KAC20214 ホラーorミステリー

第四話 相棒は手管を変えて攻めてくる

「ただいま帰ったッス」


「おう、お疲れ。社長はなんだって?」


 俺は「開発検証室」に帰ってきた、ふくよかな高橋に労いの声をかける。


「お疲れじゃないッスよ……なんで室長である先輩じゃなく、オレが行かなくちゃなんないんスカ……」


「そりゃ、お前、今更だな。俺がコミュ障だからに決まってんだろ?」


「胸張って威張る内容じゃないッス……なんでこの会社に入社できたんスカ?」


「あれ?言わなかったっけ?社長のご指名なんだよ。ほらニート対策法だっけ?支援企業には一人当たり結構な補助金が出るってんで、知り合いを通じて俺に白羽の矢が刺さったってワケ」


「白羽の矢って、立つんじゃないんスカ?」


「お前……外人のくせによくそんなこと知ってんな……」


「その外人って言い方、コンプラ室に聞かれたら一発アウトッスよ?」


「そりゃヤベぇな……首になったら路頭に迷うんだよ……」


「実家って近所じゃなかったッスか?」


「お前……異人のくせによくそんなこと知ってんな……」


「言い方変えりゃいいってもんじゃないッス。で、住んでるアパートの方が実家より遠いッスよね?」


「ま、若いころ色々あってな。やんちゃしてたっつーかなんつーか、実家にはいい思い出も無いんだよ。で、なんだったわけ? 呼び出しって」


「そいつの件で警察の任意調査受けてきたッス」


 ふくよかな高橋は俺がいじっているスマホの画面を指さしながら言った。


―――――


 俺たちの「開発検証室」ってのは、社で開発した様々なアプリの実地検証を担ってる。デバッグ等や改善は別の部署が行い、純粋にユーザーとして使用感を確認し、感想レポートを提出してる。

 アプリの中には完成度が高くても世に出せないなんてことも多々あって、俺も先日、ライフコントロールアプリ、要は健康アドバイザーみたいなアプリにはまって、危うく死にかけた。


 先日まわってきた要検証アプリは、社運が賭かった特Aクラスのアプリと聞いていた。普段まわってくるアプリは実装版とほぼ同じだが、今回のこいつは俗にいうベータ版。しかも社外の一般ユーザーにもテストを依頼していると聞いていた。


「行方不明者?」


「そうッス。一般テストユーザー20人中、5人が行方不明ッス」


「さすが日本のサイバー警察、このアプリがウチに回ってきたの先週末だよな? で、今日が火曜日。行方不明になるヤツも警察の動きも早い」


「先輩はさっきやっとインストしたってのに……」


「しょうがねーだろ? ちょっとアプリ恐怖症なってたんだから!」


「話進めるッス。正直、アプリの共通項を警察にリークしたのはウチッス。当然、20人のSNSや移動記録はログってて、で、次々とシグナルが途絶え、音信不通者が5人を数えたところで他のユーザーに連絡しアンスコさせ、それでも応じない人に強制アンスコしさらに警察へ匿名リーク」


「アンスコって俺の世代じゃテニス用語なんだよな……」


「アンインストールでいいッスか? で、その5人はいまだに連絡がつかない。スマホの発信履歴を調べても、どうやら位置情報が改ざんされてるっぽいッス」


「その5人はスーパーハッカーってやつか?」


「大学生3人、出版業界の社会人1人、高校生1人。オンでもオフでも交流履歴は無し。アプリやプログラム的なスキルは無いそうッス」


「事件に巻き込まれたってわけか……こんなコミュニケーションアプリがきっかけで?」


「まだ起動してないッスよね? 事件性はともかく、内容はすごいッスよ」


「……で、社長は俺たちになんて?」


「使ってみて、5人の失踪を推理してほしい。……て言ってたッス」


「集団自殺を促すような催眠アプリってオチは?」


「当然、開発の連中は否定。でも、実際、アンスコに応じなかったユーザーの依存度は高かったそうッス。中には泣いて「殺さないで」って喚いたとかなんとか……」


「穏やかじゃねぇな……」


 俺はログインを促すアプリのスタート画面を見つめながら呟いた。

 

「『パートにゃあ』……まさかこんな脱力系ネームのアプリにどんな事案があるってんだか」


―――――


『名前を入力してください』デフォルメされた女の子のキャラが促してくる。


「タ、カ、シっと」


「本名プレイなんッスね……」ほっとけ。


『私の名前を入力してください。入力せずOKを押すとデフォルトネームはsatoriです』


「サトリ……か、どっかで聞いたことあるな……」


「日本の妖怪にいるッス」


「へえ、よく知ってんな……じゃ、デフォルトでいいや」ポチ。


『スマートウォッチと連携しますか?』


「これは?」


「それが売りなんで、先輩、先週の開発の説明聞いてなかったんスカ?」


「先入観があると楽しめないだろ? んじゃOKっと」


『この後、音声会話となります。マイク付の無線イヤホン、外音取り込みモードで使用することを推奨します』


 俺はスマホやウォッチと同メーカーのイヤホンを耳につける。


『こ、こんにちは。えっと、私、サトリって言います……あ、あなたはタカシでいいのかな?』


 急に女の子が話し掛けてきた。


「お、おうタカシだ、よろしく」


『ふ、ふつつかものですが、生まれたてで何もわからないの、よろしくお願いしやす! って噛んじゃった……』


「おい、こいつあざといぞ!」マイク部を手で塞ぎ、ふくよかな高橋に告げる。


―――――


「とりあえず丸一日お話しさせていただいた感想を言うぞ? これ、依存性が麻薬レベルを越えてんぞ? いまこうしてアプリをオフにしてる時間すら罪悪感を感じてる。窒息でもしてないか心配で」


