第5話 志郎さんの決意

ルルンおばさんがお庭でお花に水をあげていると、垣根越しに肉屋の志郎さんが歩いているのが見えました。

「志郎さん、こんにちは」

ルルンおばさんは元気よく声をかけます。

「あっ、ルルンおばさん、こんにちは」

志郎さんは黒い服を着て黒のネクタイをしていました。どこか寂しそうでした。

「志郎さん、お葬式の帰りなの?」

「はい、友人が亡くなりまして・・・」

「あら、志郎さんのお友だちならまだお若いわね」

志郎さんは四十代の働き盛りです。

「病気でした。あっという間のことで、まだ、信じられません。でも・・・自分なんかより残された家族が心配で・・・」

志郎さんは独身ですが、そのお友だちには九歳の男の子と七歳の女の子がいるとのことです。奥さんはもう何年も前に家を出たそうです。

「あら、他に家族は?」

「あの子たちのお祖母ちゃんがいるのですが、もう高齢で病気もあるとかで・・・」

「家を出た奥さんはどうされているの?」

「それが、新しい家族がいるとかで、それも遠方にいるため連絡はするなと友人からは生前言われていまして・・・」

「志郎さんが育てるしかないのね」

ルルンおばさんは決めつけるように言い切りました。志郎さんは俯くだけでした。

「志郎さんが育てるということは、この街のみんなで育てるということではないかしら」

「えっ?」

「パン屋の一子さんも農家の三智子さんも漁師の次郎さんも役所のスミレさんも、勿論私もみんなで」

志郎さんの顔は少しだけ明るくなりました。

「学校が終わったら、うちで遊んでいればいいし、そうだわ、次郎さんの弟の辰也君に勉強を教わるのもいいわね・・・それから・・・」

ルルンおばさんからはどんどんアイデアが出てきます。

「他人の自分が子どもを育てるのって、できるのでしょうか?」

「確か、色々と手続きはあるはずだけれど、無理ではないはずよ。みんなで協力し合えれば何とかなるのではないかしら」

「どうしてルルンおばさんはそんなことが言えるのですか?」

「だって、私も色々な人たちに育てられたから・・・」


その日の夜、パン屋の一子さん、漁師の次郎さん、農家の三智子さん、役所のスミレさんそして肉屋の志郎さんがルルンおばさんの家に集まりました。

「みなさん、何だか自分のために集まってもらって、ありがとうございます」

「志郎さんのためというより、子どもたちのためじゃないの」

一子さんは言いました。

「でも・・・みなさんどうしてそんなに親身になってくれるのですか?」

「どうしてって、ねえ、あら、どうしてかしら?」

三智子さんは首を傾げます。

「ルルンおばさんがこの街に来てから、私はみなさんへのお節介が出来るようになりました」

スミレさんの言葉にみんなが笑います。

「そうそう、お節介なのよ。でもね、そのお節介で私も救われたのよ」

三智子さんは嬉しそうに言いました。

「俺もそうです。ルルンおばさんがスミレとの仲を取り持ってくれたから・・・」

「私にプロポーズできたのよね」

スミレさんに詰め寄られて照れ捲る次郎さんです。

「みなさんに甘えてもいいのかな・・・」

「何言っているのよ、お互い様なのだから」

一子さんは志郎さんを勇気づけます。

「そうですよ。家族の形について私も考えていたのですが、何も籍を入れるとか一緒に住むとか、両親が揃っているとか、血が繋がっているとかいないとか、そんなこと関係ないですよね。それぞれの人たちが居心地の良いスタイルで暮らすことが大切なのだから」

スミレさんの言葉に志郎さんも心が動かされたようだった。

「みなさん、ありがとうございます。育てる決意が固まりました。ただ、まだうちの両親に話していなくて・・・親父は古いタイプの人間だから何て言うか、お袋も慎重なところがあるからよその子を育てるのに抵抗がるだろうし・・・」

「だったら、お試し期間を設けたらどうかしら。まずは子どもたちと一緒に暮らしてみるのよ。数日だけ預かるって言って」

三智子さんの提案にみんなが賛成しました。

「そうね、それで難しかったらまた次の手を考えればいいのだから、まずはやってみないとわからないわね」

一子さんの言葉に大きく頷く志郎さんでした。


数日後、志郎さんは子どもたちを連れてルルンおばさんの家に遊びに来ました。

「こんにちは」

ルルンおばさんが笑顔で言うと、二人は少しだけモジモジしていました。

「自己紹介は?」

二人は志郎さんに促されてしぶしぶ自己紹介をします。

颯太そうたです」

律子りつこです」

「お菓子を食べましょうね」

ルルンおばさんが作ったお菓子を二人は美味しそうに食べました。するとそこに一子さんと三智子さんがやってきました。三智子さんは孫の日葵ちゃんと一緒です。

「あら、颯太も律子も来ていたのね」

「うん」

「あら、一子さんにはもう懐いているのね」

「ええ、毎日会っているものね」

颯太君も律子ちゃんも一子さんを見て、安心した顔をしています。

「まだまだ、お互いにペースをつかめてはいませんが、何とかやっています」

志郎さんも前より自信がみなぎっています。

「無理をしないことですよ」

ルルンおばさんは言いました。

「そうですよ。志郎さんが無理をしてしまっては長続きしませんからね」

「颯太君も律子ちゃんも学校が終わったらここで遊んでいいからね」

颯太君と律子ちゃんと日葵ちゃんはすぐに仲良くなったようです。ルルンおばさんの家にあった絵本を読みながら三人で遊びだしました。

「ここが賑やかになるのはとっても嬉しいわ、ルルルン」

子どもたちの笑い声に心が癒されるルルンおばさんでした。

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