどなくして、深い眠りへと落ちていった。
彼の「顔」は、昨日とは全く別人のようになっている。
中年男は、目覚めた。
あたりはまだ、暗闇の中。
時計を見るのもおっくうな彼は、トイレに這っていき、用を足すと再び、ベッドに横たわった。
鏡を見ると、確かに、すっきりした顔立ちの男が映っている。
目覚まし時計の針さえ読めない、暗闇の部屋。
彼は、携帯電話をとり、通常折りたたまれている電話機を広げた。
ほどなく、明かりがついた。
時刻は、23時58分。
まだ夜中。夜の街なら、まだまだ、これからという時間帯。
今なお起きている人だって、たくさんいる。
仕事をしている人もいれば、家で趣味に没頭している人も、テレビを観るともなく見ている人もいるだろう。
彼だって、その時間に起きていたことは幾度となくある。起きているどころか、仕事をしている時だってあった。酒を飲んでいるときにしても、然り。
だが最近、彼は早くから寝込み、このような時間に目覚めることさえ増えた。
本人に言わせれば、「年をとった」ということだ。
じゃあ、そのまま起きだすのかというと、この日に関しては、パソコンを開くこともなく、電気をつけることもなく、再び、ベッドに横たわったまま、再度寝なおすことにした。
彼は、眠るともなく目覚めるともなく、このベッドの上で過ごすことが最近増えた。実際、眠れない日もある。だがこの日は、再び寝入った後は、もう一度トイレに起きだしたのを除いて、朝まで、比較的長時間にわたり寝入っていた。彼自身、これほど安らかに、長時間にわたって眠れる日は、そうそうない。
だがこの夜、彼は、漠然とした満足感を胸に、安眠をむさぼることができたようである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます