第4話 三智子さんの哀愁

 ルルンおばさんの家ではいつもの通り一子さんと三智子さんがワイワイガヤガヤとお茶会を開いています。

「あら、三智子さん、いつもはパクパク沢山パンを食べるのに、今日はあまり手を付けていないじゃないの。どうしたの?」

 一子さんが遠慮のない言葉を投げかけます。

「そうお・・・」

 確かに今日の三智子さんは元気がありません。いつもなら一子さんに元気に反論するはずなのに。

「何か困ったことでもあったのですか?」

 ルルンおばさんは優しく聞きました。

「ええ、ちょっとねえ・・・」

 三智子さんは言い辛そうです。

「言いたくないのなら、無理して言わなくてもいいわよ」

 一子さんも無理強いはしませんでした。

「実はね・・・孫の日葵ひまりのことなのだけれど・・・」

「保育園に通っているのよね」

「そうだったのだけれど、保育園を退園させられてしまったの」

「嘘、保育園でもそういうことがあるの?」

 一子さんはとてもビックリしています。

「どうも障がいがあるらしくって」

「障がい?」

 ルルンおばさんも一子さんも首を傾げました。

「詳しくはよくわからないのだけれど、どうもそうではないかって・・・とにかく、通っていた保育園では受け入れられないからって言われて・・・」

「ねえ、役場には相談したの?」

「いいえ」

「ちょっとスミレさんを呼びましょう」

 ルルンおばさんはスミレさんに電話をかけました。夜には顔を出せるというので今夜はまたルルンおばさんの家で食事会となりました。


 スミレさんは沢山の資料を持ってルルンおばさんの家にやってきました。

「スミレさん今日はわざわざありがとうございます」

 三智子さんは深々と頭を下げました。

「いいえ、困った時は頼ってくださいね。私にできることがあれば協力しますから」

「まずはルルンおばさんの作ってくれた美味しい料理をいただきましょうよ。お腹が空いては何も良い知恵はわかないわよ」

 食事の後、スミレさんは三智子さんから詳しい話を聞きました。日葵ちゃんが三歳の時に医者から自閉症スペクトラム症の傾向があると言われたこと、保育園では困った行動が多くお友だちと一緒にいられないこと、家でも気持ちの起伏が激しく扱い難いことなど、それまでルルンおばさんも一子さんも知らなかった話が次から次へと出てきました。

「三智子さんそんなに困っていたのに、どうして今まで言ってくれなかったのよ」

「それがね、私もそれほど深刻に考えてはいなかったのよ。だって、まだ五歳になったばかりだし、子どもなんてそんなものだと思っていたから」

「そうですよね。私だって幼稚園の頃はお友だちと遊べなかったし、我儘も多かったし、何より身体が弱かったからお休みも多くて、今思えば問題児だったですから」

 ルルンおばさんは明るく言いました。

「障がいがあるのかどうかの違いって見分けるのは難しいです。だけれども早くに発見できれば対処できることも事実ですから、悲観しないでくださいね」

 スミレさんはそう言うと、持参してきた資料を開きました。

「役場にはちゃんと相談に乗る人たちがいますから、まずは相談に来てください」

「そうなのね」

「はい、日葵ちゃんみたいな子が通える保育園もありますから安心してくださいね」

「何だかホッとしました。実は日葵の退園が決まってから、我が家全員がギスギスし出してしまって、私もついお嫁さんのせいにしてしまったりして、自分でも自分のことが制御できなくなっていて・・・」

「障がいは誰のせいでもありません。一つの個性であって普通より劣っているわけでもありません」

 スミレさんの口調はとても熱いものでした。

「そうよ、私だって普通の人とは違うもの。何が普通なのかなんて本当はどうでもいいことなのに、すぐに大騒ぎして差別したがる風潮が問題なのよ」

 一子さんも顔を赤くして訴えます。

「ありがとう。私自身が普通でないことに拘っていたのかもしれないわね」

「そうですよ。今まではそれほど深刻に受け止めていなかったのでしょう?急に大人たちが右往左往し出したら日葵ちゃんだって困ってしまうから、三智子さんは今まで通り優しく接してあげればいいのではないかしら」

 ルルンおばさんは言いました。

「そうですよね」

 三智子さんは少しだけ明るさを取り戻しました。


 しばらくして三智子さんの提案でスミレさんとの夕食会が開かれました。

「スミレさん、今日はわざわざありがとうございます。あの後、家族と話し合いをして紹介していただいた専門家のところに相談に行きました。それで日葵の通う保育園も見つかって、ホッとしているところです」

「それは良かったです。何より専門家の人もそうですが、同じ悩みを持つ人たちとの交流を通して情報交換することで、ご家族も本人も安心しますからね」

「一人で抱え込むことが一番いけないことですものね」

 一子さんの言葉にみんなが頷きます。

「みなさんに相談をして良かった。家族からもね、おしゃべりなお祖母ちゃんのお陰だって、初めて褒められたわ」

「おしゃべりは大切ね、ルルルン」

 夕食会は大いに盛り上がり、おしゃべりは尽きませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る