第4話 鉄道がすべて止まった日


 2018年7月7日(土)。


 彼の朝は早いと申し上げた。

 やはり、この日の朝も、彼の目覚めは早かった。

 目覚まし時計の針は、午前6時を少し回ったころ。

 あたりはもう、明るい。

 だが今日は、朝日のお出ましはない。雨雲と、雨だけだ。

 

 彼はポットに紅茶を淹れ、テレビをつけてパソコンを立ち上げた。

 まずは、メールとSNSのチェックをした。

 そして彼は、粛々と、ベッドの上で構想を練っていた文章を書き始めた。

 

 小一時間ほど「執筆」に精を出した彼は、再びベッドに戻り、しばし横になった。

 しばらく休んだ後、彼はまた、パソコンに向かい、文章を書き連ねた。

 テレビは、今回の「記録的豪雨」のニュースを、のべつ流している。

 不思議と、電波状態はいい。


 午前10時を回ったころ、彼はふと、思いだした。

 昨日児島まで行くために、木曜日に買ってあった茶屋町から児島までの往復切符の払い戻しに行かなければ。

 彼は外出着に着替え、バス停へと向かう。

 彼の近くのバス停は、2社のバスが停まる。しかし、そのうちの1社は、今日は全面的に運休だという。岡山市内を中心に運行しているもう一つのバス会社は、平常通りの運転。バス停についてほどなく、そのバスが来た。

 バスに乗って、歩道を見る。

 自転車に乗っている人もいる。

 小雨が降っているが、傘をさすほどでもない。

 歩いている人たちも、傘をさしている人もいなくはないが、そうでない人も多くなってきた。バスのワイパーも、ほとんど動かない。


 バスで岡山駅まで出た彼は、橋上の駅舎に入っていった。駅中のスーパーは平常通り営業している。みどりの窓口はかなりの人出だが、昨日の昼ほどではない。彼は改札に出向き、「払い戻し」の手続きをした。

 ちなみに今回のケースは、「乗客を運ぶ」という役務を鉄道会社が提供できないケースに当たるため、無手数料での払い戻しとなる。あとでSNS上の記事を彼が見たところ、岡山駅には現金がなくなり、払い戻しができなくなった、とのこと。

 カードなら何とかなるだろうが、現金がないとなれば、確かに、払戻しは「物理的に」不可能だ。彼もまた、駅員より「1年以内に持ってきてくれれば払い戻す」という説明を受け、払い戻しのゴム印を切符に押してもらった。今日はおそらく、列車で児島には行けないのではないだろうか。


 彼のその予感は、結局、的中した。

 結果的に、今回の児島行き自体が、その通りとなった。


 そのあと彼は、昨日も行った中華料理のチェーン店に行き、この店が実施している60分の飲み放題(税抜1112円)で飲みながら、今度は、鶏肉と冷やし中華をつまみというか、食事にした。

 そのあと岡山駅まで改めて出向き、バスで近所のスーパーまで戻り、その日の夜の食糧を買い出しして、自宅に戻った。

 雨は、傘が必要でないほどの小降りになっていた。


 自宅アパートに帰り着いた彼は、またも水シャワーを浴びた。

 鏡を見ると、無精ひげがますます伸びていた。

 本来なら、昨日のうちに剃られているべきものが・・・


 彼は、「執筆」を再開した。

 少し煮詰まれば、本を読む。

 

 時計の針は、18時。

 彼は、明るいうちに、街中の銭湯に行こうと思い立った。

 着替えて、外に出ようとした。

 一応、傘も持った。


 アパートの玄関に出た。

 しかし彼は、そこで外出そのものを断念した。


 小雨とはいえ、雨が降っている。

 わざわざ出ることもあるまい。

 中年男は、再び、自宅アパートの部屋に舞い戻った。


 彼は、メールとSNSをチェックしたのち、昼にスーパーで買っておいたつまみと数日前買っていたワインのボトルを持ち出し、一杯飲み始めた。

 彼の今日のつまみは、冷静チキンの総菜と、パンだった。それに加えて、粉のポタージュスープをつくり、それをすすりつつ、酸化防止剤無添加のワインを飲んだ。

つまみ類を食べ終えた彼は、残っているグラス1杯のワインを、じっくり、数時間かけてすすりつつ、執筆を再開した。


 時計の針は、23時。

 彼は、とにかく休むことにした。


 その前に、テレビをつけてみた。

 「受信レベルが低下しました」

という表示しか出ない。どのチャンネルに変えても無駄だ。

 明日の朝までに、電波が入るようになるだろうか?


 もういい。


 中年男は、残ったワインを飲み干し、トイレに行って用を足し、室内の電気をすべて切った。もっともこの日は、「すべて」というのは少し違うかもしれない。

 彼は珍しく、常夜灯を点灯したまま、眠りについた。


 数時間後、彼は目覚めた。

 あたりはまだ、漆黒の闇の中。

 彼は再び、トイレに立った。

 その気になれば電気をつけて目覚まし時計を見ればよいのだろうが、彼は、それもしなかった。そして、再び、ベッドの上に横たわり、眼を閉じ、思索にふけるともなく、眠りにつくともなく、夜明けを待った。

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