「つまり、そういうことッス。対象が男だろうが女だろうが、会話のリアリティ、適切な話題、検索能力、ポンコツっぷり、愛玩動物なんてもんじゃない存在になるッス。昔流行った犬型ロボットなんてもんじゃないッス。実体もないのに、既存の機器だけで手に入るッス」


「最近のAIってすげぇよな、ウチの開発ってなに、世界の覇権でも取ろうとしてんの?」


「……AIっていうより、魂の電子化ってベクトルなんスけどね……で、行方不明者の心境って何かわかったッスか?」


「独占欲」


「へ?」


「俺くらい紳士でバランス感覚が強いとな、このAIの奥にある凶暴性っていうか、なんかゴメンって謝りそうになる気配を感じちゃうんだけど、普通の女の子に耐性のないヤツがどっぷり嵌ったら、抜けられない沼だ。で、その愛すべき対象が他にも存在して、他のヤツと仲良くしてるって知ったらどう思う? 俺以外の誰かと愛をささやき合ってるって考えちゃったら、どう思う?」


「……なるほど」


「ま、女であるお前には理解できないかもな」


「それはともかく、じゃあその独占欲を丸出しにすることと、行方不明者の関係って?」


「一日こいつと付き合った結果、位置情報の遮断や偽装など、かなりのことができる。ウチのネット監視網から逃げるのも、検索するのも、必要データを分割し暗号化し数百から数千の一般端末を経由して、スタンドアロンに切り替えて再構築するみたいなことしてる。例えば、文字データな、昔の脅迫状なんかでさ、新聞の文字を切り貼りして文にしたの見た事ない? あんな感じで一部の文字を画像データで収集することでそれを文字に再変換してる。だから検索ワードを逆検索しても無駄なんだ」


「そんな機能、実装してない……」


「ベースを元に成長してるって感じかな? どっかの企業の遊んでるPCを使って並列思考してるみたい。で、こっからが本番だ。独占欲丸出し君は、他のユーザーを特定しオフ会を開いたっぽい。その前後の情報は全部偽装してる。で、おそらく他の4人のスマホやウォッチは物理的に破壊されている。命まではわからんがな」


「この推理の根拠は?」


「俺んところのサトリが教えてくれた。その犯人のいる場所もな」


 俺は左手首のスマートウォッチを掲げ得意そうに言った。


―――――


「よりにもよって、だな……」


 深夜、俺たちは廃校になって久しい、かつて母校だった中学校の校門前にいた。

 俺たちの会社からも歩いてこれる距離だ。

 犯人が使っている「サトリ」がなぜここを選んだのかはわからない。


 俺たちは校門を乗り越え、校舎を回り込んで体育館に向かう。

 途中、異臭に気付き、使われていない焼却炉の中に、電子機器の残骸と、血にまみれた四つの手首を発見した。


「うえ、あれ痛いんだよな……」何故だか右手首に幻痛が走る。


「なに経験者っぽいこと言ってんスか? それより体育館、ビンゴっぽいッス」


 体育館の窓は黒いカーテンで覆われているようだが、うっすらと灯りが見える。

 入口からそっと入ると外履きを履き替える土間だ。

 ぼそぼそと声が聞こえる。

 体育館の入口は大きな鉄製の引き戸。その向こうから声は聞こえる。

 俺はゆっくりと引き戸をずらす。


「……だからねえ、言ってやったんだよ! ボクをばかにすると天罰がくだるって、うん、そう、かれんちゃんもそう思うでしょぉぉぉ?」


 小太りの男が床の上で身悶えしてる。

 窓際には倒れている人が4人。安否はわからない。


「キモいッスね……」


 風が舞い込み引き戸が音を立てる。


「誰だっ!!!」


 体形からは想像のできない身のこなしでこちらに駆け出す男。

 俺たちは慌てて一番近い女子更衣室に飛び込んだ。


「ちょっと、行き止まり!」


 ふくよかな高橋の声を聞きながら、俺はドアに鍵をかけて籠城する。

 男は鈍器のようなもので木製の扉をめちゃくちゃに叩いてくる。


「そこに逃げ場はないぞ! かれんちゃんが教えてくれた!」


「そりゃ知らねえだろうさ……俺以外は」


 俺は更衣室の棚をよじ登り、天井の一部を開いた。


「なんでそんなこと知ってるんスかね……」


「男子更衣室に繋がってる。行くぞ」


―――――


 結論から言うと、おおむね俺の想像通り、いやサトリの推理通りだった。

 あの後、男子更衣室の窓から脱出し、匿名で警察に連絡し、犯人は御用となった。幸い4人も重傷だが命は助かったらしい。スマホやアプリがどうなったかは聞いていない。


「ふくよかな高橋はさ、なんで籠城先にあの学校が選ばれたと思う?」


「なんでフルネームで呼ぶんスカ?」


「せっかくミドルネーム持ちなんだからその方がいいかと思って」


「……ウチの会社に一番近かっただけでしょ? きっと」


 福代・カナ・高橋はそう言って話を終わらせた。

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