第6話 吾郎さんの愛情
大工の吾郎さんがルルンおばさんの家にやってきました。ルルンおばさんは台所の床がきしんで今にも穴が開きそうだったので、修繕をお願いしました。
「急なのにすぐに来てくださって、ありがとうございます」
ルルンおばさんは頭を下げます。
「いえいえ、でも、本当はリフォーム工事をした方が・・・」
吾郎さんは弱気な声で勧めてくれました。
「ええ、それはわかっているのだけれど、もう少し父が使っていた台所のままでいたくてね」
「そう言えば、ここの親父さんは料理が得意な人だったな。男の一人暮らしなのにちゃんと料理を作っていたからね。俺もここで一緒に食べた思い出があるよ」
「そうなのですね」
「一度、酔っぱらって娘さん、あなたの話をしていたことがあるよ。二歳で別れたけれども、どこかで頑張って生きていればそれでいいって。会いたくはないのですか?と聞いたら、そう答えていた」
「私はずっと会いたかった・・・」
ルルンおばさんは珍しく小さな声でふと漏らした。
「家族って色々と難しいからね。うちも今ちょっと大変でね」
「あら、どうなさったのですか?」
「・・・」
「ごめんなさい。駄目ね、私ったら言いたくないことまで聞いてしまって」
「いや、こんな小さな街だから、いずれ耳にも入るだろうし・・・実は・・・息子が心を病んでしまって・・・」
「あら、それは大変・・・」
「都会で会社勤めをしているのだけれど、どうもパワハラに合っているらしくて・・・俺もパワハラという言葉を使ったのは初めてだから、よくはわからなくて・・・」
「それは心配ね」
「仕事に急に行けなくなったらしくて・・・」
「こっちには戻ってこないの?」
「田舎が嫌で飛び出しているから、戻り難いのかもしれない」
「帰ってこいって、言ってあげた?」
「いいや・・・」
「とにかくこっちに帰ってくればいいのに。きっと会社や上司との相性が悪いのよ。そんな会社に居続けても何も解決はしないのではないかしら。ところで結婚はしているの?」
「去年したばかりだよ」
「お嫁さんに帰ってくるように話をすることはできないのかしら」
「そうだな。息子のことは嫁から聞いたのだよ。そうか、嫁に言ってこっちに一度戻らせようか」
「しばらくこっちでのんびりして、その後のことはゆっくり考えればいいのではないかしら」
「そうだよね。俺は仕事を続けさせることしか考えていなかったけれど、他の仕事を探したっていいのだからな」
「そうですよ。一度都会で働いた人なら、こっちでの暮らしの良さもわかっているかもしれませんよ。私だって都会で働いていて色々とあってこっちに越してきたのですから」
吾郎さんは笑顔を取り戻して帰っていきました。
数日後、吾郎さんは息子のお嫁さんを連れてルルンおばさんの家に遊びに来ました。
「ルルおばさん、はじめまして嫁の
「こんにちは。ルルンおばさんと呼んでください」
吾郎さんの息子の信介さんは実家に戻ってきたのですが、家から一歩も外には出られないそうです。
「しばらくはそっとしてあげたらどうかしら」
「焦ってはいけないとお医者様からも言われているのですが、私の方がまいってしまって・・・」
「千鶴さんのお仕事は?」
「信介さんの希望もあって今は専業主婦です」
「そう、それも立派なお仕事よね。充実しているのかしら?」
「えっ、それは・・・こっちではお義母さんが何でも家事をしてしまうので、することがなくて・・・」
「結婚する前はどんなお仕事をしていたの?」
「インテリアコーディネーターの仕事をしていました。信介さんと同じ会社で」
「信介も設計士の資格を持っていて、住宅会社に勤めていたのですよ」
「そうなの。だったら吾郎さんの仕事を継ぐことができるのに、どうしてそうしないの?」
「それは・・・俺が反対したから」
「あら、どうして?」
「俺の親父も大工で昔は人も沢山雇って繁盛していた時期もあったけれど、今は大手の住宅メーカーに仕事をとられて・・・それに、俺は無理やり継がされたからそんな思いを倅にはさせたくなくて・・・」
「そうだったのですね。初めて知りました」
「千鶴さんも知らなかったってことはもしかして信介さんもお父さんの気持ちを知らないのではない?」
「何だか、親子の気持ちが行き違っているような・・・信介も本当はお義父さんの仕事を継ぎたいのかもしれないわ」
千鶴さんは小さな声で言いました。
「信介さん自身が自分の本当の気持ちをわかっていないのかもしれないわね」
「はい、信介の気持ちをゆっくり確認してみます」
千鶴さんの心に強さが戻ったことをルルンおばさんは感じ取っていました。
それからしばらくして、信介さんと千鶴さんがルルンおばさんの家にやってきました。
「ルルンおばさん、ありがとうございました。あれから信介と話をしました。それまで話したことも無いようなことを沢山話しました」
「はい、結婚したのにこれからどうしたいのか、何がしたいのか話し合ったこともなくて、会社勤めをして家を建てて子どもを育てて、といった表面的なことしか考えてもいなくて」
信介さんは真っ直ぐルルンおばさんの目を見て言いました。
「田舎で数週間過ごしてみて、親父の仕事ぶりも知ることができて、やっと自分のやりたいことがわかってきました」
「二人でお義父さんの仕事を手伝いながら、頑張っていこうということになりました」
「それは良かったわね、ルルルン」
窓の外を見ると雪が降っていました。
「あら、雪が降ってきたわ。暦の上ではもう春のはずなのに。でも、雪が止めば春はもうすぐそこね、ルルルン」
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